第37話――氷刃去りて、影は笑う――
応接室の空気が少し落ち着いた頃。
ボイドが腕を組んだまま口を開いた。
「ホークス、ギルドマスターとして正式に命令する」
ホークスが視線を向ける。
「闇魔将の勧誘」
「受けろ」
あまりにもあっさりとした言い方だった。
ホークスは一瞬だけ考える。
そして肩をすくめた。
「まぁ……神界に帰ってからの予定も特に決まってなかったし」
「別に構わない」
その言葉にボイドはニヤリと笑う。
「よし!じゃあ決定だな」
ボイドはヴォルドへ顔を向けた。
「ってことで。闇魔将の勧誘、こっちは了承だ」
ヴォルドは一瞬、ぽかんとした顔になった。
「……よろしいのですか?」
あまりにもあっさり決まりすぎていた。
「本当に?」
ボイドが肩をすくめる。
「まぁなんとかなるだろ」
ホークスも同じように言う。
「まぁなんとかなる」
ヴォルドはその様子を見て、ふっと小さく笑った。
「……分かりました」
軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
「闇魔将勧誘の件、女王陛下に報告しておきます」
そして丁寧に続けた。
「後日、改めて召集の手紙を送らせていただきます」
そう言い残すと、ヴォルドは立ち上がり応接室を出ていった。
扉が閉まる。
少しの沈黙。
ボイドがホークスを見る。
「で?」
「手合わせはどうだった」
ホークスは椅子に背を預けた。
「強い。正直勝てたか怪しいな?」
「できることなら、ランクXに勧誘したいくらいだ」
ボイドが笑う。
「それな!」
「俺もできるなら勧誘したかったな!」
その横でシルフがクスクス笑っている。
ホークスは眉をひそめた。
「お前な。ヴォルドは客人なんだからあんまり驚かせるな」
軽く説教する。
シルフは肩をすくめた。
「いやいや」
ニヤニヤしながら言う。
「ホークスの仇討ちがてら、ちょっと驚かせただけだよ」
ホークスは呆れた顔をした。
「俺を勝手に殺すな」
その口元は少し笑っている。
ボイドは二人を見ながら笑った。
「さて」
椅子から立ち上がる。
「境界線防衛の人員、もう一回選定し直す」
書類を指で叩く。
「これから仕事だからお前ら、出てけ」
笑いながら言った。
ホークスは立ち上がりながら文句を言う。
「そういやあの蹴り、まだ痛いんだが」
ボイドは肩をすくめた。
「知らん、修行不足だ」
シルフは機嫌よく手を振る。
「じゃあねマスター、また今度」
二人は応接室を出た。
廊下を歩きながらシルフが横を向く。
「ねぇホークス、ヴォルドに仇討ちしたんだからさ」
ニヤニヤしている。
「なんか奢ってよ」
ホークスは即答した。
「だから勝手に殺すな」
だが結局ため息をつく。
「……分かったよ、一杯だけな」
シルフは嬉しそうに笑う。
「やった」
二人はギルドの酒場へ向かった。
受付を抜けた時だった。
ギルド本部の広間から黄色い声が聞こえてくる。
「きゃー!」
「ヴォルド様かっこよかったわ!」
ホークスは眉をひそめた。
「……なんだあれ」
シルフが笑う。
「あー、あれね」
軽く説明する。
「氷魔将ヴォルドってさ、ファンクラブあるくらい人気なんだよ。ギルドメンバーにもクラブ会員いるらしいよ?」
ホークスは少し驚いた。
「マジか」
腕を組む。
「俺たちランクXとは正反対だな」
ランクXは基本的に存在自体が秘匿されている。
シルフがニヤニヤする。
「なに?」
「そんなにモテたかったの?」
ホークスは即座に否定した。
「違う」
「そういう意味じゃない」
そして歩きながら言う。
「いいから」
「さっさと酒場の席取るぞ」
シルフは肩をすくめた。
「はいはい」
「そういうことにしとくよ」
二人は酒場の席に着いた。
ホークスが店員の女性を呼ぶ。
「エールを一つ頼む、お前は?」
シルフは苦い顔をした。
「うわ、お酒苦手なんだよね」
そしてすぐに笑顔になる。
「お姉さん、僕オレンジジュース!」
元気よく注文する。
店員の女性はくすっと笑った。
「かしこまりました」
飲み物を待ちながらホークスが聞く。
「最近どうなんだ」
シルフは椅子に座りながら言う。
「神界側の境界線、最近魔物の動きが活発なんだよね」
指で机をトントン叩く。
「あと獣王国側の境界線も防衛、ちょっと手こずってるみたい」
ホークスは頷いた。
「だろうな」
少し考える。
「カトレアも最近境界線の防衛に引っ張られてる」
シルフが顔を上げる。
「へぇ?カトレア元気だった?」
ホークスは少し笑った。
「ああ、相変わらず元気だった」
肩をすくめる。
「相変わらず俺より一枚上手だ」
シルフが笑う。
「だろうね」
飲み物が運ばれてくる。
エールとオレンジジュース。
二人は軽く雑談しながら飲んだ。
しばらくして酒場を出る。
夜の空気。
シルフが歩きながら言う。
「ねぇホークス、今度さ、酒場じゃなくて別の店で奢ってよ」
ホークスは呆れた。
「奢ってやっただろ、文句言うな」
シルフはニヤニヤする。
「今度はさ」
「パンケーキとか?」
「食べたいな?」
その言葉にホークスがピタッと止まった。
「……お前」
ゆっくり振り向く。
「ウィンとのやり取り」
「見てたのか?」
シルフはとぼけた顔をした。
「さぁ?」
そして笑う。
「僕は町中で泣いたりしないから安心して?」
ホークスの額に青筋が浮いた。
「お前なぁ……」
シルフは笑いながら手を振る。
「ごめんごめん」
「じゃ」
「また今度なんか奢ってよ」
そう言って軽く跳ぶように去っていった。
ホークスはその背中を見送りながらため息をつく。
「……ほんと」
「変わらねぇな」
少し文句を言いながら。
それでもどこか安心した顔で、ホークスは夜の街を歩き出した。
――死の影は、笑う。
誰よりも軽やかに、
誰よりも無邪気に。
だがその足跡の先で、
どれだけの運命が揺らぎ、崩れたのかを――
知る者は少ない。
それでも彼は、今日も笑っている。
まるで、
世界そのものを遊び場にする子供のように。
死の影の名はシルフ、ギルドのランクXのアサシンである。
第37話―終




