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第23話――泣き虫とパンケーキ――


王都・路地裏の小さなカフェ

木製の扉を押すと、鈴の音が鳴った。

「いらっしゃ――」

店員の声が、途中で止まる。

涙目の少女と、明らかに只者ではない装備の男。

空気が一瞬、固まる。


「……二人です」

ホークスが低く言う。

ウィンは何も言わず、裾を掴んだまま離さない。

「……どうぞ」

奥の席に通される。

店内は昼下がりで、甘い香りが漂っていた。

バター、蜂蜜、焼き菓子。

戦場とは正反対の空気。

椅子に座っても、ウィンは手を離さない。

ホークスが座ると、ウィンはその隣にぴったり詰めて座る。

逃げ道を塞ぐ距離。

「……近いな」

ぽつり。

「離れたら逃げるでしょ」

即答、信じてもらえない。


「パンケーキ」

メニューも見ずに言う。

「一番大きいやつ」

「……何段だ」

「三段」

「多いな」

「いっぱい泣いたから」

理屈が強い。


ホークスは店員を呼ぶ。

「パンケーキ三段。あと、飲み物は……」

「ミルク」

「……俺は水でいい」

ウィンがちらっと見る。

「同じの」

「……ミルク二つ」

逆らえない。

店員が引き下がる。

2人の間に走る沈黙。

ウィンはテーブルの端を指でなぞっている。

爪が少し白い。

緊張しているのが分かる。

ホークスは言葉を探す。

だが、ウィンの方が先だった。


「……ねえ」

「なんだ」

「魔界、怖かった?」

短い質問、だが重い。

「……ああ」

嘘はつけない。

「でも、生きて戻った」

「……」

ウィンはそれ以上聞かない。

聞いたら、もっと怖くなるから。

「カトレアから、たまに聞いてた」

視線を落としたまま。

「元気だって」

「……そうか」

「強くなったって」

再び沈黙。

「……私」

声が少し震える。

「それ聞くたび、安心して」

ホークスは黙って聞く。

「でも」

ぎゅっと裾を掴む力が強くなる。

「会いに来ないから」

ぽつり。

「……」

「また、いなくなると思った」

その一言で、胸の奥が締め付けられる。


「お兄ちゃんも」

シルバーが話題に出てくる。

一瞬、ホークスの呼吸が止まる。

「“すぐ戻る”って言った」

ウィンの声は静かだ。

「でも、戻らなかった」

テーブルの上に、ぽたりと涙が落ちる。

「……だから」

顔を上げる。

真っ直ぐ。

「ホークスも、同じになると思った」

ホークスは、すぐに答えられない。

言葉が、足りない。


パンケーキが運ばれてくる。

ふわふわの三段。

甘い香りが、場違いなほど優しい。

「……冷めるな」

ホークスは言う。

ナイフを取って切り分ける。

無骨な手つきだが、意外と丁寧に。

「食べろ」

ウィンは少しだけ頷く。

一口。

「……おいしい」

小さな声。

二口目。

「……ほんとに」

三口目で、ようやく呼吸が落ち着く。

ホークスはそれを見て、内心で安堵する。


「……なあ、ウィン」

「なに」

口にクリームを付けたまま。

「俺は」

言葉を選ぶ。

「戻る」

ウィンの動きが止まる。

「約束はできない」

視線が向く。

「でも」

ホークスは真正面から見る。

「戻る努力はする」

「……」

「黙って消えたりしない」

ウィンは何も言わない。

だが、裾を掴む力が、少しだけ弱まる。

「……信じる」

小さい声。

「裏切ったら」

じっと見る。

「また泣くからね」

脅しになっていない。

「……分かった」

ホークスは苦笑する。

ウィンはパンケーキをもう一口食べる。

今度は、ちゃんと味を楽しむ顔。

「……ホークス」

「なんだ」

「無事で、よかった」

その一言で、この1話は成立する。

ホークスは、ただ静かに頷いた。

戦場で何度も死線を越えた男が、

今はこの席を立つのが、一番怖かった。


第23話――終


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