表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/49

第29話外伝――優しさの味は、たぶん苦い――


夕暮れ。

王都ブレドの石畳は、沈みかけた夕陽に染まり、赤く柔らかく光っていた。

その道を、小さな影がとぼとぼと歩いている。

ウィンだった。

歩幅が小さい。

いつもなら軽い足取りで帰る少女だが、今日は違った。

「……ホークスお兄ちゃん」

ぽつりと呟く。


昼間の剣術指南。

ホークスはいつも通りだった。

笑っていたし、動きも鋭かった。

でも。

(ちょっとだけ……顔しかめてた)

ウィンは見逃さなかった。

(やっぱり怪我……痛かったのかな)

そんなことを考えているうちに、家に着いた。


扉を開ける。

「ただいま……」

いつもより元気のない声だった。

すると奥から低く落ち着いた声が返る。

「おかえり、ウィン」

現れたのは、ウィンの祖父であるボイド。

白髪混じりの長髪。

巨大な体躯。

静かな威圧感。

普通の人間なら震え上がる男だが――

ウィンにとってはただの優しいおじいちゃんだった。


ボイドは一目見て気づく。

「……元気がないじゃないか」

声は穏やかだった。

「何かあったのかい?」

ウィンは少し迷ってから、ぽつりと答えた。

「うん……」

「ホークスお兄ちゃんの怪我が……」

「ちょっと心配で……」

その瞬間。

ボイドの心の中で、何かが止まった。


(……は?)

(孫娘が)

(他の男の心配をしている)

(しかも“お兄ちゃん”だと?)

ボイドの心の奥で、妙な感情がうごめく。

(……なんだこの気持ちは)

(胸の奥が……)

(モヤモヤする)

ギルドマスターのボイドは長い人生で様々な感情を知っている。

怒り。

悲しみ。

憎しみ。

戦意。

だが今の感情は少し違った。

(……これが嫉妬か?)

ほんのわずかに眉が動く。

しかし外から見れば、いつもの落ち着いた祖父の顔だった。


「そうか」

ボイドはゆっくり頷く。

「怪我なら薬草が効く」

ウィンの顔が少し上がる。

「ほんと?」

ボイドは何気ない調子で続けた。

「例えば……ドレッドリーフとか」

その名を聞いた瞬間、ウィンの目が輝いた。

「ドレッドリーフ?」

「うん」

ボイドは頷く。

「効き目はかなりいい薬草だ、明日、ギルドの図書室で調べてみるといい」

そう言って一枚の札を差し出す。

「これを使いなさい」

ウィンは受け取る。

「図書室の許可証だ」

ウィンの顔がぱっと明るくなる。

「ありがとう!おじいちゃん!」

その笑顔を見たボイドは、満足そうに頷いた。

(ふむ)

(これで少しは元気になるな)

そして。

ほんのわずかに口元が歪む。

(……それに)

(ホークスの小僧も少しは苦労するだろう)

ボイドは、ほんの少しだけ悪い祖父だった。


その夜。

ボイドの作った夕食を二人で食べた。

肉の煮込み。

焼いたパン。

野菜のスープ。

ウィンは嬉しそうに食べる。

「おいしい!」

ボイドは黙って頷く。

だが心の中では考えていた。

(……しかし)

(あの小僧)

(孫娘に心配されるとは)

ホークスの顔が浮かぶ。

(……まあ)

(あれくらいなら許してやるか)

ボイドは、わりと甘かった。甘かった?


翌朝。

ウィンの部屋。

「……んん……」

ウィンは寝ぼけながら起きた。

ぼんやり天井を見る。

(……なんか)

(今日やること……あったような)

考える。

数秒。

十秒。

二十秒。

「あ!」

突然飛び起きた。

「薬草!」

急いで準備を始める。

今日は大事な仕事がある。

ホークスの怪我を治す薬草を探すことだ。


王都ブレド

冒険者ギルド本部。

巨大な石造りの建物の前にウィンは立っていた。

「おじゃまします!」

元気よく中に入る。

受付嬢が微笑む。

「こんにちは」

「今日はどうしました?」

ウィンは少し緊張しながら言った。

「図書室を使いたいです」

そして許可証を差し出す。

受付嬢はそれを見て――

一瞬、固まった。


(……え?)

それは

ギルドマスターが極秘で発行するゲスト許可証。

普通の人間は絶対に持っていない。

目の前にいるのは――

小さな女の子。

受付嬢の脳内は軽く混乱した。

だがプロである。

笑顔を崩さない。

「こちらへどうぞ」

とても丁寧に案内した。

ウィンはぺこりと頭を下げる。

「ありがとうございます!」

図書室へ入っていく。

受付嬢は受付に戻りながら考えた。

(……あの子)

(何者なの?)


図書室。

静かな空間。

ウィンは本棚を見上げる。

「薬草……薬草……」

見つけた。

『よく効く薬草大全』

かなり分厚い本だった。

ウィンは席に座り、ページをめくる。

「ドレッドリーフ……」

しばらく探す。

そして。

「あった!」


ページにはこう書かれていた。

ドレッドリーフ

特徴

・黒緑色の葉

・細長い茎

・湿度と魔力の多い場所に生える

さらに読む。

「王都北、境界線近くの森に多く生息」

「採取後、半日ほどで効力が落ち始める」

ウィンは真剣に頷く。

「今日中に持って帰らなきゃ」

本を閉じる。

――ちなみに。

ページの下には、こう書かれていた。

『味は凄まじく苦く、飲用者の精神を砕くほどである』

しかし。

ウィンはその部分を

まったく読んでいなかった。


ウィンは図書室を出る。

受付嬢に頭を下げた。

「ありがとうございました!」

「お気をつけて」

王都外壁の北門にて。

門番が立っていた。

ウィンは笑顔で言う。

「いつもお疲れさまです!」

門番は思わず笑う。

(……なんだろうな)

(娘を送り出す父親って)

(こんな気持ちなのかもしれん)

ウィンは元気に北へ歩いていく。


王都を出て歩いて2時間後の昼頃。

ウィンは薬草の村、エルダーリーフに到着した。

「やっとついたー、お腹すいたしなんか食べよ」

村の食堂へ入る。

店主が顔を上げる。

「いらっしゃい」

ウィンは席に座る。

「パンと……この野草と兎肉のスープください!」

「あいよ―」


料理を食べ始めると、店主が声をかけた。

「薬草取りかい?」

ウィンはスープを飲みながら答える。

「うん!」

「お兄ちゃんの怪我を治すためにドレッドリーフ取りに来たの!」

その言葉を聞いた瞬間。

店主の心が揺れた。

(……なんていい子なんだ)

完全に父親の顔になる。

「ドレッドリーフはな」

店主は丁寧に説明する。

「魔力と湿気が多くて、少し日が当たる場所に生える」

「ただし」

少し真剣な顔になった。

「モスベアがよく近くにいる」

「気をつけな」

ウィンは元気よく頷いた。

「わかった!、おじさんありがとう!」

「ごちそうさまでした、おじさんありがとうね!」

代金を置き、元気に出ていく。

店主は見送った。

(……あの子)

(大丈夫かな)

少し心配する。

そしてもう一つ思う。

(……あと)

(ドレッドリーフ飲む兄ちゃんも)

店主は小さく呟いた。

「……頑張れ」

味を知る者の、切実な応援だった。


 第29話外伝ー終


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ