第3話 ――黒鉄――
ギルド本部を出たホークスは、王都南東区画へと足を向けた。
鍛冶工房が集まる地区。
鉄の匂い。
炭の煙。
絶え間なく響く金槌の音。
嫌いな空気ではない。
むしろ落ち着く。
最初に入ったのは王宮御用達の老舗だった。
整然と並ぶ剣、どれも高品質。
一本を抜き振る。
空気を切る音を聞き、刃を傾ける。
鍛接の境目、焼き入れの深さ、重心の位置。
店主が近づく。
「どうですかな?」
ホークスは言葉を選ぶ。
「丁寧だ。鍛接も綺麗だし焼きも安定してる」
「ほう」
「だが、粘りが足りない。刃厚も薄い。強衝撃には耐えきれない」
店主の目が細くなる。
「ちなみにどの魔物を想定しているのですか?」
ホークスは軽く笑った。
「魔獣将アルクと、正面から斬り合う予定だ」
沈黙。
「……ご冗談を?」
「至って真面目だ」
店主は首を振る。
「申し訳ないがうちでは無理ですな」
「……邪魔したな」
素直に頭を下げ、店を出る。
二軒、三軒。
どれも悪くはない。
だが足りない。
(衝撃吸収が弱い)
(鉄の硬度が偏っている)
(長時間の高密度戦闘には向かない)
夕暮れが迫る。
工房地区の隅で、ホークスは小さく息を吐いた。
「……注文しかないか」
その時。
ゴン……
ゴン……
腹の底に響く金槌の音。
その音は一定で迷いがない。
鉄が鳴いている。
ホークスは顔を上げる。
音の方へ歩く。
辿り着いたのは、煤けた小さな工房だった。
扉を開けた瞬間――
「扉を開けるな馬鹿野郎ォ!!」
怒号。
火床の前に立つドワーフ。
白髭、煤だらけの腕、鋭い眼光。
「温度の山だ! 空気を乱すな!」
ホークスは動じない。
「悪いな」
謝りながら扉を閉め、壁に並ぶ剣を見る。
「なんの用だ小僧!!」
一本を抜く。
重い。
だが重心は完璧。
振る。
空気が低く鳴る。
「……いい鉄だ」
怒号が止まる。
「……お前に何が分かる?」
「鍛接は七層以上。叩き締めて密度を上げている。焼きは深いが歪みがない。粘り重視だ」
ドワーフの目が変わる。
「鍛冶屋か?」
「手伝いをしたことがある。知識も少し」
そして、少しだけ笑う。
「何より武器が好きでな」
沈黙。
ドワーフは別の剣を投げてよこす。
「品定めしろ」
剣を抜く、刃は黒い。
塗りではない、光を吸い込む黒。
振る。
空気が震える。
「……黒鉄か?しかも質がいい」
ドワーフの眉が動く。
「知ってるのか」
「達人が鍛え抜いた鉄は黒くなる。密度が違う。音が違う。魔力を流しても暴れない」
ホークスは素直に言う。
「いい剣だ、惚れ惚れする出来栄えだな」
ドワーフは鼻を鳴らす。
「儂はクレイと言うもんだ」
ホークスは返答する。
「ホークスだ、よろしく頼む」
クレイはホークスに問う。
「用件はなんだ?」
「魔獣将アルクと一騎打ちする事になってな。折れない剣が欲しい」
クレイの視線が鋭くなる。
「黒鉄で作る。刃厚は?」
「通常の1.3倍。重量は構わない」
「振れるのか?」
「振る、というか振るしかない」
即答。
数秒の沈黙クレイは答える。
「二週間だ」
「助かる」
話は終わった。
ホークスが踵を返しかけた時。
視界の端に、異質な存在が映る。
工房の奥。
壁に立てかけられた、巨大な黒い大剣。
全長170センチはある。
刃厚は異常。
装飾はない。
ただ、黒。
だが――
密度が違う。
空気が沈んでいる。
ホークスは無意識に近づきかける。
「触るな」
低い声。
振り返ると、クレイの目が鋭く光っていた。
「あれは売り物じゃねぇ」
「……」
ホークスは刃を目で追う。
鍛接痕はほとんど見えない。
歪みもない。
焼きの色も均一。
(完成度が異常だ)
なぜ売らない?
問いかけようとしたが、空気がそれを許さない。
ホークスは頷いた。
「悪かった」
外に出る。
夕闇が広がる。
歩きながらも、あの大剣の存在感が頭から離れない。
重く、静かで、圧倒的。
「……なんだ、あれは」
答えは出ない。
だが確かに思う。
(あれ程の大剣――魔界でも見たことがない)
王都の空が赤く染まる。
三週間。
アルクとの戦いまで。
そして、あの黒い大剣。
まだ語られていない何かが、そこにあった。
――第3話 終――




