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徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました 第二部  作者: マスター


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第21話 砂漠は風を失っていた

第21話です。


第20話では、塩の海の下に存在していた《六方風圧分散機構》を部分的に再起動しました。


深層の熱によって温められた空気を地上へ逃がし、夜の冷気を地下へ取り込むことで、砂漠の地下と地上を呼吸させる古代の仕組みです。


しかし、六つの風塔のうち五つが閉塞していたため、空気と熱塩水が一か所へ集中していました。


白塩竜は再び自分の身体を蓋にしようとしましたが、澪たちは都市とハディル村の風塔を少しずつ開放し、圧力を分散します。


その結果、白塩竜が完全な塩の結晶となる未来は回避されました。


ハディル村では、地下から吹き上がった冷気によって、布の表面に小さな結露水も生まれています。


けれど、それは夜の流れです。


日が昇れば、地表と地下の温度差が変わり、風向も反転します。


制御されていない風は、大量の砂を地下施設へ吸い込み、水路、熱交換塔、風脈を再び塞いでしまいます。


さらに、正式な六つ目の風塔は、都市の食料備蓄庫の下へ埋められていました。


今回は、迫る砂嵐の前に、昼と夜で風を切り替える仕組みを復旧します。

昇降台が地上へ近づくにつれて、空気の温度が上がっていった。


深層熱塩水帯も暑かった。


だが、あちらは湿気と塩を含んだ、重くまとわりつく熱だ。


地上から下りてくる熱は違う。


乾いている。


喉や皮膚から、水分を直接奪っていくような熱だった。


「もう朝なんだ……」


神代澪は、昇降台の上から見える光を細い目で見上げた。


東の空は赤い。


まだ太陽そのものは見えていない。


けれど、砂漠はすでに夜の冷たさを手放し始めていた。


胸元の調律核には、警告が表示されている。


《砂漠調律ルート:第四段階》


《昼夜風向制御機構を復旧せよ》


《失われた正式風塔:三基》


《広域砂塵流入予測まで:二時間二十一分》


「二時間、減ってる」


澪が言う。


ミルカが工具箱を抱え直した。


「時間は普通に進むものだからね」


「わかってるけど、表示されると急かされてる感じがする」


「実際、急がないといけない」


「そういう正論を今は求めてない」


セラフィナが光剣を灯りとして浮かべながら言う。


「求めていなくても、状況は変わりません」


「セラフィナまで」


「地上到着後、休憩時間を七分取ります」


「七分だけ?」


「現在の残り時間、装備交換、移動距離を計算した結果です」


「休憩まで管理されてる……」


フィリアが小さく笑った。


胸元の保護容器では、ネレイアが淡い青色で揺れている。


地下に降りた時より光は弱い。


それでも、白塩竜が一人で深層の穴を塞がずに済んだことに、どこか安堵しているように見えた。


「ネレイアも休ませないと」


澪が言う。


「はい」


フィリアは容器を両手で包んだ。


「風が通り始めたので、前より苦しくないそうです。でも、地上の熱が強くなるのを怖がっています」


「風が逆になるから?」


「それもあります。砂の中に、黒いものが混じっています」


澪は眉をひそめた。


第20話で検出された、新しい虚無反応。


地下風脈から吹き上がった冷気には、赤黒い粒が混じっていた。


《Another Route Seed》とは一致しない。


もっと古く。


もっと広く。


砂漠の乾燥そのものへ溶け込んだような反応。


「砂嵐の中に虚無がいる?」


「虚無が砂嵐を起こすというより」


フィリアは言葉を探した。


「砂が動き続けて、どこにも根づけない痛みに、黒いものが集まっています」


風によって削られる土。


飛ばされる種。


埋められる水路。


移動を続ける砂丘。


砂嵐もまた、単なる気象現象ではなくなり始めている。


昇降台が中央貯水宮へ到着した。


扉が開く。


待っていた技術者たちが駆け寄った。


「主調律者一行、帰還!」


「深層風圧は?」


「熱塩分離核の状態は!」


「白塩竜はどうなった!」


質問が一度に飛んでくる。


リハラが、その声を制した。


「装備を外すのが先だ! 記録係は順番に聞け!」


技術者たちが耐熱服を外していく。


厚い装備から解放された瞬間、澪はその場へ座り込みたくなった。


だが、床はすでに温まり始めている。


「地上なのに暑い……」


「ここは砂漠です」


セラフィナが答える。


「知ってる」


「まず水分を」


今度は、水筒を取り上げられる前に、澪は少しずつ水を飲んだ。


一口。


間を空けて、もう一口。


セラフィナが見ている。


「ちゃんと少しずつ飲んでるよ」


「確認しています」


「監視されてる気分」


「体調管理です」


七分の休憩は、本当に七分だった。


その間にも、地上からの情報が集まってくる。


中央第一風塔、部分開放。


北方風塔、部分開放。


城壁外周風塔、部分開放。


南方塩場風塔、部分開放。


ハディル風塔、部分開放。


そして、正式な西方風塔だけが未開放。


現在は、旧夜間冷却路の一部を臨時風圧路として使用している。


だが、日が昇れば夜間冷却路の流れも変わる。


水を冷やすための空間へ大量の砂が流れ込めば、せっかく復旧した設備が再び止まる。


ミルカが都市全体の構造図を広げた。


「正式な西方風塔は、この下」


彼女が指したのは、中央貯水宮から少し西へ離れた区画だった。


《第三食料備蓄庫》


オルドアの非常用穀物を保管する巨大倉庫。


人口十二万人を支えるための食料。


門の外には、受け入れられていない難民もいる。


備蓄を失えば、水だけでなく食料危機まで始まる。


「倉庫を壊せば風塔を出せる?」


澪が尋ねる。


「風塔の真上に増築されてる。床を一部外せば、点検口へ入れると思う」


リハラが首を振る。


「第三備蓄庫には、都市備蓄の二割がある」


「二割……」


「床を外すには、積み上げた穀物袋を移動させる必要がある。移動中に砂嵐が来れば、食料が砂と熱にさらされる」


「別の倉庫は?」


「空きがない」


「屋外へ出すのも無理か」


「朝の熱と砂で品質が落ちる」


開けなければ、風圧が偏る。


開ければ、食料を危険にさらす。


また、どちらかを守ればどちらかが壊れる選択。


だが、これまでと違う。


もう、二択をそのまま受け取るつもりはなかった。


「倉庫を空にしなくても、風塔の上だけ開けられない?」


澪が尋ねる。


リハラが備蓄庫の図面を出す。


穀物袋は棚ごとに積まれている。


西側中央部。


そこだけ、床が少し高くなっていた。


「この円形部分が風塔の蓋だ」


ミルカが言う。


「周囲三列の棚を動かせば、人が入れる」


「穀物袋は何袋?」


「およそ八百」


澪は黙った。


少なくない。


アオイ一人なら、かなりの速度で運べるかもしれない。


だが、アオイだけに任せれば、また一人へ負荷を集中させることになる。


さらに、穀物を移した場所の温度と湿度も管理しなければならない。


「夜間冷却路で冷えた区画は?」


澪が尋ねる。


ナジームが都市図を確認する。


「北上層区画の旧式典堂。昨夜から温度が下がっている」


ザヒーラが続ける。


「式典用天幕を冷却路へ使ったため、現在は空いている」


「そこを一時保管所にする」


澪は言った。


「穀物を全部移すんじゃない。風塔周辺の分だけ。冷却した区画へ運んで、砂が入らないよう二重に布を張る」


「運搬する人員が足りない」


リハラが言う。


「志願者を募る」


ザヒーラが答えた。


ナジームは少し考えた。


「都市住民だけでなく、門外の避難民にも」


評議長の視線がナジームへ向く。


以前なら、その提案には反対が出ただろう。


備蓄庫。


都市の命綱。


そこへ、正式な市民ではない者を入れる。


盗難を恐れる声。


毒を入れられると疑う声。


食料を奪われると叫ぶ声。


だが、避難民たちの中には農民が多い。


穀物の扱いを知っている。


砂漠での運搬にも慣れている。


そして彼らも、オルドアの水循環が壊れれば生き残れない。


「作業区域を区切る」


セラフィナが言った。


「都市住民と避難民を分離するためではありません。受け渡し、運搬、記録、保管の役割を明確にするためです」


「穀物袋は一袋ごとに記録する」


ザヒーラが頷く。


「搬出時と搬入時に、都市側と避難民側の二名で確認する」


「疑っているのか」


その場に来ていたサディクが低い声で言った。


ハディル村から、風塔の状態を報告するためにオルドアへ戻ってきたのだ。


「疑いをなくすための記録です」


セラフィナが答える。


「都市側だけで数えれば、避難民が盗んだと疑われます。避難民側だけで数えれば、都市が数をごまかしたと疑われます。だから両方で確認する」


サディクはしばらくセラフィナを見た。


そして、短く頷いた。


「なら、俺も数える」


信頼ではない。


だが、同じ袋を一緒に数えるところから始められる。


***


第三食料備蓄庫は、都市の上層と下層の境目にあった。


分厚い石壁。


外気を遮る二重扉。


内部には、穀物袋が天井近くまで積まれている。


乾燥した麦。


豆。


保存用の種子。


一部には、次の作付けに使うための種籾も保管されていた。


「食べる分だけじゃないんだ」


澪が言う。


倉庫管理人の老人が答えた。


「次の年を始める種だ」


「これを失ったら」


「一度腹を満たしても、次がない」


食料は、現在の命だけではない。


未来を作る材料でもある。


だからこそ、備蓄庫を守ろうとして風塔を閉じた判断も理解できる。


風塔から砂や害獣が入り、種子が駄目になれば、都市は翌年さらに苦しくなる。


「風塔を閉じた記録は?」


ミルカが尋ねる。


倉庫管理人は古い板を見た。


「五十七年前だ。砂嵐のたびに床下から砂が吹き上がり、袋を傷めたとある」


「砂塵を防ぐ機構は?」


「記録にはない」


「本来、風をそのまま入れる塔じゃなかったはず」


ミルカは床の円形部分へ屈み込む。


金色の構造線が石の下へ入る。


「中に可動羽根がある。何重かの格子も」


「昼夜風向制御機構?」


澪が尋ねる。


「たぶん。風の向きを変える羽根と、砂を落とす層があった。でも壊れたから、風と一緒に砂が上がった」


壊れた仕組みを修理するのではなく、穴ごと塞いだ。


食料を守るためには、合理的だった。


だが、風塔一基を閉じたことで、他の風塔へ負荷が集中した。


他の塔も故障し、危険だから閉じられる。


最後には、砂漠の地下が呼吸できなくなった。


「砂漠は、風が強すぎると思ってた」


澪は呟いた。


昼には熱風。


夜には冷気。


季節によっては巨大な砂嵐。


風がない土地ではない。


むしろ、風の被害が大きい。


「でも、本当は逆なんだ」


フィリアが澪を見る。


「逆?」


「穏やかに通る道を失ったから、止まってる時と暴れる時しかなくなった」


地表の植生が失われた。


低い土手も崩れた。


風塔が塞がれた。


地下と地上の温度を交換する道も閉じた。


空気が動かず、熱が溜まる。


圧力差が大きくなる。


限界を超えると、一気に強風が吹く。


穏やかな風が失われ、熱の停滞と砂嵐だけが残った。


「砂漠は風を失っていた」


澪は言った。


「風そのものじゃなくて、壊さずに通る風を」


調律核が淡く反応する。


《認識更新》


《砂漠大気異常:強風過多ではなく、平常風路喪失》


《昼夜風向制御機構:復旧条件を再計算》


表示が続く。


《必要条件一:正式西方風塔開放》


《必要条件二:可動風向羽根復旧》


《必要条件三:砂塵分離層再建》


《必要条件四:地表風速緩和》


最後の条件。


地表風速緩和。


風塔だけを直しても、地上を吹く風が強すぎれば大量の砂が入る。


砂を止めるものが必要だ。


だが、砂嵐到達まで二時間もない。


木を植える時間はない。


草を育てる時間もない。


「まず倉庫を開ける」


澪は言った。


「地表の風は、そのあと仮の壁で減速させる」


作業が始まった。


穀物袋を一つずつ運び出す。


都市側の作業員が棚から下ろす。


避難民側が受け取る。


二人の記録係が番号を確認する。


アオイは、人の列の途中に入った。


一人で何袋も担げる。


だが、一人で全行程を運ばない。


崩れそうな棚から袋を下ろし、次の人へ渡す。


「次、お願いします!」


「受け取った!」


「番号、四百二十一!」


「四百二十一、確認!」


人の手から人の手へ。


袋が流れていく。


ルシェリアは、倉庫から一時保管所までの空気を整えていた。


強い風を起こすのではない。


穀物袋の表面へ熱がこもらないように、ゆっくりと空気を動かす。


湿気が一か所へ溜まらないようにする。


フィリアとネレイアは、種子袋の状態を確認していた。


「この袋は、少し湿っています」


「別の棚へ」


倉庫管理人が指示する。


「乾燥用の布を敷け。食用と種子用は混ぜるな」


ライカは倉庫と保管所の間を走っていた。


「南の道、荷車が詰まってる! 北側を使って!」


「保管所の二列目、もうすぐいっぱい!」


「空の荷車は東側から戻して!」


速さを、人と物の流れをつなぐために使っている。


セラフィナは入口で作業区域を管理する。


武器は預ける。


水は配る。


休憩者と作業者の通路を分ける。


誰かが倒れれば、列全体を止めずに救護へ運べるようにする。


ミルカとリハラは、床の円形蓋を露出させていた。


「あと二列!」


ミルカが叫ぶ。


アオイが袋を持ち上げる。


都市の男が受け取る。


その次に、ハディル村から来た女性が受け取る。


最初は互いに目を合わせなかった。


だが、何十袋も渡し続けるうちに、呼吸が合っていく。


「次、重いぞ」


「わかった」


「腰を曲げるな」


「村で何年、麦袋を運んだと思ってる」


「なら任せた」


短い言葉。


それだけ。


けれど、敵として向き合うよりは、ずっと前へ進んでいた。


最後の袋が移動する。


床の円形蓋が、完全に見えた。


中央には、古代文字。


《西方第六風塔》


《昼は上へ、夜は下へ》


《砂を落とし、風のみを通せ》


「これだ」


ミルカが膝をつく。


蓋の周囲へ工具を入れる。


だが、動かない。


五十年以上、閉じられていた。


塩ではない。


砂と油と、後から流し込まれた固定材で固められている。


「埋める気満々だったんだね」


「二度と開けないつもりだったんだろう」


リハラが答える。


「壊して開ける?」


澪が尋ねる。


「蓋を壊したら、風向羽根まで落ちる可能性がある」


「じゃあ少しずつ」


「時間がない」


ミルカは汗を拭う。


調律核の表示が更新される。


《広域砂塵流入予測まで:一時間二十六分》


倉庫の外。


西の地平線に、茶色い壁が見え始めていた。


砂嵐。


まだ遠い。


だが、空と地面の境界を覆うように広がっている。


都市の見張りが鐘を鳴らした。


一度。


二度。


三度。


市民たちが空を見上げる。


不安が広がる。


《地表虚無反応:上昇》


《砂塵前線内に赤黒粒子を検出》


時間がない。


「ミルカ」


澪は言った。


「壊さずに開けられる?」


「やる」


「できる?」


「やる」


できるとは言わなかった。


だが、ミルカの目は構造を見ていた。


リハラも反対しない。


二人は、蓋の周囲へ小さな穴を開け、固まった固定材だけを削り始める。


セラフィナの光剣が、内部の金属を傷つけないように表層を切る。


フィリアが床下の空気を読む。


「中の圧が高くなっています」


「いきなり開いたら?」


澪が聞く。


「砂と空気が噴き出します」


「どれくらい?」


「人が倒れるくらいです」


「先に言ってくれてよかった」


ルシェリアが風の壁を用意する。


「開いた瞬間の流れを、上へ逃がします」


「倉庫の屋根は?」


ミルカが尋ねる。


「一部を開けてもらいました」


「食料は移した?」


「風塔周囲は完了しています」


準備が整っていく。


澪は調律核で、地下風圧と地上風圧を見比べる。


日の出によって地表温度が上がり、風向はすでに変化し始めている。


夜は地下から地上へ抜けていた。


今は、地表の一部から地下へ吸い込もうとしている。


だが、正式な第六風塔が開けば、可動羽根によって方向を制御できる可能性がある。


「開けるよ!」


ミルカが最後の固定具へ工具を入れた。


「全員、線の外へ!」


セラフィナが白銀の境界を作る。


作業員たちが下がる。


ルシェリアが屋根へ向けて風の道を作る。


フィリアとネレイアが床下の圧力を読む。


「今です!」


ミルカとリハラが同時に固定具を外した。


円形蓋が、数センチ浮く。


ごおっ!


床下から空気が噴き出した。


砂と埃。


古い穀物の殻。


乾いた虫の巣。


五十年以上閉じ込められていたものが、一気に吹き上がる。


ルシェリアの風が、それを屋根の開口部へ導く。


セラフィナの光壁が、人のいる側へ飛ぶ砂を遮る。


蓋がさらに開く。


その下に、巨大な円筒が現れた。


内部には、何層もの傾いた板。


風向羽根。


砂塵分離格子。


しかし半分以上が壊れている。


「昼夜制御盤は?」


リハラが内部を覗く。


「下だ!」


ミルカが梯子を降りる。


澪も続こうとする。


「ミオは上!」


「なんで?」


「中は狭いし、今から風が変わる! 全体見て!」


「また全体担当」


「適材適所!」


澪は反論できなかった。


ミルカとリハラが風塔内部へ入る。


地上には、砂嵐が近づいている。


地下では、風向羽根を動かす歯車が固まっている。


「主軸、砂で埋まってる!」


「下側を開けろ!」


「開けたら地下へ落ちる!」


「受け皿を入れる!」


二人の声が響く。


ライカが、都市外周から走って戻った。


「砂嵐、速くなってる!」


「あとどれくらい?」


「普通に来れば一時間。でも風塔が開いたから、こっちへ引かれてる感じがする!」


澪の顔色が変わる。


風塔を開けたことで、地下との圧力差が新しい吸引を作った。


まだ風向羽根が動いていない。


このままでは、西方風塔が巨大な吸い込み口になる。


《砂塵流入予測:一時間二十六分 → 三十八分》


「三十八分!」


澪が叫ぶ。


「ミルカ、急いで!」


「急いでる!」


「風塔の周りに砂を減速させるものが必要!」


澪は倉庫の外を見る。


何もない。


舗装された広場。


低い建物。


その先には城壁。


砂嵐は西から来る。


風塔へ直接ぶつかれば、制御機構を直しても大量の砂を受ける。


「壁を作る?」


アオイが尋ねる。


「高い壁は駄目」


ルシェリアが答えた。


「風が乗り越えたあと、裏側で強い渦になります」


「じゃあ、どうする?」


澪はハディル村の古い段々畑を思い出した。


水を止めるのではない。


速度を落とし、分け、地面へ広げる。


風も同じだ。


完全に止めようとすれば、別の場所へ集中する。


「低い壁を何列も作る」


澪は言った。


「一枚の大きな壁じゃない。隙間を残して、風を少しずつ弱くする」


ミルカの声が塔内から返る。


「防風格子! 古代風塔の外にもあったはず!」


倉庫管理人が思い出したように言う。


「昔、備蓄庫の西側には木の柵が並んでいた。砂が積もるから撤去したと記録にある」


「砂が積もるなら、機能してたんです!」


澪は叫んだ。


砂を止める柵には、砂が溜まる。


それを邪魔だと思って撤去した。


だが、その砂が風塔へ入るはずの砂だった。


「材料は?」


アオイが尋ねる。


周囲を見る。


式典用天幕の残り。


壊れた棚。


穀物袋を運んだ荷車。


使われていない木枠。


門外避難所の支柱。


すべてを壊すわけにはいかない。


だが、一時的な防風格子は作れる。


「天幕布は全部張らない」


澪は言った。


「風を通す隙間を開ける。木枠へ細い帯状に結んで、低い格子を何列も作る」


セラフィナが即座に作業区域を分ける。


「第一列、倉庫から百歩西。第二列、七十歩。第三列、四十歩。風塔へ近づくほど網目を細かくしてください」


「どうして近い方を細かく?」


作業員が尋ねる。


「外側で強い風を分け、内側で砂を落とすためです」


ルシェリアが風向を読む。


「真西ではありません。やや南から来ています。格子を斜めに」


ライカが走る。


「位置、印つける!」


アオイが木枠を運ぶ。


「一人で全部持たないで」


澪が言う前に、アオイは周囲へ声をかけた。


「こちらを四人でお願いします! 私は先端を持ちます!」


もう、一人で背負わない。


都市住民。


避難民。


兵士。


水務局の技術者。


穀物倉庫の管理人。


全員が、西側広場へ低い格子を組み始める。


穀物袋を運び終えた荷車も、横へ倒して格子の基礎へ使う。


ただし車輪は外さない。


砂嵐が終われば、また使えるように。


修復のために、次の生活を壊さない。


《広域砂塵流入予測まで:二十四分》


砂嵐の音が聞こえ始めた。


遠雷に似た低い音。


だが雲ではない。


無数の砂粒が地表を叩き、空気を震わせる音だ。


空が茶色く染まる。


太陽が昇ったはずなのに、光が弱くなる。


フィリアがネレイアを抱く。


「黒いものが近づいています」


赤黒い粒。


どこにも根づけず、飛ばされ続けた土の残響。


砂嵐の中で、それらが集まり始めている。


調律核が警告を出す。


《地表虚無反応:高》


《砂塵虚無体形成率:18%》


「砂嵐そのものが怪物になる?」


澪が呟く。


完全な生物ではない。


だが、砂と虚無が集まれば、意思を持つように都市へ襲いかかる可能性がある。


「防風格子、第一列完成!」


「第二列、あと二枚!」


「第三列、支柱が足りない!」


アオイが壊れた棚の柱を運ぶ。


「これを使ってください!」


「倉庫へ戻せる?」


澪が聞く。


「修理すれば使えます!」


使い捨てない。


今は格子。


嵐が終われば、また棚へ戻す。


第三列が完成する。


風塔の中から、ミルカの声が聞こえた。


「風向羽根、主軸解放!」


「動く?」


「手動なら!」


リハラが続ける。


「自動切替器が壊れている! 昼と夜で誰かが操作する必要がある!」


「今は手動でいい!」


完璧な自動化を待つ時間はない。


まず動かす。


その後、現地の人が切り替えられる手順を作る。


「現在は昼側!」


澪は調律核を見る。


地表温度上昇。


地下温度。


都市内部圧。


ハディル村側風圧。


六つの風塔の開度。


「西方風塔は排気側! 地表の砂を吸わず、地下から上へ抜く!」


「羽根角、排気三!」


リハラが叫ぶ。


ミルカが主軸を動かす。


巨大な羽根が、軋みながら向きを変える。


ごおおおお――。


西方風塔から、地下の空気が上へ吹き出した。


先ほどまで吸い込んでいた流れが反転する。


倉庫の屋根から、温かい空気が抜ける。


地下の熱を含んでいる。


だが、塩粒子は分離核とセラフィナの光格子で抑えられている。


《西方第六風塔:正式開放》


《昼間排気方向:成立》


《六方風圧分散機構:六系統接続》


「六本、つながった!」


澪が言う。


だが、砂嵐はもう目の前だった。


最初の突風が第一列の防風格子へぶつかる。


布帯が激しく鳴る。


木枠が揺れる。


完全な壁ではないため、風は隙間を通る。


その代わり、一つの強い流れが細かく分かれる。


大きな砂粒が第一列の足元へ落ちる。


残った風が第二列へ。


さらに砂が落ちる。


第三列へ届く頃には、風速が少し下がっていた。


「効いてる!」


ライカが叫ぶ。


しかし、砂嵐の本体はまだ来ていない。


空全体を覆う巨大な茶色い壁。


その中に、赤黒い輪郭が浮かび始める。


人のようでもあり。


獣のようでもあり。


崩れる砂丘のようでもある。


《砂塵虚無体形成率:31%》


「風が弱くなった場所へ、虚無が集まってる」


フィリアが言う。


「どういうこと?」


「砂が落ちるからです。黒いものも一緒に集まっています」


防風格子は砂を止めている。


だが、砂に混じった虚無も同じ場所へ溜まる。


放置すれば、防風格子の前で巨大な虚無体が生まれる。


倒すべきか。


風で吹き飛ばすべきか。


だが、吹き飛ばせば別の場所へ行くだけだ。


「砂と虚無を分ける」


澪は言った。


「どうやって?」


セラフィナが尋ねる。


澪は港での経験を思い出す。


アビス・リヴァイアから黒い霧を引き離した時。


流れを止めるのではなく、行き先を作った。


「ルシェリア、砂だけを低く流せる?」


「完全には分けられません」


「地表すれすれで、格子の横へ」


「試みます」


赤紫の風が、防風格子の前へ広がる。


強く吹き飛ばすのではない。


落ちた砂を、格子の両端へゆっくり運ぶ。


中央へ積み上がらないようにする。


フィリアとネレイアが、砂に混じったわずかな水分を探す。


「黒い粒は、乾き切った砂へ強くついています」


「なら、少し湿らせれば離れる?」


「大量の水はありません」


「水を撒くんじゃない」


澪はハディル村の結露布を思い出す。


「夜に集めた水。ほんの少しでいい。黒い粒が一か所へ留まれるだけの湿り気を作る」


ナジームが言う。


「貴重な水を、砂へ使うのか」


「全部じゃない。飲料に使えない初期洗浄水の上澄みがある」


第18話で作った沈殿槽。


夜間冷却路の初期洗浄水。


砂と塩を沈め、上澄みは粉塵抑制へ使うと決めた。


今が、その用途だ。


「粉塵抑制水を、防風格子の中央前へ!」


ナジームが指示を出す。


水が運ばれる。


樽数個分。


都市全体から見れば、わずかな量。


それを霧状にして、格子の前へ撒く。


乾いた砂の表面が、少しだけ湿る。


泥になるほどではない。


飛び上がらない程度の重さを持つ。


赤黒い粒が、湿った場所へ集まり始める。


フィリアが言う。


「ここなら、黒いものが止まれます」


「止まったあと、どうする?」


ミルカが風塔から出てきた。


澪は答えられない。


虚無を水路へ流すわけにはいかない。


地面へ埋めれば、また土へ広がるかもしれない。


セラフィナが光剣を湿った砂の周囲へ配置する。


「一時隔離します」


六本の剣。


六角形の白銀の境界。


湿った砂と赤黒い粒だけを囲う。


切らない。


焼かない。


風へ戻さない。


《砂塵虚無反応:一時隔離》


《砂塵虚無体形成率:31% → 22%》


「下がった!」


澪が言う。


だが、砂嵐は格子へぶつかり続けている。


第一列の支柱が一つ抜けた。


アオイと作業員たちが押さえる。


「綱を!」


「ここへ石を積め!」


「布を外すな!」


第二列では、避難民の男と都市兵が同じ木枠を支えていた。


「そっち、持ち上げすぎだ!」


「お前が低いんだ!」


「なら合わせろ!」


怒鳴り合いながらも、手は離さない。


第三列では、種子袋を管理していた老人たちが、格子を通り抜けた砂の量を記録している。


「南端が多い!」


「ルシェリア殿へ伝えろ!」


ライカが走る。


「南端、砂が増えてる!」


ルシェリアが風の角度を変える。


砂の流れが分かれる。


風塔からは、地下の熱い空気が排出されている。


砂嵐の風とぶつかり、真上へ向かう流れが生まれる。


茶色い砂の一部が、都市の上を越えていく。


すべては止められない。


だが、地表近くを這う砂の量は減らせる。


地下へ吸い込まれる砂も減る。


調律核に表示が流れる。


《六方風圧分散:昼間運転へ移行》


《西方風塔砂塵流入:許容範囲》


《深層風脈閉塞危険度:低下》


《広域砂塵流入:分散中》


砂嵐は、都市を完全には避けなかった。


建物の壁へ砂が当たる。


屋根に積もる。


水路の一部へ入り込む。


人々は顔を布で覆い、低い姿勢で耐える。


完璧には守れない。


だが、風塔と地下循環が一度に埋まるような被害は避けられている。


ハディル村側からも通信が入る。


『こっちにも砂が来てる!』


ライカの中継を通じたサディクの声。


「風塔は?」


『村側は吸気を閉じて、側面排気へ切り替えた! 井戸の布は回収した!』


「渇きの巨人は?」


『動いていない! 仮設支持も持っている!』


村でも、人々が自分たちで昼側の風向へ切り替えている。


澪たちが直接操作していない。


昨夜聞いた手順。


今朝作った記録。


現場の風。


それらを見て、自分たちで判断した。


《ハディル風塔:昼間運転成立》


《現地自律操作:確認》


澪は、ほんの少し息を吐いた。


それでも、砂嵐の中心にはまだ赤黒い反応が残っている。


一時隔離した湿った砂。


このまま放置すれば乾く。


乾けば、再び虚無粒子が風へ戻る。


「この砂をどうする」


ミルカが尋ねる。


澪は六角形の光境界の中を見る。


砂。


少量の塩。


虚無粒子。


水。


今すぐ答えは出ない。


だが、一つだけわかる。


捨ててはいけない。


遠くへ運んで終わりにもできない。


「記録して、隔離して、調べる」


澪は言った。


「砂漠の土へ戻す方法を探す」


「虚無が入ってるよ」


「だからそのまま戻さない」


フィリアが湿った砂へ手をかざす。


「小さな命の声はありません」


「なら、命が戻れる状態にする必要がある」


砂は、ただ細かい石ではない。


本来の土には、有機物がある。


微生物がいる。


根がある。


水を抱える隙間がある。


だが、この砂にはそれがない。


だから風に飛ばされる。


雨が降っても流れる。


虚無が入り込む。


「風を直すだけじゃ終わらない」


澪は言った。


砂漠は風を失っていた。


だが、風が通るようになっても、地表に砂を留めるものがなければ、砂嵐は何度でも起こる。


土を作らなければならない。


根を戻さなければならない。


有機物を戻さなければならない。


「次は、地表を直す」


澪は湿った砂を見つめた。


その時。


ネレイアが、砂の中の一点へ青い光を伸ばした。


「何かあります」


フィリアが言う。


「虚無とは違うものです」


湿った砂を少し除く。


そこから、小さな種が出てきた。


黒く乾いている。


長い間、砂嵐の中を転がっていたのか、表面は傷だらけだ。


生きているようには見えない。


だが、ネレイアの光へ触れた瞬間。


種の中央に、かすかな緑が灯った。


フィリアが息を呑む。


「まだ、生きています」


砂嵐の中。


虚無に包まれ。


水も土も失った場所で。


それでも、完全には死んでいない種が残っていた。


調律核が反応する。


《未知乾燥種子:生存反応》


《土壌生命条件:未達》


《発芽可能性:2%》


二パーセント。


ほとんどゼロに近い。


けれど、ゼロではない。


「この種を育てる?」


アオイが尋ねる。


澪は種を見つめた。


一粒を育てたからといって、砂漠は緑にならない。


水も足りない。


土もない。


日差しも強すぎる。


けれど、この種は教えている。


砂漠に何も残っていないわけではない。


眠っているものがある。


戻る機会を待っている命がある。


「まず、土を作る」


澪は言った。


「この種が根を下ろせる場所を」


砂嵐は少しずつ弱まり始めていた。


低い防風格子の前には、砂が帯状に積もっている。


それは失敗の跡ではない。


風の速度を落とし、都市へ入る前に砂を受け止めた証拠だ。


風塔は、砂に埋まらず動き続けている。


地下の白塩竜も、一人で蓋になってはいない。


ハディル村の井戸からは、昼側へ切り替えられた風が穏やかに抜けている。


《砂漠大気循環再起動率:8% → 17%》


《昼夜風向制御:仮成立》


《広域砂塵災害:軽減》


《地表再生条件を新規確認》


表示の最後に、新たな文字が浮かぶ。


《次段階:砂を土へ戻せ》


澪は小さな種を、両手で包んだ。


水だけでは、砂漠は戻らない。


風だけでも戻らない。


命が根を下ろし、水と土をつなぎ、地表を留めなければならない。


砂漠は、風を失っていた。


そして今。


その風の中から、次の命が見つかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


第21話では、昼と夜で向きが変わる砂漠の風を調整し、六つ目の正式風塔を復旧しました。


夜間は、地下の熱によって温められた空気を地上へ逃がし、冷たい空気を地下へ取り込みます。


しかし日が昇れば、地表と地下の温度差が変化し、風向が反転します。


制御機構がなければ、大量の砂が風塔や地下施設へ吸い込まれ、水路、熱交換塔、風脈を再び塞いでしまいます。


正式な西方風塔は、オルドアの第三食料備蓄庫の下へ埋められていました。


風塔から吹き上がる砂によって穀物が傷んだため、五十年以上前に閉鎖され、その上へ備蓄庫が増築されていたのです。


今回、都市住民と門外避難民は、穀物袋を共同で運び出しました。


袋の搬出と搬入は双方の記録係が確認し、盗難や数のごまかしを疑い合わなくてもよい構造を作りました。


また、古代風塔には本来、昼と夜で流れを切り替える可動羽根と、砂を落とす分離格子が備わっていました。


砂漠では、風そのものが失われたのではありません。


地表と地下を穏やかにつなぐ風路が失われたことで、空気が停滞する時間と、砂嵐として一気に動く時間だけが残っていました。


澪たちは正式風塔を昼間の排気方向へ切り替え、低い防風格子を複数列設置しました。


高い壁で完全に風を止めるのではなく、隙間のある低い格子によって風を分け、速度を落とし、砂を段階的に地表へ落とす方法です。


さらに、砂に混じった虚無反応は、夜間冷却路の初期洗浄水を利用して一時的に固定し、セラフィナの光境界で隔離しました。


しかし、隔離した砂をどこへ戻すのかという問題は残っています。


その砂には、有機物も、微生物も、根もありません。


水を抱えられず、風に飛ばされ、虚無が入り込みやすい状態です。


そして砂の中から、わずかな生存反応を持つ一粒の種が見つかりました。


発芽可能性は二パーセント。


ほとんどゼロに近い数字です。


けれど、完全なゼロではありません。


次に必要なのは、水を撒くことでも、いきなり森を作ることでもありません。


種が根を下ろせる、小さな土を作ることです。


次回、第22話「最初に植えるのは、木ではない」。


砂へ有機物と微生物を戻し、水を抱えられる最初の土壌を作ります。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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