第35話――氷刃剣舞――
黒鉄の短剣が首を掠めた瞬間。
ヴォルドは本能で身体を引いた。
鋭い痛み。
首筋から血が流れる。
頸動脈。
その数ミリ横を斬り裂かれていた。
(危ない)
だが次の瞬間。
「ッ——!」
腹部に衝撃が走る。
ホークスの膝蹴りが入る。
深く潜り込んだ姿勢から放たれた膝が、容赦なくヴォルドの腹へ叩き込まれていた。
空気が抜ける。
ヴォルドの体が僅かによろける。
「ぐ……!」
体勢を崩しながらも、ヴォルドは少し後退し即座に魔力を動かした。
浮遊していた氷の大剣。
残り二本。
それをホークスめがけて突き刺す。
ホークスと自分の間に巨大な氷刃を床へ突き立て、即席の壁を作ろうとする。
だが。
ホークスは止まらなかった。
「遅い」
指先が動く。
最短詠唱。
手元に小さな魔法陣が瞬時に展開された。
拡散の文字が刻まれた魔法陣。
そこへ闇魔法が最速で叩き込まれる。
「シャドウスプラッシュ」
闇が爆ぜた。
黒い霧が周囲へ広がる。
拡散された闇はヴォルドを覆い、視界を一瞬で奪った。
ヴォルドの視界が黒く染まる。
(魔法自体は大した事はない、目的は視界封じか?)
だが。
闇が完全に広がる直前。
ヴォルドは最後の動きを終えていた。
氷の大剣を二本。
ホークスとの間へ突き刺す。
だが。
ホークスが残像になり消える。
ホークスはカゲロウで残像を置いてヴォルドの斜め横に飛び込んだ。
そして。
闇の中へ消える。
「……」
ヴォルドは完全に視界を失った。
だが焦りはない。
静かに呼吸を整える。
(位置は分かる)
冷気の領域。
この空間は自分のものだ。
温度の変化。
空気の流れ。
そこにある生命の熱。
ホークスの位置がわずかに浮かび上がる。
ヴォルドは長剣を構えた。
その瞬間。
ヒュッ
何かが飛んできた。
反応が一瞬遅れる。
「っ——!」
黒鉄の短剣が肩へ突き刺さる。
「……!」
ヴォルドの目が細くなる。
(投げていたのか)
直後、氷の大剣が動いた。
四本全ての氷の大剣。
その巨大な刃が周囲の闇を払うように暴れ狂う。
薙ぎ払い、回転する。
冷気を巻き上げながら氷刃が暗闇を切り裂く。
だが。
その外側で影が動いた。
ホークスは闇の外側を走って黒い大剣の方へ走っていた。
床へ転がる黒い大剣。
それを拾い上げる。
そして。
「闘技——」
脚へ闘気を集中させる。
「脚力増強」
筋肉が膨れ上がる。
地面がわずかに沈む。
その間に。
ヴォルドも呼吸を整えていた。
肩の短剣を抜く。
血が落ちる。
だが表情は変わらない。
静かに魔力を解放する。
長剣へ氷魔法を流す。
刃が凍りつき、白く輝く。
さらに。
空中に新たな氷が凝縮する。
一本。
急造の氷剣。
そして。
合計五本。
巨大な氷の大剣がヴォルドの背後へ浮かび上がった。
冷気が一段と濃くなる。
ヴォルドは静かに口を開いた。
「改めて名乗りましょうか」
氷剣がゆっくり回転しヴォルドの後ろに並ぶ。
「レイナス王国六魔将が1人、氷魔将のヴォルド、リムフロスト。」
冷たい笑み。
「二つ名である氷刃剣舞の真髄、お見せします」
氷の剣が空中で円を描く。
「次で決めます」
ホークスは黒い大剣を肩へ担いだ。
ヴォルドの今までより練られた魔力と闘気に次の攻撃の壮絶さを想像する。
そして口の端を上げる。
「奇遇だな」
足を開く。
魔力が揺れる。
「こっちもそのつもりだ」
ホークスの背後で魔力が膨らむ。
分身生成。
限界まで魔力を込めた分身。
黒い大剣を持たせる。
そして。
突撃させる。
分身が一直線にヴォルドへ走る。
ヴォルドの眉がわずかに歪んだ。
(分身だけだと?本体はどうするつもりだ?)
次の瞬間。
怒気が混じる。
「……ずいぶんと舐められましたね」
氷の大剣。
五本。
すべてが動いた。
同時に。
長剣を振り上げる。
闘技。
氷魔法。
二つが融合する。
「魔闘技」
氷の剣が輝く。
「氷刃」
斬撃が放たれる。
五本の氷剣が様々な角度で振り下ろされる。
その瞬間。
ヴォルドの視界の外で。
空気が歪んだ。
(あの氷刃を全て捌くのは無理だ。タイミングをずらしてあいつの技を掻い潜って斬るしかない)
ホークスの目が光る。
目の覚醒を使い狙いを定める。
世界が少し遅くなる。
ホークスは居合の構え。
そして。
「闘技、縮地」
地面を蹴る。
一歩。
それだけで距離が消えた。
忍術。
「カゲロウ」
いくつかの残像が生まれる。
複数のホークス。
その全てが刀を振る。
闘技。
「一閃」
残像ごと斬撃が放たれる。
氷刃剣舞がホークスを斬り刻むのが先か。
闘技一閃がヴォルドを斬り裂くのが先か。
二つの必殺が衝突する。
――その瞬間。
「そこまでだ!」
巨大な影が割り込んだ。
ボイドだった。
両手に大斧。
片手の斧でホークスの闘技一閃を受け止める。
キィィン!
衝撃が響き渡る。
同時に。
もう一つの斧が動いた。
闘気を纏った斧の横薙ぎ。
ヴォルドの五本の氷の大剣。
それを魔闘技ごと薙ぎ払う。
氷が砕ける。
粉雪が舞う。
返しの一撃。
ヴォルドの長剣が弾かれる。
沈黙。
そして。
次の瞬間。
ボイドの足が動いた。
ドゴォ!!
ホークスが蹴り飛ばされる。
「ぐおっ!?」
ホークスは壁まで吹き飛び、激突した。
訓練場が揺れる。
ホークスはその場でうずくまった。
ボイドは斧を肩に担ぐ。
そして笑った。
「おいおいやりすぎだろ!、これ以上訓練所壊されると後が面倒だろ!」
ホークスが怒鳴る。
「なんで俺だけ蹴り飛ばされてんだ!?」
ボイドはケラケラ笑った。
「そりゃおめぇ!お客様を蹴るわけにゃいかねぇだろ?」
ホークスは不貞腐れる。
「理不尽すぎるだろ……」
その横で。
ヴォルドは立ち尽くしていた。
自らが放った氷刃剣舞。
五本の氷剣。
それを。
片手の斧で弾き飛ばされた。
ヴォルドは呆然と呟く。
「……あれを」
「片手で……」
ボイドは振り返る。
「で?」
「どうなんだヴォルド」
「ホークスは合格か?」
ヴォルドは我に返る。
深く息を吐く。
そして。
ホークスへ歩み寄った。
「ホークス殿」
真剣な目。
「改めて聞きます」
静かに言う。
「闇魔将の勧誘、お受けしていただけますか?」
ホークスは壁にもたれながら顔を上げた。
そして苦笑する。
「……いいから」
「まず詳しい話を聞かせろ」
戦いは終わった。
だが。
新しい物語が始まろうとしていた。
第35話―終




