第27話――剣の稽古――
獣王国での騒動から数日後。
レイナス王国の王都ブレド、ギルド宿屋の裏手。
朝の空気はまだひんやりとしており、薄く差し込む陽光が周囲を照らしていた。
その中央で、ひとりの青年が剣を振っている。
ホークスだった。
剣を構え、ゆっくりと息を整える。
そして次の瞬間、鋭い踏み込みと共に剣を振り抜いた。
――ブォンッ。
空気を裂く音が響く。
再び構え、振るう。
傷はまだ完全には癒えていない。
それでも身体を動かしていなければ鈍る。それをホークスは誰よりもよく知っていた。
額に浮いた汗を腕で拭った、その時。
「ホークスー!」
明るい声が裏庭に響いた。
振り返ると、門のところに小柄な少女が立っていた。
ウィンだ。
両手には籠を抱えている。
ホークスは軽く剣を肩に担ぎ直し、歩み寄った。
「おう。ウィンか」
「お見舞いに来たよ!」
ウィンは嬉しそうに籠を掲げる。
「パンとクリームスープ! 今朝焼きたてのやつ!」
「そりゃありがたい」
ホークスは少し笑った。
「丁度腹減ってたところだ」
二人は宿屋の中へ戻り、ホークスの部屋へ入る。
小さなテーブルの上にウィンが食事を並べると、部屋の中にパンの香りが広がった。
「いただきます」
「いただきます!」
二人で食べ始める。
焼きたてのパンをちぎり、スープにつけて口へ運ぶ。
しばらくは静かな食事の時間だった。
だがウィンはちらちらとホークスの身体を見ている。
あちこちの痣や腕の包帯。
ちらっと見える腹の包帯。
そしてついに口を開いた。
「……ねえホークス」
「ん?」
「怪我、大丈夫?」
心配そうな目だった。
ホークスはスープを飲みながら肩をすくめる。
「大丈夫だ」
「でもさっき剣振ってたじゃん!」
「動かないと身体が鈍る」
ホークスはあっさり言う。
「鈍ると余計に怪我の治りが悪くなる」
「そういうもんなの?」
「そういうもんだ」
ウィンはまだ納得していない顔だったが、それ以上は言わなかった。
するとホークスがふと思い出したように言った。
「そういや」
「ん?」
「この前約束しただろ」
「約束?」
「剣、見てやるって」
一瞬きょとんとして、ウィンの顔がぱっと明るくなる。
「あっ!」
「忘れてたのか」
「忘れてない!」
ウィンは慌てて立ち上がる。
「じゃあ今から!?」
「今からだ」
「やった!」
ウィンは嬉しそうに笑うと、勢いよくドアへ向かった。
「早く早く!」
「落ち着け」
ホークスは苦笑しながら立ち上がる。
二人は再び宿屋の裏手へ出た。
朝の風が少し強くなっている。
ホークスは地面に立つと、ウィンに顎で合図した。
「剣、構えてみろ」
「うん」
ウィンは腰の剣を抜いた。
それは兄シルバーの剣。
少し深呼吸し、構える。
ホークスは腕を組みながらその姿を見た。
しばらく黙って観察してから言う。
「……やっぱりな」
「え?」
「重心が無駄に高い」
ウィンが首を傾げる。
「重心?」
「足に体重が乗ってない、かといって動きやすいわけでもない」
ホークスは言う。
「その構えだと踏み込みも受けも全部弱くなる」
「そうなの?」
「構え変えてみろ」
ウィンは少し考えてから、足の位置を変える。
だがホークスはすぐ首を振った。
「違う」
「えぇ?」
「まだ高い」
ウィンは何度か構えを変えてみる。
だがどうもピンと来ない。
ホークスは少し考えてから言った。
「……口で言っても分かりにくいか」
そして宿屋の方を指差す。
「ちょっと待ってろ」
数分後。
ホークスは木剣を二本持って戻ってきた。
一本をウィンに放る。
「え?」
「軽くやるぞ」
「手合わせ?」
「そうだ」
ウィンは慌てる。
「だめだよ!怪我してるのに!」
ホークスは木剣を肩に担ぐ。
「準備運動にもならねえ」
「でも!」
「心配すんな」
そして少しだけニヤッと笑った。
「お前程度じゃ傷に響かねえ」
ウィンの眉がピクリと動く。
「……なにそれ」
「事実だ」
「むかつく!」
ウィンは木剣を握り直した。
「いいよ!やろうじゃん!」
ホークスは楽しそうに笑う。
二人は距離を取る。
静かな空気。
朝の風が吹く。
そして――
お互い木剣を構える。
第27話―終




