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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第二章 幼稚園篇
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幼稚園篇⑤ 誕生

登場人物

彩藤叶湖:年中組(5歳)

彩藤和樹:叶湖の兄

「叶湖、聞いた?」

 幼稚園から帰宅し、自室で読書に勤しんでいた叶湖は、わざわざ部屋を訪ねてきた和樹に首をかしげた。

「何を?」

「黒依ん家のこと! 今日生まれるみたい!」

 視線を合わせて聞いていた叶湖だが、す、と目をそらす。

「そうですか」

 黒依の母、香里の妊娠が発覚したのは、春も終わりの頃、叶湖の誕生日が済んだあたりだったと思う。今は冬。10月10日で言えば、そろそろなので何もおかしいことはない。







「オレ、抱かせてくれよ、って頼んであるんだ。叶湖みたいに可愛い女の子だといいな! ま、茜くらい元気でも困るけど」

 黒依の妹、茜であるが、まだ3歳だというのに、立ち歩きを始めた当初から、随分なヤンチャ具合らしい。うれしそうに香里が語っていたのを思い出す。

 最近、サラリとタラシ発言をするようになった和樹に将来の心配をしつつ。叶湖は首をかしげた。


「女の子、なんですか?」

「うん! ま、産まれてみないと100%とは言えないらしいけど、そーらしいよ!」

 そうですか、と先ほどと同じ返事を返し、叶湖はもう1度本と向き合った。和樹は新しい命の誕生が純粋にうれしいのだろう。

 直とは違い、和樹は実の母親の記憶が曖昧である。そんな和樹が、『母親』に対して幻滅せずにいれたのは、一重に、彩藤家と付き合いのある桐原家の母……香里が、和樹にとってもいい母であったからに違いない。

 黒依の末の妹を、自分の妹のように感じている和樹を、叶湖はそれ以上見続けることはできなかった。


「ちぇー、なんだ。叶湖は赤ちゃんより、本のが好きなのかよ」

 面白くないのか、和樹は文句をいいつつ、部屋を出て行ってしまう。その後ろ姿を見送って、叶湖は本を閉じた。

 どれほどの知識が詰まった本でも、どれほどの面白さを秘めた本でも。今の叶湖の気持ちでは、読む気になれない。







 茜が生まれた当初。叶湖が抱いた気持ちは焦燥だった。それゆえに、今でも茜に対し、いい印象で接することはできない。それでも、黒依の茜に対する態度を見るうち、次第に叶湖の心は落ち着いていった。確かに、黒依は茜に優しく、兄たらんとしていた。しかし、彼が前世での妹と茜とを混同していないことはハッキリと分かったからである。


 しかし。

 茜の時よりも感じる焦燥感に、叶湖は自分の胸を押さえつけた。

「……また、妹……」

 まだ100%確かとはいえないらしいが、おそらく妹であろう。叶湖は、その赤子が、茜と同じであるとは思えなかった。自分の胸の痛みが訴えることが現実となってしまったら。







 叶湖は今夜生まれるだろう、彼の妹を、和樹と同じく望むわけにはいかなかった。

 

読了ありがとうございました。


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