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紫陽花色  作者: 夏野 狗
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第二話とも言い難いもの

 家に着いてとりあえずタオルを数枚引き出しから引っ張り出して少年に渡した。

 タオルをじーっと見つめているだけで身動きをしなかったので仕方なく私が頭を拭いてあげたが……。どう見ても拭いただけじゃ足りない濡れ具合だったので、結局なるべくしてというか、少年をお風呂に入れさせた。

入れさせたと言っても、私が少年の服を脱がして下半身には一応タオルを巻くようそれだけ指示して私は服を着たままの状態で入った。私が体と頭を洗って、湯船に浸かるか聞いたが首を横に振って否定した為に、湯船には入らなかった。

 お風呂上りもまた私が頭を拭いてドライヤーで乾かして、彼氏が置いていったパジャマを着させた。見事なまでにサイズが合わなくて、思わず私は笑ってしまった。

 それでもさすがに私のを貸すわけにはいかないので、少年の着る物は結局元カレのパジャマとなった。

 少年と会って既に一時間以上は優に越している――が、不思議なことに少年はまだ一言も発していない。多少の意思表示はするものの、それは首を縦か横に振るだけのもので、一度だって何も言わなかった。

 ここまで来るとさすがに思うのが、この子はもしかしたら外国人なのではないかということだった。

 髪の色は黒いが、その辺にいる女の子よりなんだかツヤツヤとしていて……光っていて……キューティクルをたっぷり含んだ感じのツヤツヤサラサラ髪で……べ、べつに羨ましいわけではないけれど、髪を乾かしたり拭いたりしているときにそう思っただけだ。

 髪は確かに日本人以上に立派な黒髪だが、日本人にしては肌の色が白く、男の子でこの形容の仕方をしていいものか分からないけれど、本当に美しい。真っ白すべすべ。これもべつに羨ましいわけではない。決して。断じて。

 もっとも日本人離れしているのはやはり、金色に透き通っている綺麗な瞳。さすがにこれがカラコンということはないだろうし、やっぱりこの子は日本人ではないに違い無い。

 そう、だからきっと日本語が話せないのだ。たぶん。

 理解はできるけど、話せないと。

 うん、たぶんそんな感じなのね。

 うんうん、と自分の中で勝手な解釈をして納得したが、べつに本人から聞いたわけではない。

 そこで一応聞いてみましょうよってことで。

 少年の髪を拭き拭きしながら。

「君って日本人じゃないよね? たぶん。だからもしかして日本語とか喋れない?」

 私が少年の後頭部を見ている格好で、少年はこくんと頷いた。

 やっぱりね。

「だけど日本語はちゃんと理解出来てる感じなのかな?」

 こくん、とまた。

「そっか。えっとじゃあね、いつまでも君を私のお家に置いておくわけにもいかないの。それは……分かるよね、たぶん。だから、できれば君のお家を教えて欲しいんだけど」

「……」

 ……やっぱりここのところはだんまりなのね。

 家出かなぁ、やっぱり。じゃなきゃあんな時間、しかもあんな雨が降ってる中外にいないものね、普通。

 うーん……。本人が言ってくれなきゃ送り届けようがないしなぁ……。明日あたり交番に行ってみようか。

「ま、とりあえずさ。お腹、空いてない? なんか食べる?」

 少年は私のほうを振り向き、私の目をじーっとしばらく見つめて頷いた。

「そっか。じゃあー……パスタでも食べよっか」

 冷蔵庫の中身を頭の中で確認してみたが、ろくな物が無かった。

 お酒と、お酒のちょっとしたおつまみとトマトとなんかタッパーに入った古いなんかアレ。 

 まあ、一人暮らしなんてそんなもんですよね。そこは放っておいて下さい。

 なので、棚の方に確かあったパスタとミート缶とでミートスパにでも致しましょうと。


 夜中の十二時を回った時間に、小さなテーブルを二人で囲んでスパゲッティを食べた。

 私の目の前にいるのは友達でも彼氏でも親でもなく、今日あったばかりのそういえば名前も知らない少年。

 サラサラとした黒髪を揺らしながらパスタをふぅふぅしてる姿はとても可愛らしかった。私は気付けば口元が綻んでいた。

 一歩間違えなくても、未成年を部屋に入れちゃった私はどっちかっていうと犯罪者なんだろうけど、不思議と罪悪感とかそういうものは胸の内には無かった。それはたぶん、いけないことなんだろうけど。


 パスタを食べ終わった私達は、一時前になってようやく眠りにつく準備をした。

 少年を床やソファーで寝かせるわけにはいかない為、少年を私のベッドへとほとんど無理矢理寝かしつけ私はリビングにある寝るには小さなソファーに横になって寝た。

 少年がいる部屋と私がいるリビングはすぐ隣にある為、静かな空間が生まれると寝息が聞こえる。少年をベッドに寝かせて十分後くらいには隣の部屋からすぅすぅと可愛気な寝息が聞こえた。それに安心して私も目を瞑った。――今日あった不思議な出来事を思いながら。

 

「ふぁっ……。んーっ……」

 翌日というかなんというか、目が覚めたのは六時くらいだった。

 さすがに……っ、眠い……っ!

 けれど今日も仕事はあるので、準備をして出かけなければならない。

 うーとかあーとか唸りながら、今だ夢の世界へ旅立っていそうな頭を起こすためにとりあえず顔を洗って目を覚まし、朝ごはんの準備を始めた。

 昨日からいるあの子の分も作らなければ。二人分の朝食を用意するのも久しぶりだ。

 微妙に張り切って作ったのは朝から――パスタ。しかも昨日(?)の夜中に食べたのと同じミートスパゲッティ。

 ……そう言えば冷蔵庫に何も無いの忘れてた。

 出来上がったほかほかミートスパゲッティに思わず

「これ昨日と同じやん!?」

 と突っ込んでしまった私って一体……。

 まあ作ってしまったものは仕方ない。文句なら後で受け付けてやろうじゃないか。というわけで少年を起こしに私の部屋へと向かって布団に潜ったまま相変わらず可愛らしい寝息をたてている少年を起こす。

「えっと、朝だよー。朝ごはん……っていうか昨日のと同じだけど作ったから起きて良かったら食べて」

 まだ眠りについて六時間も経っていないので起こすのも悪いかと思ったが、私はすぐに出勤してしまうので起こした。

「んんっ……」

 えっ、やだ、そんな可愛い声……っ。

 やはりさすがに眠いのだろう、相変わらず目を閉じた状態で妙に生々しいというかエロティックな声を出す少年。

 っていうかさすがにドキドキしませんけどね。

「起きなさーい。ご飯ご飯。食べよ?」

 ここでやっと目を半分くらい開けて私を見やる。

「お、おはよ。ご飯、食べる?」

 こくこくとゆっくりとした動きで頷く。

「よし。準備出来てるから。大丈夫?」

 うん、と言うようにもそもそとベッドから出る少年。私が歩き出すとサイズが大きすぎるパジャマのズボンを引きずって後をてこてこと付いて来る様子が非情に可愛い。

 昨日と同じように、小さなテーブルを二人で囲む。

 もちろん目の前には昨日と同じミート様。

「えっとまあ、はい、ごめんなさい。生憎これしかなくて……」

 私がなんか微妙に申し訳無さそうにそう言うと少年はフォークを手に取りミートスパを食べ始めた。

 私はほっとした。なにも言ってくれないけど、『大丈夫。平気』そう言ってくれてるように思えた。

「……大丈夫。美味しいよ」

 パスタを食す音だけが聞こえていたはずの方から、そう声をかけられた。

 パスタをもそもそと食べていた私は思わず少年を見つめて十秒ほど静止した。

 えっ? 今、言ったのこの子? っていうかこの子と私しかこの部屋にはいないんだから普通に考えればそうだけど、もしかしてテレビとか? え? テレビ点いてないのに? じゃあもしかしてお隣さん? いやそんな馬鹿な。だとしたらこんなはっきりと聞こえるはずが――。

「……今、喋った? よね……?」

 こくりと少年が頷く。

 ……おぉう、こりゃまたなんとも吃驚だ。ついに喋ってくれた……っていうかあれ? 理解は出来るけど喋れないはずじゃ……?

 まあ、細かいこと気にしててもしょうがないよね。と馬鹿な細胞でいっぱいな私は再びパスタをくるくる巻いて食べ始めた。

 そっか、美味しい、か……。よかった。

 パスタを食べながら胸のうちでそう思った。なぜか温かい気持ちにもなりながら。


 パスタを食べ終えた私達は食器を下げ、私は出勤の準備へと忙しく取り掛かる。

 簡単に化粧をしてすぐに出なければ。

 その前に、この子をどうするか……という問題があるけれど。

 このまま交番に連れて行くか。でもなんか色々聞かれて時間かかりそうだしなぁ。出来れば帰って来てからそうしたいところだがまた夜遅くなってしまう。どうしたものか……。

 簡単に化粧を済ませて身支度を整えた私は思わず少年を凝視。……うーん。

「えっと、私これからお仕事でしばらく家には帰らないけど、君はどうする? お家に帰る?」

 ううん、というか、嫌だと言う様に首を横に振る。

「うーん、じゃあ……」

 私は手に持ったバッグから部屋の鍵を取り出した。

「これ、部屋の鍵。出掛けるなら鍵を掛けて家を出て行ってね。もしお家に帰るなら、鍵を掛けてそこの郵便物入れるとこから鍵入れといてくれればいいから」

 鍵を渡す。少年は私を妙に可愛らしい上目遣いで見てこくんと頷いた。

「よし。じゃあ私は行ってくるね。帰るのは大体十一時過ぎるから。夜に外出歩くなら気をつけてね? あと、そこの棚にカップラーメンでよかったら一個あるからお腹空いたら食べて。また帰ってくるときなんかまともな物買ってくるからとりあえずそれで我慢してね」

 こくん。

 ……なんか私お母さんみたいだなぁ。随分大きな子供を持ってしまった。よくおばちゃん臭いって言われるしなんか不思議でもない気が……。

 とか考えてるうちに時間もやばくなってきたので改めて「行ってくるね」と言って家を出た。

 昨日洗うのを忘れていたスーツは昨日まだ降り続いていた雨のせいで所々汚れている。干すのだけは忘れないでいてよかった、とヒールを履いた靴で早足で歩きながら思う。

 今日の夜はスーパーで何か買っていかないと。二人分の食事の材料と、まともな物を作れる材料とを。

 

 妙に明るく、嬉しい気分なのはきっと、ずっと降り続いていた雨が止んで空が綺麗な青に染まっているおかげに違い無い――。


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