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徹夜続きのゲーム開発者、気づいたら自分が作ったはずの文明調律RPGに転移していました 第二部  作者: マスター


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11/12

第23話 すべての種を起こしてはいけない

第23話です。


第22話では、砂漠の砂へ有機物と微生物を戻し、最初の小さな土壌試験区を作りました。


水だけを撒いても、根を支える土がなければ植物は育ちません。


木を植える前に必要なのは、根が下りられる場所。


水を抱えられる場所。


菌や微生物が働き、枯れたものを次の命へ渡せる場所です。


澪たちは六つの試験区を作り、砂、藁、穀物殻、野菜くず、家畜糞、炭片、生き残った木の根元の土を組み合わせ、最初の土壌生態系を起動させました。


そして、砂嵐の中から見つかった一粒の種が《風留草》として発芽します。


さらに、旧農地全域には、多数の休眠種子が残っていることも判明しました。


砂漠は完全に死んでいたのではありません。


芽吹く条件を失い、眠っていただけでした。


けれど、すべての種を一斉に起こせば、今の水と土では支えられません。


命を目覚めさせることと、その命を最後まで支えることは別です。


今回は、再生する範囲と順番を決める回です。

風留草の芽は、見ようによっては頼りなかった。


細い。


小さい。


指先で触れれば折れてしまいそうで、砂粒を一つ落としただけでも埋もれてしまいそうだった。


それでも、遮光布の下で確かに立っていた。


浅く広がり始めた根の周りには、わずかな黒い土が生まれている。


砂だけではない。


有機物。


炭片。


菌糸。


水分。


それらが絡み合い、根の周囲へ小さな世界を作っていた。


神代澪は、その芽をしばらく見つめていた。


調律核には、旧農地全域に散らばる休眠種子の反応が表示されている。


《広域休眠種子反応:継続検出》


《推定分布:旧農地全域》


《発芽条件:土壌生命/低塩分/短時間保水》


《警告:一斉発芽時、現在の水供給量では維持不能》


赤い警告文は消えない。


ライカが地図を覗き込む。


「こんなに種があるなら、すごいじゃん」


「うん」


澪は頷いた。


「でも、すごいから危ない」


「危ない?」


「全部起こしたくなるから」


ライカは首を傾げた。


「起こしたら駄目なの?」


「支えられるならいい。でも今は無理」


澪は地図上の緑の点を指す。


「この全部が芽を出したら、水が足りない。土も足りない。日差しを避ける布も足りない。根を支える菌も足りない」


「じゃあ、せっかく生きてるのに、寝かせたまま?」


「そう」


澪の声は、自分でも少し苦く聞こえた。


「今は、寝かせておくのも守ることになる」


アオイが静かに聞いていた。


「命があるとわかっていて、起こさない判断ですか」


「うん」


「難しいですね」


「難しい」


澪は風留草の芽を見る。


「でも、起こして枯らす方がもっと残酷だと思う」


フィリアは、芽のそばでネレイアを休ませていた。


青い精霊は、風留草の根元に集まる小さな水分を見守るように揺れている。


「種たちは、急いでいません」


フィリアが言った。


「そうなの?」


「はい。急いでいるのは、人の方です」


その言葉に、澪は何も返せなかった。


人は結果を見たい。


畑が戻る景色を見たい。


緑が広がる未来を早く確認したい。


けれど、眠っている種は何年も、あるいは何十年も待ってきた。


一日や二日を待つことができないのは、人の不安の方だ。


その不安へ、虚無は入り込む。


***


オルドアとハディル村の代表者たちが、防風格子の内側に集まった。


都市側からは、水務卿ナジーム、評議長ザヒーラ、技術主任リハラ、廃棄区画責任者マーディ。


村側からは、サディクと数名の農民。


門外避難民の代表も加わっている。


六人の仲間たちも、それぞれの位置についた。


アオイは作業員たちと共に水壺の管理。


ルシェリアは遮光布の周囲の風。


フィリアは水と土の声。


ミルカは試験区と水路構造。


セラフィナは記録とルール。


ライカは都市と村を走る連絡役。


澪は、中央に置かれた砂地図の前に立った。


地図には、三種類の印がある。


青は水。


白は塩。


緑は休眠種子。


そして赤い線は、現在の水供給では維持できない範囲を示していた。


サディクが、緑の点が密集する旧農地を見つめる。


「ここまで種が残っているなら、村へ戻れる」


声には、抑えきれない期待がある。


ハディル村の人々にとって、畑はただの土地ではない。


家族が働いた場所。


収穫を待った場所。


生活そのものだった場所。


「すぐには戻れません」


澪は答えた。


サディクの表情が硬くなる。


「なぜだ」


「今、水を撒けば芽は出るかもしれません。でも、根を支える土がありません。塩も残っています。昼の熱と風に耐える遮蔽も足りません」


「では、いつまで待てばいい」


「土壌拠点を作ります」


澪は地図に六つの丸を描いた。


一つ目。


ハディル村の古い集水槽。


二つ目。


生き残った木の根元。


三つ目。


風留草が発芽したオルドア外周の試験区。


四つ目。


防風格子の砂溜まり。


五つ目。


旧段々畑の上段。


六つ目。


西方地脈涵養路の浅い出口。


「この六か所を、最初の土壌拠点にします」


ミルカが説明を引き継ぐ。


「風塔と水路に近く、砂を受け止められて、排水を確認できる場所だよ。いきなり畑全体へ広げない。小さく作って、根と菌と有機物を増やしてから、次の区画へ移す」


農民の一人が声を上げた。


「そんな小さな場所で、何が変わる」


「最初はほとんど変わりません」


澪は正直に言った。


ざわめきが広がる。


「だが、そこで土を増やせば、次はその周囲へ広げられます」


「何年かかる」


「わかりません」


その答えに、空気が重くなった。


希望を見せられた直後に、時間がかかると言われる。


人々の表情に、失望と苛立ちが混じる。


サディクが低く言う。


「我々は、もう待った」


「わかっています」


「村を出て、井戸を失い、都市の門で止められ、子どもたちへ水を分けながら歩いた。さらに待てと言うのか」


「はい」


澪は答えた。


サディクの目が鋭くなる。


「簡単に言う」


「簡単じゃないです」


澪は声を落とした。


「でも、ここで急いで全部の種を起こせば、もう一度失います」


黙り込む者。


目を逸らす者。


怒りを押し殺す者。


その中で、ナジームが口を開いた。


「都市も水を出せる量には限界がある。飲料、冷却、中央貯水宮、地脈涵養。すでにすべてがぎりぎりだ」


「都市はまた出し渋るのか」


農民の一人が言う。


ナジームは、すぐには否定しなかった。


「以前のように、記録を閉じて決めるつもりはない。だが、ない水をあるとは言えない」


ザヒーラも続ける。


「土壌拠点に使う水量、都市配給、村側涵養量、すべて記録して公開する」


「記録だけで腹は満たされない」


サディクが言う。


「そうだ」


ザヒーラは認めた。


「だが、記録がなければ、また誰かが奪ったと言い合うことになる」


セラフィナが砂地図の横へ立った。


「提案します。発芽を許可する条件を定めます」


「発芽を許可?」


ライカが小声で言う。


「なんか偉そう」


「種に命令するわけではありません」


セラフィナは淡々と答えた。


「人間側が水を与える条件です」


条件。


一つ、土壌温度が一定以下であること。


二つ、表層塩分が危険域を下回ること。


三つ、三日分の保水見込みがあること。


四つ、遮光と防風が準備されていること。


五つ、発芽後に枯れた場合も土へ戻せる区画であること。


六つ、誰の土地かではなく、誰が維持するかを決めてから水を入れること。


「最後が一番厳しいですね」


アオイが言った。


澪は頷く。


種を起こすだけなら、水を撒けばいい。


でも、その後も見守る者がいなければ枯れる。


枯れた芽は、希望を失望へ変える。


その失望もまた、虚無の入口になる。


「発芽させる順番を決めます」


澪は言った。


「第一段階は、土壌拠点の中だけ。第二段階は、拠点の周囲。第三段階で、旧畑の一部。全部はまだ起こさない」


「そんなに遅くて、間に合うのか」


サディクが問う。


「全部を起こして全滅させるよりは」


澪は答えた。


その言葉は強すぎた。


サディクの顔が怒りに歪む。


しかし、反論は出なかった。


誰もが、心のどこかでわかっていた。


今の土地では、広い畑を支えられない。


それでも、待つことがつらい。


希望が見えたからこそ、なおさらつらい。


***


会議のあと、澪は少し離れた場所で水筒を握っていた。


飲むためではない。


ただ、手の中に重みを感じていたかった。


ライカが隣へ来る。


「さっきの、かなりきつかったね」


「うん」


「サディク、怒ってた」


「うん」


「でも、間違ってはないと思う」


澪は苦笑した。


「ありがとう」


「でも、私が村の人だったら、水撒いちゃうかも」


その言葉に、澪は黙った。


自分でも、そう思っていた。


村を失った人。


畑を失った人。


家族へ食べ物を渡せない人。


その目の前に、眠っている種がある。


水を撒けば芽が出るかもしれない。


そう聞かされたら、待てるだろうか。


理屈で止まれるだろうか。


「だから、ルールだけじゃ足りない」


澪は言った。


「見張るの?」


「それも少しは必要。でも、見張りだけだと反発が増える」


「じゃあ?」


「みんなが関われる小さい作業を増やす」


待てと言われるだけでは、人は焦る。


だが、小さくても自分の手で土を作り、水を記録し、風留草を守る作業があれば、待つ時間に意味が生まれる。


「ハディル村の人にも、土壌拠点ごとに担当を作ってもらう」


澪は言った。


「水を撒けない日にも、温度を見る。塩を見る。遮光布を直す。枯れた有機物を切る。記録する」


「地味」


「地味だよ」


「でも、そういうのがないと続かないのか」


「うん」


遠くで、サディクが村人たちと話している。


怒りは残っている。


けれど、完全に背を向けてはいない。


まだ話し合いの輪の中にいる。


それだけで、今は十分だった。


その時、ライカの耳がぴんと立った。


「水の音」


「え?」


「向こう、旧水路の方」


ライカが走り出す。


澪も後を追うが、すぐに息が上がる。


「速い……待って……」


「ミオはゆっくり来て!」


「そうするしかない!」


向かった先は、ハディル村方面へ伸びる旧灌漑水路の分岐だった。


今は閉じられているはずの小さな水門。


その周囲に、人影がある。


若い男が二人。


そして、中年の女性。


手には壺。


水門の板が、少しだけ持ち上げられていた。


そこから細い水が漏れ、乾いた水路へ流れ込んでいる。


「何してるの!」


ライカが叫ぶ。


三人が振り向く。


女性は、顔を強張らせていた。


「ほんの少しだけだ」


「それ、水路の調整前だよ!」


ライカが水門へ駆け寄る。


若い男の一人が前へ出る。


「種があるんだろ!」


声は震えていた。


「畑に、まだ種が残ってるって言ったじゃないか!」


「でも、今は起こしちゃ駄目って!」


「俺の妹は、昨日から何も食べてない!」


もう一人の若者も叫んだ。


「小さい草を待て? 土を作れ? その間に何を食うんだ!」


澪が息を切らしながら追いつく。


「水門を閉めてください」


「嫌だ」


女性が壺を抱えたまま言う。


「畑が戻るかもしれないんだ」


「今、水を流したら」


「少しくらいならいいだろう!」


澪は言葉に詰まった。


少しくらい。


そう思う気持ちはわかる。


だが、その少しが、眠っている種へ合図を出す。


まだ土がない場所で。


まだ塩が抜けていない場所で。


「閉めて」


澪は言った。


「お願い」


若い男の目に、怒りと涙が浮かぶ。


「お願いで、腹が膨れるか!」


その瞬間、水門板がさらに上がった。


細い水が、一気に水路へ流れた。


乾いた水路の底へ染み込みながら、旧農地へ向かう。


ライカが飛び出す。


だが、もう水は流れ始めていた。


調律核が警告を出す。


《旧農地A区:予定外散水》


《休眠種子反応:急上昇》


《土壌生命条件:未達》


《発芽維持予測:低》


澪の背筋が冷えた。


「ミルカ! フィリア! 旧水路A区!」


通信で叫ぶ。


『何が起きた!?』


ミルカの声。


「水が流された! 止める!」


澪は水門へ駆け寄る。


若い男が邪魔をしようとする。


だが、その前にアオイが現れた。


「どいてください」


低い声。


怒鳴ってはいない。


それでも、男は動けなくなった。


アオイは水門板を掴み、ゆっくりと下ろす。


一気に閉めない。


急に止めれば、水路の途中で水が暴れる。


少しずつ。


ミルカから通信が入る。


『下流側に仮堰を作る! 水を土壌拠点へ逃がせる?』


「ライカ!」


澪が叫ぶ。


「下流の水、第五試験区側へ誘導!」


「了解!」


ライカが走る。


ルシェリアの風が、水路周囲の砂を吹き払い、流れを見えやすくする。


フィリアとネレイアが、旧農地へ向かった水の気配を追う。


だが、すでに一部の水は畑へ入っていた。


乾いた砂地が、点々と濡れている。


そこから、小さな緑の光が一斉に浮かび始めた。


「芽が……」


若い男が呟く。


土のない砂の上で、休眠していた種が目を覚ました。


一つ。


十。


百。


あまりにも早い。


あまりにも弱い。


小さな芽が砂を押し上げる。


その光景を見て、村人たちが歓声を上げかける。


だが、澪の調律核には警告が流れていた。


《一斉発芽:発生》


《保水不足》


《表層塩分:高》


《根圏未形成》


《日中枯死予測:87%》


「喜ばないで」


澪は呟いた。


声が震える。


「まだ、喜ばないで」


芽が出ることと、育つことは違う。


目の前の緑は、希望に見える。


けれど、このままでは数時間で枯れる。


希望が枯れる瞬間、人々の失望はさらに深くなる。


それは虚無を呼ぶ。


フィリアが旧農地に膝をつく。


「芽が怖がっています」


「怖がってる?」


「目を覚ましたのに、土がない。水がすぐ消える。根を伸ばす場所がない」


芽の周囲に、赤黒い粒が集まり始める。


《発芽死予測に伴う虚無反応:上昇》


「全部は助けられない」


ミルカが駆けつけて言った。


「わかってる」


澪は答えた。


「でも、助けられる分を選ぶ」


若い男が叫ぶ。


「選ぶな!」


澪は振り向く。


「選ばなかったら、全部枯れる!」


男が言葉を失う。


「今、助けられるのは水が残っていて、塩が低くて、土壌拠点に近い芽だけです」


「他は?」


「有機物として土へ戻す」


残酷な言葉だった。


芽吹いたばかりの命を、全部は救えない。


でも、枯れて終わらせるのではなく、次の土へ戻す。


「アオイ、遮光布!」


「はい!」


アオイが作業員たちと布を運ぶ。


「ルシェリア、風を弱めて!」


「承知しました」


「ミルカ、水を三方向へ分けて! 広げすぎないで!」


「了解!」


「フィリア、残せる芽を見て!」


「はい!」


「セラフィナ、線を引いて! 救出区画と還元区画を分ける!」


白銀の光が、旧農地を走る。


救う区画。


還元する区画。


その境界が見える形で示される。


村人たちが息を呑む。


そこに入っている芽と、入っていない芽。


選別。


どうしてもそう見える。


サディクが駆けつけた。


「何があった!」


若い男が叫ぶ。


「水を流した! 俺がやった! 悪いか!」


サディクが顔色を変える。


「馬鹿者!」


殴りかかろうとしたサディクを、アオイが止めた。


「今は作業を」


サディクの拳が震える。


「……何をすればいい」


澪は彼を見る。


「救出区画の周りへ土手を作ってください。水を外へ逃がさないように」


「他の芽は」


澪は答えられなかった。


サディクは歯を食いしばる。


そして、村人たちへ叫んだ。


「聞け! 全部は救えん! だが、残せるものを残す!」


誰もすぐには動かなかった。


だが、最初に老人が土を掘った。


次に、女性が藁を運んだ。


若者たちが布を張った。


水を流した男も、震える手で土手を作り始めた。


「俺が」


彼は呟く。


「俺が起こしたのに」


澪は彼へ言った。


「だから、最後まで手伝って」


責めるより、それが必要だった。


彼は泣きながら頷いた。


***


昼の熱は容赦なかった。


救出区画へ遮光布を張り、浅い土手を作り、試験区で増やし始めた有機物を少しだけ運び込む。


風留草の芽に近い菌糸を、直接移すことはできない。


まだ弱すぎる。


代わりに、生きた土を薄く水へ溶き、根元へ少しだけ届ける。


ネレイアの水は使いすぎない。


フィリアが、芽の声を聞きながら、一滴ずつ場所を選ぶ。


「ここは残せます」


「ここは?」


「根が塩に触れています。難しいです」


「難しいは、どっち?」


「還元区画へ」


その判断をするたび、フィリアの顔が痛む。


セラフィナが記録する。


救出区画、三つ。


還元区画、九つ。


還元区画の芽は、日が高くなる前に刈り取る。


まだ柔らかい緑のまま。


乾かして、細かくし、土壌拠点へ戻す。


命を無駄にしない。


だが、芽としては育てない。


若い男は、その作業の間ずっと黙っていた。


最後に、一番多く芽が出ていた還元区画の前で膝をつく。


「ごめん」


誰に言ったのか。


芽へか。


妹へか。


村へか。


自分へか。


誰も聞かなかった。


調律核の表示が少しずつ変わる。


《一斉発芽:制御中》


《救出区画:三》


《還元区画:九》


《発芽死由来虚無反応:低下》


《有機物還元量:微小増加》


全部は救えなかった。


でも、全部を虚無へ落とすことは避けた。


夕方近く。


救出区画の芽は、まだ立っていた。


弱い。


細い。


だが、根元の砂が少しだけまとまり始めている。


フィリアが疲れた声で言う。


「この子たちは、明日まで持つかもしれません」


「明日まで?」


ライカが聞く。


「はい。明後日は、またわかりません」


ライカは複雑な顔をした。


「毎日、勝たないといけないんだ」


澪は頷いた。


「土ができるまでは」


マーディが、還元用に刈り取られた芽を見ていた。


「燃やさないのだな」


「燃やしません」


澪は答えた。


「これは、次の土になります」


マーディは、小さく頷く。


「なら、腐らせるな」


「はい」


「空気を通せ。乾いた材料と混ぜろ。塩分を測れ」


「はい」


「私も見る」


「お願いします」


燃やす者が、土へ戻す者へ変わる。


完全ではない。


すべてではない。


それでも、循環の入口が増えている。


***


日が傾き始めたころ、六つの土壌拠点の上に小さな旗が立てられた。


旗には、それぞれ担当者の名前が書かれている。


都市側。


村側。


避難民側。


必ず複数の立場の者が一緒に管理する。


水量。


温度。


塩分。


遮光。


風。


有機物の追加。


発芽の有無。


枯れたものをどう戻したか。


すべてを記録する。


セラフィナは、その記録板を見て満足そうに頷いた。


「最低限の秩序は成立しました」


「最低限なんだ」


澪が言う。


「はい。運用はこれからです」


「厳しい」


「当然です」


サディクが澪へ近づいた。


「今日、水を流した者をどうする」


若い男は、離れた場所で還元用の芽を細かく刻んでいる。


疲れ切った顔をしていた。


「罰は、村で決めることだと思います」


澪は言った。


「でも、作業から外さないでください」


サディクは眉を寄せる。


「あれだけのことをしてもか」


「外したら、彼は自分が枯らした芽を見なくて済むようになります」


サディクは黙った。


「最後まで関わる方が、たぶん重いです」


若い男は、刻んだ芽を乾いた穀物殻と混ぜている。


泣きながら。


それでも、手を止めていない。


サディクは長く息を吐いた。


「わかった」


それ以上は言わなかった。


夕暮れの風が吹く。


朝よりも少し湿り気がある。


風塔が、昼間運転から夜間運転へ切り替わる準備をしている。


手動だ。


リハラとミルカが、切替手順を倉庫管理人と若い技術者へ教えている。


「羽根角を夜側へ」


「一気に動かすな。途中で圧を見る」


「砂分離格子の下を毎回掃除すること」


「記録も」


都市も、少しずつ自分で動き始めている。


その時、調律核が新しい表示を出した。


《土壌拠点:六か所成立》


《発芽制御協定:成立》


《一斉発芽危機:回避》


《地表再生率:0.2% → 1.1%》


《乾土地脈体:活動値低下》


《白塩竜負荷:低下継続》


澪は表示を見て、少しだけ肩の力を抜いた。


進んでいる。


本当に少しだけだが、進んでいる。


けれど、次の表示で息を呑む。


《エターナル出現予測:再計算》


《砂漠ヘックス局所破綻率:低下》


《広域食料供給網:未安定》


《人口移動圧:継続》


《水・土・風の局所修復のみでは、長期安定条件未達》


続いて、地図のさらに外側が表示された。


ハディル村だけではない。


オルドアだけでもない。


周辺の村々。


枯れた交易路。


放棄された井戸。


移動を続ける避難民の列。


「まだ外がある」


澪は呟いた。


ライカが地図を見る。


「こんなに?」


「うん」


一つの村を救っても。


一つの都市を直しても。


周辺から人が流れ続ければ、オルドアの水と食料はまた不足する。


ハディル村の土壌拠点が育っても、他の村が乾けば難民は増える。


広域の食料供給網を作らなければならない。


再生する場所を、孤立させてはいけない。


その時、風留草の芽が、夕風に揺れた。


小さな葉が、初めて開く。


薄い緑の二枚葉。


その間に、さらに小さな芽の影。


澪の調律核に、短い表示が浮かんだ。


《風留草:根圏分岐開始》


《周辺土壌拠点への株分け可能時期:三日後》


三日後。


小さな希望。


同時に、次の課題。


三日後には、これをどこへ広げるか決めなければならない。


「順番を間違えたら、また枯らす」


澪は言った。


フィリアが頷く。


「でも、順番を選べば広がります」


サディクが、風留草の芽を見ていた。


「全部の畑ではなく、次の一か所か」


「はい」


澪は答えた。


「一か所ずつ。でも、つなげていきます」


西の空は赤く染まっている。


砂嵐が去ったあとに残った砂の帯が、夕日に照らされていた。


そこは、ただの砂溜まりではない。


次の防風帯になる場所。


次の土壌拠点になる場所。


次の風留草が根を下ろすかもしれない場所。


すべての種を起こしてはいけない。


けれど、どの種も永遠に眠らせる必要はない。


目覚める順番を間違えなければ、砂漠は少しずつ呼吸を取り戻す。


澪は、地図の外側へ広がる無数の点を見た。


次に起こすべき場所を、選ばなければならない。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


第23話では、旧農地全域に眠っている休眠種子を、どう扱うかが中心になりました。


砂漠は完全に死んでいたのではありません。


風留草をはじめ、多くの種が眠っていました。


しかし、種が残っているからといって、すべてを一斉に発芽させればよいわけではありません。


発芽には水が必要です。


その後には、根を支える土、遮光、防風、低い塩分、微生物、菌糸、有機物が必要です。


芽を出すことと、育つことは別です。


今回、澪たちは六つの土壌拠点を設定しました。


ハディル村の古い集水槽。


生き残った木の根元。


オルドア外周の風留草試験区。


防風格子の砂溜まり。


旧段々畑の上段。


西方地脈涵養路の出口。


これらの場所から、小さな土壌生態系を段階的に広げていく方針です。


同時に、発芽を許可する条件も定めました。


土壌温度。


塩分。


保水力。


遮光と防風。


維持担当者。


枯れた場合に土へ戻せる仕組み。


これらが整っていない場所へ水を撒けば、一時的に芽は出ても、多くは枯れてしまいます。


そして物語中では、焦りから予定外の散水が起きました。


旧農地の一部で一斉発芽が発生し、澪たちはすべてを救うことができませんでした。


救える区画と、土へ戻す区画を分ける必要がありました。


これは残酷な判断ですが、全部を救おうとして全部を枯らすより、次へつながる形で残すための判断です。


枯れた芽も、燃やしたり捨てたりするのではなく、有機物として次の土へ戻されました。


この回では、「希望を見せることの危うさ」も描いています。


緑が見えた瞬間、人はすぐに広げたくなります。


しかし、支える構造がなければ、その希望は短時間で失望へ変わります。


その失望もまた、虚無を呼びます。


だからこそ、再生には順番が必要です。


最後に、土壌拠点と発芽制御協定は成立しましたが、広域の食料供給網と人口移動の問題はまだ解決していません。


ハディル村とオルドアだけを修復しても、周辺の村々が乾いたままなら、難民の流れは止まりません。


次回は、局所再生から広域再生へ移るため、再生拠点をどこへ広げるかを決めていきます。


原案・構想:マスター

物語構成・本文作成・文体調整:G(ChatGPT)

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