3年生篇⑦ 受験
彩藤叶湖:高校3年(18歳)
桐原黒依:叶湖の幼馴染。
宮木 篤:叶湖のクラスメート。
大里ゆとり:叶湖のキャンパスメート。
受験シーズンがやってきた。
叶湖は何の気負いもなく毎日を過ごしているが、大学合格を条件に1人暮らしを許された黒依は少しばかり緊張しているらしい。
もちろん、最難関の医学部を受験するゆとりはその比ではないだろうが。
進路を迷っていた篤は、結局、合格ラインぎりぎりの大学を、公立、私立を問わずに外部受験することにしたらしい。由ノ宮ではない環境で、新しい刺激の中で視野を広げたいという。それでも、特に緊張をしていないのは彼らしい。
ちなみに、叶湖と黒依には滑り止めなどない。万が一落ちるようなことがあれば裏技を使うだけなのだから。
なお、由ノ宮学園は一貫校なだけあって、外部受験する場合に特殊な受験方法や推薦等はほとんど利用できず、ほぼ全員が一般受験となる。
「緊張しているんですか? 黒依」
「アナタの期待にこたえられなかったら、と思って」
「別に、何の期待も寄せていませんよ。落ちたら落ちた時の話です。私はただ、アナタが頑張った6年間の結果を、アナタ自身に自覚してもらいたかっただけ。大丈夫ですよ。私たちより成績の悪い篤が、城咲より偏差値の高い大学を狙っているくらいなんですから」
受験当日、表情が硬い黒依を見て叶湖がくすくすと笑う。
「そもそも、アナタ、頭脳労働タイプじゃないでしょう?」
「そう……ですね。そういうのは、叶湖さんにお任せしてばかりなので」
「だったら、それでいいんです。役割は分担しなければ。気軽にやってらっしゃい。怖がらなくても、結果は出ますよ、ちゃんとね」
「はい」
センター試験を終え、本試験を終え、そして。
「よくできました」
叶湖が、合格発表の画面を開いたノートパソコンを黒依に見せながら振り向いた。
発表当日、2人は会場に行くこともなく、部屋で時刻を待っていた。
「叶湖さんと同じ大学、通えるんですね、僕」
「えぇ、そうです」
いつもどおり、ソファの足元に座り込んで叶湖を見上げる黒依の頭を、叶湖が撫でる。
「まぁ、長くて2年程ですけれど。卒業はさせてあげられません」
既に、明確なビジョンがあるのだろう。叶湖の言葉に黒依ははい、と頷く。
「叶湖さんには遠く及びませんけれど、それでも、少しは賢くなれたんですね、僕」
「気にしてました? 前の世界でまったく学歴がないこと。それが全てではないのに」
「どうでしょう。前の僕では、叶湖さんがどれほど頭がよいかも、よく分かっていませんでした」
情報面に長けていることは分かっていたが、何カ国もの言語を操り、高校程度の授業であれば、どこにも穴がない。黒依が努力してキープしていた学年主席を、叶湖は何の労力も払わず並んでみせた。前世の黒依の前では、叶湖はそんな頭脳を見せていない。
生まれ変わって、そんな天才が叶湖である、ということを初めて黒依は知ったのだ。もっとも、上には上がいるのかもしれないが、高校をやっと卒業したばかりの黒依では、叶湖が途方もなく上にいるように感じる。
「でも、入学試験は、アナタの方が高得点ですよ」
「……また、手を抜いたんですね」
「面倒でしょう。総代なんてひっかかったら。アナタもぎりぎり免れています。危なかったですね。あと少し上だったら、ひっかかりましたよ」
「それは……喜んでおいたらいいんですか?」
「おまかせします」
パソコンでぱぱっ、と点数を調べてしまった叶湖が軽い口調で返答する。
「……よかったです」
「そんなにうれしい?」
「えぇ、アナタと一緒だというだけで、なんでも嬉しいです」
「そうですか。……さて、アナタが借りるアパートを見繕いましょうかね」
叶湖はそれだけ言うと、パソコンの合格画面をぱっと消し去り、アパートを探すためにネット検索を始める。
「どこでもいいですよね。大学に近くて、安そうな、それっぽいところで」
「はい、おまかせします」
黒依は興味がなくなったように、空になった叶湖のマグカップを手に立ち上がった。
さて、他の2人の受験結果はというと、
「やった! やったよ、叶湖!」
「俺も、まぁひと安心だな」
ゆとりも、篤も、無事、第一希望の大学へ進学が決まった。
3年生は授業も終わり、残すところは卒業式を前にした自由登校期間のみである。
まだ、合否の結果が出ていない生徒もおり、学園内は悲喜交々であるが、そんなことを気にする人間は叶湖の周りにはいない。
特別にゆとりも加えた4人で化学部室を陣取り、日がな1日、過ごすことも増えた。時期的には、さすがの由ノ宮でも、3年生は部活を引退している時期であるが、そこは化学部である。
次期部長もまだ中学3年とあって、化学部室は叶湖たちに乗っ取られたままだ。
全員の合格が分かって、化学部室にはなんともゆったりとした時間が流れる。
授業があればサボってもいたが、もうすぐ卒業となると、どこか名残惜しいものがあるのだろう。
ゆとりと篤は、誰につげるともなく、化学部室を訪れていたし、そんな2人の無言の圧力に答えるように、叶湖も部室へ顔を出していた。
「思えば、6年ですものね」
「俺は7年」
「そうでしたね」
中等部を合わせれば、そんなにもなる。
「受験校を決めた時から、裏生徒会には目をつけていましたけれど、思ったより、楽しかったみたいです。飽きて投げだすかも、とも思っていたんですけれど」
叶湖が6年を振り返るように呟いて、篤を見る。
「俺も、まさか入学早々、部室に殴りこみをかけてくる新入生がいるとは思わなかった。俺も、楽しかった……んだろうなぁ。うん、楽しかったよ。お前に会えて」
「僕も。叶湖は小学校からの付き合いだけど、小学校で別れずに、偶然だけど、同じ中高に通えて楽しかった」
「黒依がいない間は、2人のおかげで飽きずにいられましたからね」
篤とゆとりの言葉に、叶湖がくすくすと笑う。黒依へのあてつけだ。
「その件については、本当にすみません」
「今さら怒っていませんので、お気になさらず?」
「ま、2人が喧嘩してたおかげで、俺もゆとりも、叶湖に近づけたわけだし?」
「あんまり吠えるようには躾けてないんですけどね」
叶湖のビジネスパートナーになりえる人間には手を出さないように言ってある。
「黒依は? 楽しかったですか?」
「えぇ、楽しかったです。アナタと一緒で。アナタとまた一緒に居られるようになって」
「生徒会は?」
「それは、面倒なだけでしたけど。最後の1年は楽しかったですよ。アナタも一緒だったので」
黒依が叶湖の問いに素直に答えるのを聞いて、篤が溜息をついた。
「本当に叶湖中心だな、お前は」
「褒め言葉です」
「まぁまぁ。もう、叶湖と黒依はセットで考えた方がいいから」
篤を宥めながら、ゆとりも溜息をつく。
「2人とも、卒業してからも、私たちが表向きにいなくなってからも、末永くお願いしますよ」
叶湖の言葉に、篤とゆとりは揃って、もちろん、と頷いた。
誓愛のその後。
ゆっくり、まったり、後日談を紡いでいきます。
ひとまず、受験が終わりました。
あと1話を挟んで、大学生編へと続いていきます。
(作者が大学受験をしていないので、描写がふわっとしていてすみません)