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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第七章 高校3年篇
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3年生篇⑧ 開業

彩藤叶湖:18歳。

桐原黒衣:叶湖の幼馴染。

須賀健治:私立探偵


 カンカン、と安っぽい階段をのぼりながら叶湖は思い出に浸る。

 最初に彼を訪ねたのは、同じような安っぽい階段を下って、だった。

 地下で過ごしていた彼が、地上に出てきたのだ。時の流れはなんとも不思議である。





「こんにちは、健治さん。開業、おめでとうございます」

「おぉ! 叶湖!!」

 扉を開けて、小さな探偵事務所を訪ねた叶湖に、きらきらとした目で健治が振り返った。

 元不良の王。そして、これからは探偵事務所の所長である。

 部屋には彼の他にもう1人、所員らしき若い男がいて、叶湖の登場に驚きの表情を浮かべている。





「どうぞ。開業祝い。邪魔にならないものがいいかな、と」

 叶湖が差し出したのは小さなサボテンの鉢だった。

 花など差しいれても、手入れする人間が居なさそうなので、観葉植物代わりに用意したのである。

「おぉ、かわいいな! これ、さわったら痛いか?」

「……さぁ?」

 嬉しそうにサボテンの針を指先でツンツンしながら、受け取った鉢を窓際に持っていく。





「健治さん、その方は?」

 所員の男が叶湖を不審げに見て、健治に尋ねた。

「俺の1番気になる女!」

 健治の答えには納得いかないのだろう。さらに首をかしげた男に叶湖は苦笑した。

 健治と今後も付き合うのであれば、その所員との関わりも増えるだろう。自己紹介をする程度に抵抗はない。





「初めまして。彩藤叶湖です」

「由ノ宮学園のまとめ役だ、一応な」

「え、あそこは、宮木篤じゃ……!?」

 健治が所員に迎えるような男たちの間でも篤は有名らしい。彼は荒事専門の上に頭もキレる万能型なので、名が広がり易いのだろう。

「その宮木篤と出会って2年で、立場が逆転した女だな」

「はぁ?」

「篤は武闘派ですからね。私はそちらの方はからきしなので、信じられないのも分かります」

「あー、言ってもいいのか、お前のこと」

 叶湖が篤の上に立って、由ノ宮の裏側を纏めていたことに納得がしにくいのだろう。怪訝な顔のままの男に、どこまで言っていいのか、と健治まで首をかしげる。





「いいですよ。所員の方なんでしょう? いつも健治さんの手が空いているとは限りませんから、お使いくらいは出してくれても。アドレスは、教えて欲しくないですが」

「了解。……叶湖は情報屋。ウチの探偵事務所も、これから世話になる予定だ」

「まだ正式には開業前なんですけどね。お知り合いサービスということで」

 叶湖が微笑みながら白い名刺サイズのカードを差し出す。叶湖の『お知り合い』に配って回っている、情報屋の専用アドレスである。





「どこかに故意に漏らしたら、その方との連絡は一切途絶えますので、よろしくお願いしますね」

「……怖ぇ。気をつける」

「お客はつきそうですか?」

「しばらくは今までどおり、街の悪ガキ相手に世話役予定だな。儲からないけど」

 健治ががしがし、と頭を掻きながら溜息をつく。





「結局所員さんは何人で?」

「俺いれて5人。お前に篤とられちまったし」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」

「間違ってねぇ表現だろ? お前の役に立ちたいから、俺とは違う道を探す、なんて。そもそもお前が下僕にしたんだろうが、4年くらい前に」

 それもそうですね、と叶湖が笑う横で、若い男が驚愕の表情を浮かべている。





「アイツ、まだ惚れてんのか、お前に」

「さぁ、どうでしょう。報われないんですけどね」

 昔、それこそ叶湖と黒依がよりを戻す前までは、篤は確実に叶湖に惚れていた。しかし、そのあとは、2人して、あえてそんな感情を見ないことにした。

 叶湖にとっては迷惑であるし、篤にとっては辛いだけだからだ。

 でも、それがあって、今の叶湖と篤の関係があるのだ。叶湖はそれで満足であったし、篤が不満そうにしている様子もない。だから、それで正解なのだろう。





「あぁ、そうだ。犬! 俺、ちゃんと挨拶されてねぇぞ! 今日居ないのか?」

 健治と黒依は1度、顔を合わせたきりである。叶湖が殺されそうになったときの話だ。

 その時はまだ、喧嘩中であったので、叶湖は早々に黒依を追い返している。

 そのあとになってよりを戻した際に、篤が健治に愚痴ったらしい。

「外で、待て、状態ですよ。呼びますか?」

「おう!」

「だ、そうですよ?」

 叶湖の声は特に大きくなっていない。が、すぐに事務所のドアが空いた。





「……盗聴でもしてんのか」

「単に耳がいいだけです。卑怯ですよね」

 僅かに眉をひそめた健治が、叶湖の言葉に、ぶはっ、と吹きだす。

「じゃぁ、しゃぁねぇな! 叶湖も苦労するな!」

「まぁ、私はコレにはあまり隠しごとをしないので、構いませんけど」





 またも、驚愕で固まっている所員の男と健治の両方に向けて、叶湖が黒依を指さした。

「これは桐原黒依。私の犬です。私の邪魔になると噛まれるので注意してくださいね」

 武闘派ではないと言った叶湖の代わりに、黒依がそちらを担っていることが分かったのだろう。若い男がコクコクと頷く。

「相変わらず、怖ぇ目してるな、お前」

「いつかぶりですね。……えぇと、健治さん、でしたっけ」

「おう。須賀健治だ。ちなみに、そこのそいつは……」

「あ、いいです。覚えられないので」

 若い男を指さした健治を、叶湖が片手で制した。





「……そうか。なら、まぁ、いいか。じゃぁ、よろしくな、黒依も。俺も、叶湖に惚れてるから、仲良くやろうぜ!」

 普通なら仲良くできないだろう関係を、あっけらかんと目指すのが、健治、本能の男である。 さすがの黒依も苦笑して僅かに頷いた。

「まぁ、同じ人が好きな者同士、意気投合できる……のでしょうか?」

「私に聞かないでくださいよ」





「で、お前の夢の喫茶店は、いつ開く予定だ?」

「そうですね、遅くても1年で準備します。今は土地を見繕っているんです。まずは、マンションを建てる場所を選んで、その近くに店を構えるので」

「……俺、事務所のやりくり困ったら、お前頼っていいかな」

「気になる女に借りをつくりたいなら、どうぞ?」

「絶対しねぇ!」

 息まいて叫んだ健治を見ながら、叶湖がくすくすと笑う。事務所の運営費を賄うくらい、金に余裕のある叶湖からすればなんともないのだが、それを受け入れる健治ではない。

 先に頼りたいと言ったのも冗談で、叶湖もそうと分かって軽口を返す。





「お前、城咲だっけか」

「えぇ、ここともそれほど離れていません」

「だな。……いつでも来いよ、顔見せに」

「ありがとうございます」

 僅かに瞳の色を変え、女を見る目になった健治に苦笑して、叶湖は礼だけに留める。

「……おう。じゃぁ、まぁ、気をつけて帰れ。茶も出さねぇで悪いな。次は珈琲でも用意しとくわ」

「健治さんのところで、お茶なんて飲んだことありませんよ、私。でもまぁ、次は期待しておきますね」

 健治の気持ちに応える気はないが、繋がりを断つ気もない。

 次の約束をにおわせて、叶湖と黒依は健治の事務所を後にした。



叶湖と黒衣は高校を卒業しました。

これにて、閑話は終了。

次回から、アフターストーリー(大学生篇)です。

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