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ヴェルベットはハボックに休みを願い出た。ハボックはお得意の一人、キースの言伝も事前に聞いていたため、あっさり許可を出した。ハボックとしても、十分な金額をもらっていた。一日貸し出すにしてもおつりがくるほどの金額であり、悪い気ではなかった。
ヴェルベットはキースから届けられたドレスを着る。露出は抑え目だが、それでも少女の魅力を損ねず、むしろ引き出すような紅いドレスであった。
それを着て歩くヴェルベットを、館の仲間たちは見つめる。同性でも惚れ惚れするほどの美貌であった。
「ヴェルベット、似合うじゃないか」
館内では最も親しいキャシーに話しかけられ、ヴェルベットが微笑み返す。
「ありがとう、お世辞でもうれしいわ、キャシー」
「お世辞じゃないんだがな」
キャシーが苦笑して言う。
ヴェルベットは館の玄関へと向かう。そこにはキースが立っていた。
「では、行きましょうか、お嬢様」
「ええ、そうね」
手を差し出すキース。ヴェルベットはそれを優雅な仕草で重ねる。
外に止まる馬車までキースが誘導し、ヴェルベットは乗り込む。
向かう先は中央にそびえる王城。少女はヴェストパーレ伯との接触のために、このパーティーに出るのだ。
王城につくと、衛兵たちが門を守っていた。さすがに警戒は厳重だった。身体検査でもされるかと思ったが、キースの顔を見ると、兵士は敬礼し、そのまま通した。
そんなキースを見て、ヴェルベットは思う。
(やはり、位の高い大貴族ね)
何食わぬ顔をしているが、読めない男だ。ヴェルベットの疑惑の瞳を、キースは笑って受け止める。
「あなた、実はいいとこのお坊ちゃんでしょう?大貴族に近い」
「どうかな、ヴェルベット。秘密だよ。そういう君こそ」
キースがにやりと笑って言う。
「貴族かなんかじゃないのかなあ?」
「どうかしらね」
「ふふ、秘密は誰にでもあるよ、ヴェルベット」
青年はほほ笑む。ヴェルベットは何も言わずに、馬車から王城を見る。白く、巨大な城。王国の建国から血で穢されたことのないその城は、美しかった。
「城の大ホールでパーティーがあるんだよ。王族や貴族が多いからね、はぐれないようにね」
「あなたがフラフラしなければね」
ヴェルベットはそう返す。
馬車を下りると、キースと手を組み、会場へと足を踏み入れる。豪華絢爛、というニスは和紙い状況であった。何百人もの貴族。テーブルの上には食事が所狭しと並べられ、使用人たちが会場を飛び回る。
キースは周囲によって北貴族とあいさつを交わす。時より、ヴェルベットを下品な目で見た貴族もいたが、ヴェルベットはただ微笑むだけであった。
彼女は表情は笑ったまま、しかし、休むことなく周囲を見渡す。ヴェストパーレ伯とは、どんな容姿かわからないが、それらしき人物、もしくは、自分たちを苦しめた仇がいるかもしれない。そう思うと、彼女の目はせわしなく動き回る。
「キース」
「おや、シメオンか」
キースと同年代の男の会話。その瞬間、ヴェルベットは目を見開き、相手を見た。相手も、目を見開きヴェルベットを見ていた。
「ああ、シメオン、紹介しよう。ヴェルベットだ。ヴェルベットこちらはヴェストパーレ伯シメオンだ」
キースは男を紹介する。目の前の男は鋭い目をしていて、冷たい印象を受ける美丈夫だった。だが、ヴェルベットが注目したのはそこではない。
シメオンの持つ、自身と寸分たがわぬ色の髪。それを見ていた。
「・・・・・・・初めまして、シメオン・ヴェストパーレです、素敵な御嬢さん」
シメオンが少しの沈黙の後にそう言う。ヴェルベットもそれを受け、挨拶をする。
「ヴェルベットでございます、シメオン様」
「それより、珍しいね、君から僕に近づくとは」
キースが目を細めて言った。
「ヴェルベットのことが気になったのかな?」
「ふん、お前と一緒にするな」
シメオンはそう吐き捨てて、踵を返す。だが、彼はヴェルベットを振り返っていた。
「さて、もう少し、王座に寄ろうか」
そう言ってヴェルベットを促すキース。ヴェルベットもシメオンを凝視し続けた。
(何かがある。私とあいつは、何か関係があるのだ)
紅い髪を触り、ヴェルベットは思う。ヴェストパーレがヴェルベットの住んでいた領地を治める理由。それは自分と関係している、そう感じていた。
そんな少女を見てキースは目を細める。そこにいつものような微笑はなかった。
数十分がたつと、ついに国王が会場に姿を現す。会場全体が拍手の音で震える。国王はゆっくりと歩き、手を上げながら拍手に答えた。
国王が覆う座に座り、手を上げるとピタリと拍手が止む。
「本日は私の55歳の生誕に集まってもらい、感謝する」
国王は高らかな声で言った。年を重ね、魅力を深めた顔は自身と威厳に満ちていた。
「王国はここ数年、大きな事件もなく平穏だ。これもひとえに諸君のおかげだ。ささやかではあるが、食事を用意してある。皆、今日は楽しんで行ってもらいたい。長話も飽きるだろう、さあ、宴を始めよう!」
王が言うと皆がグラスを掲げる。そして誰かが言った。
「国王陛下に!」
それに続き、会場に国王への祝福が満ちる。国王もグラスを掲げ、笑う。
ヴェルベットもグラスを掲げていたが、その内心は怒りに満ちていた。
(平穏?陛下、あなたは知らないでしょうけど、一つの領地が滅んだのですよ)
内心でそう思い、ヴェルベットはグラスの中身を一気に飲み干す。国王のせいではない。だが、王たるもの、国内のことは知るべきである。いや、知っているかもしれない。ただ、祝いの場にはふさわしくないから。
そう自分を落ち着ける。
隣にいるキースを見ると、そこにはいない。どこに行ったのかはわからない。自分にはぐれるなと言いながら、本人がいなくなっては意味がない。
そんなヴェルベットに声をかけてくる貴族たち。ヴェルベットはそれをどう追い払おうかと考えていた。
「ヴェルベット嬢、少しよろしいかな?」
シメオンがそう言って寄ってきた。ヴェルベットはその好機を逃さなかった。
「はい、シメオン様」
そう言い、周囲の貴族に礼をし、シメオンについて行く。周囲の貴族はシメオンを前に怯み、ただただ魅力的な少女の背を見るだけだった。
「すまないな、ヴェルベット嬢」
大ホールに面したテラスで夜風に当たりながらシメオンが言う。
「いいえ、構いませんわ。それでお話とは?」
ヴェルベットは若干の緊張を含めて言う。
「いえ、あなたの出身それを聞きたくてね」
「何故、それを?」
「知人の娘にそっくりなのですよ、あなたが」
「・・・・・・・・」
「行方不明でしてね、私は友人のために探していてね」
ヴェルベットはローゼリス領近くの領地の名を答える。
「なるほど、私の勘違いのようですね」
シメオンはそう言ったが、納得はしていない。
「あなたはローゼリスに行ったことは」
「いいえ、ありません」
「王都にはいつ?」
「一か月ほど前ですわ」
ヴェルベットは言う。隠しても、調べはつくだろう。シメオンは鋭いまなざしでヴェルベットを見る。
「では・・・・・・・」
「お待ちを」
ヴェルベットが質問を遮る。
「シメオン様、私はただの商売女です。キース様のお戯れでこんなところに来ていますが、所詮は一般市民。質問の意図はわかりませんが、私とは関係ないことだと思います」
「・・・・・・・・・」
シメオンが沈黙する。だが、シメオンの疑惑の目はより強くなる。
「気に入らないな」
そう言ってシメオンが少女の紅い髪を触る。
「君の態度はあまりに落ち着きすぎている。年不相応だ。そして何より」
ヴェルベットの顎を持ち上げ、その瞳をシメオンは覗き込む。
「似すぎている。私の探す人物に、ね」
「離してください」
「失くしたと思っていた。消されたのではないかと思っていた」
「何を言って・・・・・・・・」
ヴェルベットはシメオンの手を払いのけ、距離を置く。
「さあ、本当のことを話してもらおう、ヴェルベット。ここに来る前、どこにいた」
「そこまでにしてもらおうか、シメオン」
「キース・・・・・・・!」
シメオンが振り返ると、キースが立っていた。顔に笑いはなく、威圧するような雰囲気を纏っていた。
「ち」
シメオンは舌打ちをして、その場から姿を消した。
「大変だったねえ、ヴェルベット」
そう言い、いつものような笑顔を浮かべるキース。だが、ヴェルベットの中の疑惑は強くなる。
「あなた、いったい何者?」
「なんだろうねえ、ヴェルベット」
キースが少女を覗き込む。そしてシメオンの触れていた部分をこする。
「さて、パーティーに戻ろうか」
釈然としないヴェルベットだが、黙ってキースに従う。
(消された?どういうことだ、ヴェストパーレは事件の首謀者ではない?)
ヴェルベットの脳裏に浮かぶ、シメオンの紅い髪。
(どうなっているの?)
自分を取り巻く状況は、自分が思うよりも複雑かもしれない。少女はそう思いながら、人ごみの中へと進んでいった。




