第24話――甘さのあとに残るもの――
パンケーキの最後の一口を、ウィンはゆっくりと口に運んだ。
三段重ねの山は、もうほとんど消えている。
さっきまでの涙は止まり、目元は赤いが呼吸は落ち着いていた。
「……おいしかった」
小さく呟く。
その声音は、昔の頃のウィンに少し戻っている。
ホークスはそれを見て、胸の奥で静かに息を吐いた。
(よかった)
戦場では感じない種類の安堵だった。
「……さっきは悪かった」
改めて言う。
真正面から。
ウィンはフォークを皿に置いたまま、ちらりと見る。
「何が」
「会いに行かなかったことだ」
「ふーん」
不貞腐れた声。
視線は合わせない。
「どうせ、また“これから行くつもりだった”でしょ」
「……それも本当だ」
「嘘つき」
即答。
ホークスは言い返せない。
「本当に悪かった」
もう一度。
今度は少し頭を下げる。
周囲の客がちらっと見る。
ウィンはむすっとしたまま頬杖をつく。
「魔界帰りのくせに、謝るのだけは上手くなったね」
「別に褒めてないよ?」
「分かってる」
ウィンの悪態は止まらない。
「カトレアには会うのに」
ぽつり。
空気が少し変わる。
「私には来ないの」
その声には、さっきよりも棘がある。
恋ではない。
だが確かに、何かが混じっている。
「別に、カトレアとばっかり話してるんでしょ?」
「……用があった」
「私には用ないんだ」
「そうじゃない」
「そうだよ」
ウィンは視線を逸らしたまま続ける。
「たまに聞いてたよ。元気だって。強くなったって、でもさ」
唇を噛む。
「会いに来ないってことは、そういうことじゃん」
ホークスは黙る。
言い訳が見つからない。
「……ごめん」
また謝る。
ウィンは鼻を鳴らす。
「何回謝るの?」
「足りないなら、何回でも」
少しだけ、ウィンの眉が緩む。
だがすぐに戻る。
「……お兄ちゃんのことも」
ホークスの声が、低くなる。
「すまない」
空気が止まる。
ウィンの指先が震える。
「一緒に戦った」
ホークスはゆっくりと言う。
「だが、俺は傷を負ってしまった」
視線はテーブルに落ちる。
「最後まで…一緒に戦えなかった」
「連れて帰れなかった」
拳が、無意識に握られる。
「俺が、もっと強ければ」
悔恨は消えない。
ウィンは黙って聞いている。
「今でも思う」
「……うん」
小さな返事。
涙は出ていない。
でも、目は潤んでいる。
「でもね」
ウィンが顔を上げる。
「もういいの」
ホークスが止まる。
「お兄ちゃんのこと、誰かのせいにしたくない」
声が揺れる。
「でも」
ぎゅっとテーブルの端を握る。
「もう、いなくならないで」
まっすぐ見つめる。
「私の家族なんでしょ」
「……ああ」
「私、あの日」
声が掠れる。
「二人のお兄ちゃんがいなくなったんだよ」
時間が止まる。
「一人は死んで」
「一人は、いなくなって」
それが、ホークスだ。
涙が、静かに頬を伝う。
「私、また同じの嫌なの」
ホークスの胸に、重い石が落ちる。
言い訳も、強がりも、できない。
(逃げるな)
そう思う。
戦場よりも、今の方が怖い。
だが、目を逸らさない。
「……分かった」
低く、はっきりと。
「ウィンと向き合う」
「もう逃げない」
それは戦いの宣言ではなく、約束に近い言葉だった。
ウィンはじっと見つめる。
そして、ようやく小さく頷く。
パンケーキはもう空だ。
甘い匂いだけが残っている。
少し静かな時間が流れる。
そして、ウィンがふと思い出したように言う。
「そういえば」
嫌な予感。
「おじいちゃんが呼んでたよ」
ホークスの表情が止まる。
「……いつからだ」
「昨日」
「先に言え」
少しだけ強い声。
ウィンがむっとする。
「今、言ったじゃん」
「もっと早く言え」
「だって泣いてたし」
「……」
正論だ。
ウィンはぷいっと顔を逸らす。
「ごめん」
小さく言う。
だが態度は不貞腐れている。
ホークスは額を押さえる。
「……行くか」
「うん」
立ち上がると、ウィンは自然に隣に並ぶ。
店を出る。
外の光が差し込む。
ウィンは一瞬だけ、袖を掴む。
さっきほど強くない。
でも、離れてもいない。
ホークスはその小さな手を見下ろし、何も言わない。
二人で、ギルドへ向かう。
甘さのあとに残ったのは、
痛みと、
それでも繋がっているという、確かな実感だった。
第24話――終




