第25話――形見の剣と氷の来訪者――
ギルド本部の重厚な扉が開く。
夕方のクエスト帰りの喧騒。
冒険者たちの笑い声、金属のぶつかる音。
酒の匂い。
ウィンは一歩先を歩き、くるりと振り返る
。
「ねえ」
少し誇らしげな顔。
「私、Cランクになったんだよ」
胸を張る。
ホークスは一瞬目を見開き、そして笑った。
「……そうか」
短いが、ちゃんと嬉しそうな声。
「やるじゃねえか」
軽く頭をぽん、と叩く。
「ちゃんと前に進んでるな」
ウィンの顔が一気に明るくなる。
「でしょ?」
鼻が少し高くなる。
「もうDランクとは違うからね!立派なギルドメンバーだよ!」
「ああ、立派な一人前だ」
ホークスは真面目に言った。
それが何より嬉しい。
ウィンは少しだけ視線を落とす。
ウィンの腰に下げた剣へ。
銀の装飾。
使い込まれた柄。
シルバーの形見の遺物の剣。
「……少しは、うまく使えるようになったかな?」
声が、ほんの少しだけ柔らぐ。
ホークスも視線を落とす。
あの日の背中が、脳裏をよぎる。
「見せてみろ」
ウィンが鞘のまま剣を構える。
重心がまだ安定していない、荒削りだ。
だが、握りに迷いはない。
「……悪くない」
ホークスは小さく頷く。
「近々、ちゃんと剣術を見てやる」
そう言って、自然に頭を撫でる。
ウィンの目が丸くなる。
「ほんと!?」
「ああ。容赦はしないぞ」
「望むところ!」
可愛らしい満面の笑み。
そのままぴょんと離れ、クエストボードへ向かう。
「クエスト受けてくる! また今度ね!」
軽やかな足取り。
ホークスはその背中を少しだけ長く見つめた。
(強くなれ)
心の中でだけ、呟く。
――ウィンはまだ知らない。
自分の祖父がこのギルドのギルドマスターであることを。
ウィンにとってボイドは、ただのギルド職員。
それでいい。
今はまだ。
ホークスは受付へ向かった。
ギルドカードを机に置く。
職員は一瞬だけ目を見開き、すぐに姿勢を正した。
深く一礼する。
「お待ちしておりました、応接室にどうぞ」
奥の扉が静かに開く。
喧騒が遠ざかる。
酒の匂い、笑い声、金属音。
それらが扉一枚で、まるで別世界のように遮断される。
静かな廊下には足音だけが響く。
ホークスは迷いなく奥へ進む。
重厚な扉の前で止まり、軽くノック。
「入れ」
聞き慣れた低い声。
ホークスは扉を押し開けた。
――その瞬間。
空気が変わる。
冷たい。
肌を刺すような静寂。
部屋の中央。
ボイドの向かいに、一人の男が座っていた。
長身。
蒼白に近い銀髪。
冷気のように広がる魔力、闘気。
氷のように澄んだ瞳。
その視線が、静かにホークスへ向く。
鋭い。
だが、威圧ではない。
研ぎ澄まされた刃のような気配。
ボイドが低く言う。
「お前に客だ」
男が音もなくゆっくり立ち上がる。
冷たい空気が、静かに広がる。
「初めまして」
声は落ち着いている。
品のある敬語。
しかしその奥には、戦場を知る武人の重みがある。
「氷魔将、ヴォルド―リムフロストと申します」
ホークスは軽く顎を上げるが、視線を外さない。
「……どうも」
短い返答。
二人の間に、静かな緊張が生まれる。
ヴォルドの視線が、わずかに動く。
肩、腕。
足運び。
呼吸。
ほんの一瞬だけ、視線が止まる。
「……なるほど」
小さく呟く。
ホークスが眉を僅かに動かす。
ヴォルドは静かに微笑んだ。
「どうやら本日は万全ではないご様子ですね」
空気が、少しだけ変わる。
ホークスは何も言わない。
だが、否定もしない。
ヴォルドは穏やかに続ける。
「腕の筋肉の張り方」
「足の運び」
「それに、無意識に庇っている呼吸の癖」
ホークスの口元が僅かに上がる。
「……よく見てるな」
ヴォルドは静かに頷く。
「武人として当然の観察です」
ボイドが腕を組んだまま言う。
「結局要件はなんだ?」
ヴォルドはホークスへ向き直る。
「本日はご挨拶と、ひとつの提案に参りました」
「提案?」
「ええ」
ヴォルドの瞳が、少しだけ鋭くなる。
「闇魔将への勧誘です」
一瞬、沈黙が落ちる。
ホークスの眉が動く。
ボイドは黙ったまま。
ヴォルドは続ける。
「もっとも、魔将という立場は、軽々しく勧めるものではありません」
一歩だけ近づく。
「適性があるかどうか、六魔将の一員として、確かめさせていただきたい」
ホークスの口元が、わずかに上がる。
「……というと?」
ヴォルドは穏やかな口調のまま言った。
「いずれ、手合わせをお願いしたい」
静かな声。
だが、その奥に確かな闘志がある。
「万全の状態で、互いに全力を尽くせる時に」
ホークスはゆっくり息を吐く。
「……なるほど」
腰の刀の柄を軽く叩く。
「逃げる気はねえ」
ヴォルドは満足そうに頷いた。
「その言葉が聞ければ十分です」
ボイドが鼻で笑う。
「新しい氷魔将様は物好きだな」
ヴォルドは肩をすくめた。
「強者を見ると、試したくなるのは武人の性でしょう、それに」
そしてホークスを見る。
氷の瞳が静かに光る。
「先代氷魔将の敵であるアルクを討ち取った、それだけでも腕が疼きます」
ホークスを見る表情に戦士の顔が見え隠れする。
「改めて、その時を楽しみにしております」
ホークスも視線を返す。
「俺もだ」
短い言葉。
だが、空気は充分だった。
二つの武人の約束が、静かに交わされた。
第25話―終




