第31話外伝『世界を揺るがす夜の雫』
夜。
王都の灯りもまばらになった頃。
コンコン。
ホークスの部屋の扉が小さくノックされた。
「……?」
ホークスはベッドの上で体を起こす。
(こんな時間に誰だ?)
まだ怪我の治りきっていない身体をゆっくり起こし、扉へ向かう。
その途中。
扉の向こうから声が聞こえた。
「……ぐすっ……」
泣き声だった。
「……?」
ホークスは眉をひそめる。
そして急いで扉を開けた。
そこにいたのは――
少しボロボロのウィンだった。
服はところどころ汚れ、髪には葉っぱがついている。
なぜか半泣き。
「ウィン!?どうした!?」
ホークスは慌ててしゃがみこむ。
ウィンは涙目で言った。
「お、お兄ちゃんの傷に効く薬草……取ってきたの……」
「え?」
「森でモスベアに追いかけられて……迷って……こんな時間になっちゃった……」
「……は?」
ホークスは一瞬、思考が止まった。
(モスベア?)
(森?)
(迷った?)
(なんで?)
理解が追いつかない。
「と、とりあえず入れ!」
ウィンを部屋に入れる。
椅子に座らせ水を差し出す。
「まず落ち着け!」
「うん……」
ウィンは水を飲む。
ごくごく。
「少し落ち着いたか?」
「……うん、ありがとう」
少し落ち着いた様子だった。
そしてウィンは鞄を開けた。
「薬草取ってきたから煎じるね」
「え?」
「台所借りるね」
「ちょっと待て」
しかしウィンはてきぱき台所へ向かう。
ホークスは頭を抱えた。
(嫌な予感しかしない)
鍋に水が入る。
火がつく。
ウィンが葉っぱを取り出す。
黒緑色。
ホークスは聞いた。
「……ウィン」
「なに?」
「その薬草、明日でも良かったんじゃないか?」
ウィンは首を振る。
「ダメなの」
「え?」
「ドレッドリーフは採ってから半日で効力落ちるって本に書いてあったから」
ホークスの背中に冷たい汗が流れた。
(ドレッドリーフ?)
(……まさか)
「その薬草……どこで知った?」
ウィンは元気に答えた。
「おじいちゃんが教えてくれたの!」
ホークスの中で何かが確定した。
(あのクソジジィ)
ホークスは聞いた。
「……どこまで行ってきた?」
ウィンは何気なく言う。
「エルダーリーフ」
その瞬間。
ホークスの心の中で何かが爆発した。
(ボイドぉぉぉぉぉ!!!!)
(クソジジィ!!!!)
(ウィンを王都の北の森まで行かせてんじゃねぇ!!!!)
(モスベア出る場所だぞあそこ!!!!!)
ホークスの脳内でボイドの顔が浮かぶ。
満面の笑みだった。
(絶対わざとだろあのジジィ)
その頃。
遠く離れた場所で。
ボイドはくしゃみをした。
「……?」
そして鍋から異様な匂いが漂い始めた。
「……」
ホークスの顔が引きつる。
「できた!」
ウィンが笑顔でコップを差し出す。
真っ黒な液体だった。
見た目がもう怪しい。
ホークスは思った。
(毒か?)
(いや毒じゃない)
(一応薬草だ)
ウィンはキラキラした目で見ている。
「はい!傷にいいんだって、飲んで!」
逃げ場はなかった。
ホークスは作り笑顔をする。
「ありがとう……」
コップを受け取る。
液体から漂う匂い。
苦い。
絶対苦い。
(ボイド覚えてろ)
(マジで覚えてろ)
(今度会ったら説教じゃ済まさねぇ)
ホークスは覚悟を決めた。
一気に飲む。
ゴクッ
ゴクッ
――瞬間。
世界が止まった。
苦い。
という言葉では足りない。
舌が痺れる。
脳が拒否する。
胃が反乱を起こす。
(なにこれ)
(なにこれ)
(なんだこれ!!)
(毒だろこれ)
(拷問か?)
(クソじじいぃぃぃ!!!!)
しかし。
ウィンが見ている。
期待の眼差し。
ホークスは無理やり笑顔を作った。
「……ありがとう」
声が震えていた。
ウィンは嬉しそうに笑う。
「よかった!」
そして。
コップを取る。
ホークスは少し安心する。
しかし。
次の瞬間。
ウィンは鍋を持ち上げた。
コポコポ。
コップにまた注ぐ。
満タン。
笑顔で言った。
「まだいっぱいあるから飲んでね!」
ホークスは遠い目をした。
(あのクソじじい……今度殺そう)
ホークスは静かに決意した。
ボイドを殺す。
辺りに満ちた混沌の匂いは夜と溶け合い、深き闇となってホークスを包み込む。逃げ場など、最初からどこにも存在しなかった。
……王都の夜は深い。
第31話ホークスー終




