第8話 「苦いエールの夜」
森を抜け、ジャスの村へ戻る道すがら。
ホークスは歩きながらカトレアに問いかける。
「メイジの魔法陣とソーサラーの魔法陣は何が違うんだ?」
「メイジの魔法陣は自身の魔力のみで形成するのに対してソーサラーの魔法陣は周囲の属性を集めて作るって聞いたわ、ソーサラーは独学に近いからあんまり詳しくないの。」
ホークスは無言で頷いた。
やがて村の入り口が見える。
そこに、見慣れぬ男が立っていた。
「どうした?」
ホークスは尋ねる、その男は簡略的に名乗る。
「ランクBのテッドです。ギルドからの伝令で来ました」
神界側の境界線に大型魔物が複数出現。
対応できる者がいない。
カトレアに出動要請。
「了解。すぐ向かうわ」
カトレアは即答する。
「大丈夫か?なんなら俺も行くぞ。」
しかしカトレアは首を振る。
「あなたは書店で魔導書を買って予習復習してなさい」
ホークスは少し不安そうに返答する。
「魔物の数が多いとなると心配だ」
カトレアは少し微笑みながら答える。
「あなたが追いつきたい魔法使いが、この程度でやられるひ弱な女に見える?」
冗談めかした声で続ける。
「心配してくれてありがとうね、でも大丈夫よ」
そう言い残し、カトレアは杖に乗って空を飛ぶ。
「無茶するなよ!」
ホークスは叫び、テッドを労ってからその場を後にした。
——境界線へ向かう途中。
「……今一緒にいたら、また変な顔しちゃうわ」
カトレアは頬を押さえ、顔を赤らめて恥ずかしそうに呟いた。
ホークスは村にある唯一の古書店に行く。
扉を開けると、店主であるルタ婆さんが目を細める。
「おや、久しぶりだねぇ」
ホークスはルタ婆さんに尋ねる。
「入門編の魔導書はあるか?」
ルタ婆さんはそれを聞いてニヤニヤしながら言う。
「戦士が魔導書? 女への贈り物かい?」
ホークスは少し呆れながら答えた。
「違う、勉強だ。先生から宿題を出されてな」
ルタ婆さんはそれを聞いて微笑みながら案内する。
「偉いじゃないか。店の左奥だよ」
ホークスは六冊選び、カウンターへ。
「えーっと、合計で6万ルクスだよ〜」
支払いの最中、ルタ婆さんが何かを思い出し1冊の古びた本を見せてきた。
「前に食い詰めた旅人が押し売りしてきた本でねぇ、見たことない変な字で書いてあって売れないんだよ、ホークスはこの文字を見たことあるかい?」
ホークスはその文字を見た瞬間、記憶がよみがえる。
その本は火の里の文字で書かれていた。
「それもくれ」
ルタ婆さんは了承し
「どうせ売れないだろうしたくさん買ってくれたからオマケでいいよ」
ホークスはお礼を言いながら10万ルクス札を置いた。
「釣りはいらない」
店を出ると、背後で嬉しそうなお礼の声が聞こえてくる。
◇
宿屋で部屋借りて机に座り、火の里の文字の本を開く。
だが——
文章は断片的にしか読めなかった。
……炎の神と……
……蒼き女神の刃……
……地に落ちた……
……赤黒い……
……それを巡る争い……
……嘆き……副神へ命……
……壊れ……深き闇へ……
……探す……記す……消える……
意味が繋がらない、ホークスが読めるのは、ところどころ。
全体像は掴めない。
「……ほとんど分からん、かすれているし文字も所々読めない、⋯⋯もう少し火の里の文字を勉強しておくべきだったな」
かろうじてわかる内容は火の神、蒼き女神、争い副神——。だが核心は霧の中。
ホークスは火の里の本を閉じ次に魔法の入門書を開く内容は魔力の流れについて。
収束効率や発射安定についての理屈が書いてあった。だが、半分は理解できない。
「……まだ足りないか、だが戦士にしては上出来だろう」
ホークスは読んだ内容を整理しつつ窓から外を見る。
気付けば夕方だった。
「…飯にするか」
◇
ホークスは村の酒場へ足を運んだ。
丁度夕飯時でそこそこに客がいる中をかき分け席に着くと店員に注文をする、運ばれてきた飯とエールを受け取りエールを一口飲み苦みを感じる。
(カトレアには感謝しないとな、魔界でも随分世話になった)
カトレアへの感謝が胸をよぎる。
そして昼間のカトレアの言葉が脳裏をよぎる——
亡き恋人でありウィンの姉であるカリンの墓。
そして幼馴染のウィン。
ホークスは最後に墓参りをした日を思い出す。
「強くなって戻ってくる。ウィンを守りきってやる、どうかウィンを見守っててくれ」
亡きカリンに誓いを立てた。
そして親友でありウィンの兄であるシルバーの形見の剣をウィンに渡した日のこと。
ウィンは泣いていた。
ホークスに抱きついて、声を枯らして。
それでも自分は——
振り払うように、逃げるように、魔界へ行った。
「俺は……何を優先した?」
ホークスは強さを優先し魔界に旅立った、悲しみに暮れる大切な人を置き去りにして。
それだけを選んだ。
泣いている少女をカトレアに託して。
守ると誓った相手を置いて。
「守るって何だ、何を守るっていうんだ!」
ホークスはやけくそ気味に飯を口に押し込み、エールで流すが苦味しか感じない。
「俺は逃げただけじゃないのか」
ウィンを守ると言いながら。ウィンの為に強くなると言いながら。
本当は、あの弱い自分を見たくなかっただけじゃないのか。
ウィンの涙を直視できなかっただけじゃないのか。
「俺がしてやれたことは……あったはずだ」
だが何もしていない。
強くなれば全て解決すると、どこかで思っていた。
そんなはずはないのに。
「今さら強くなったところで、……あの日の涙は消えない」
ホークスは残ったエールを飲み干す、ひどく不味い。
この酒が不味いせいなのか、自分のせいなのか。
代金を置き、店を出る。
宿へ戻り、ベッドに倒れ込む。
天井を見つめる、胸の奥が重い。
——俺は、正しかったのか。
「今日は悪い酒になっちまったな」
ホークスは呟く。
答えは出ないまま。
胸に残った重みが消えることはなく、それでも夜は静かに更けていった。
第8話――終




