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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第七章 高校3年篇
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3年生篇⑥ 誓愛

 日中も肌寒くなった秋の頃、由ノ宮学園では学園祭が催されていた。

 これまで生徒会として仕事に追われていた黒依にとっても、準備段階の話し合いから当日に至るまでサボり続けていた叶湖にとっても、ちゃんと文化祭に参加できる最後のチャンスである。

「……で、結局参加しないのかよ」





 今までにも増してサボる回数が増え、準備の話し合いに参加していなかった叶湖と、それに追随する黒依を知っているため、そしてそれに自分も含まれるため、分かってはいたが、文化祭当日に化学部室で揃って顔を合わせることになると、妙なおかしさを感じて篤が笑い声をあげる。

 なお、叶湖と黒依、ついでに篤のサボった単位は、裏生徒会の権力をつかって、最低限、留年しない程度には公欠として扱われている。





「と、いうか、今さら参加できるはずないでしょう? 何の話し合いもしていないのに」

「化学部の展示ブースでも見てきたらどうだ?」

「興味ありません」

「部長が何言ってんだよ」

「では、その役目は副部長に任せます。……部長権限で」

 裏生徒会の幹部以外の部員たちは、裏生徒会の実働要員として確保されているものの、人海戦術が必要にならない限りは、基本的に暇を持て余している。

 そこで、一応とばかりに、化学部の体裁を保つための活動を行うことになっているのだ。

 文化祭においても、その研究成果などを発表するブースが設けられている。





「お前も、自由に動き回れる文化祭なんて最初で最後だろうに。叶湖とデート、なんてことも考えないわけか」

「叶湖さん、人混み嫌いなので。僕も余り好きではありません。そんな場所へ、2人して出向く必要もないでしょう?」

 篤に水を向けられた黒依も、飄々と返す。揃って、文化祭には興味がないのだろう。





「それに、僕が暇なことはバレているので、表に出たら最後、女子生徒に囲まれそうなんですよね。それを抜けるのも、人混みの中では大変そうです」

「モテる男は違うなぁ……?」

 篤が恨めしいものを見るように黒依を睨みつけるが、黒依は涼しい顔のままだ。

 由ノ宮は私学の有名校ということもあり、宣伝も兼ねているのか、生徒やその保護者以外にも、大勢が文化祭を見にやってくる。

 それも、人混みを作るのに、大きな要因となっているのだろう。





「飯は?」

「弁当です」

「……俺、出店行ってこよ」

 もはや、なぜ登校したのか、というレベルの2人に呆れながら、篤は言葉どおり部室を出て行った。

「明日はサボりましょうか、叶湖さん」

「そうしましょう。でも、今日は来たかったんでしょう? アナタ」

 叶湖と黒依が、わざわざ参加するつもりもない文化祭に来ている理由と言えば、黒依が望んだからであった。人が多くなってから登校するのも嫌だったため、朝から化学部室を陣取ってはいるが、黒依が来たいといった時間は日が暮れた後である。





「えぇ、これまでの文化祭は忙しくて、ちゃんと叶湖さんと過ごせませんでしたから」

「アナタが学校行事に興味があるとは思いませんでした。修学旅行も行きたかった?」

「行きたければ、2人だけでまた行けばいいんですよ。でも、叶湖さんとなら、どこに居たって、僕は構いません。旅行なんてしなくても」

 叶湖は、そうですか、と頷きながら、篤が居なくなった応接セットから立ち上がり、仕事用のデスクに移る。手持無沙汰な時は、なんとなくパソコンの前に居たくなる、叶湖の性である。そんな叶湖の前に、黒依が珈琲を置く。





「裏生徒会のお仕事、あるんですか?」

「いいえ? まぁ、文化祭中にハメを外す馬鹿が居れば始末はしますけれど、そういう警戒はヒラ部員に任せていますし、今のところ仕事はありませんね」

「じゃぁ、ソファに戻りませんか? 近くに座りたいです」

「……最近、我儘増えてません?」

 当然、パソコンデスクは1人掛けである。叶湖は軽く溜息をつきながら、たった今、立ち上がったばかりのソファへ戻った。





 叶湖の家では、叶湖の足元にすわる黒依だが、さすがに化学部室では叶湖の隣に座っている。

「早く終わるといいですね、文化祭」

「……来たいと言った人の言う台詞じゃないですけどね、それ」








 叶湖と黒依と、それから篤が部室で文化祭を過ごし、日が暮れ始めた。

 篤がアレコレと出店の料理を買ってきていたが、誰が作ったともしれない素人の料理に、2人が手を出すハズがない。篤も十分にそれを分かっていたので、買ってきたのは自分が食べる分だけだった。こうして、相互理解は深まっていくのである。





 文化祭中、細かなトラブル程度はあったらしいが、どれも生徒会が出張ってなんとかなったらしく、裏生徒会への出動要請はなかった。

 次の日は2人そろってサボることを告げ、待機を押しつけられた篤の文句を背中に、部室を後にした2人は人が減った校舎の階段をあがる。

 昼間、校舎内を騒がせていた人間は、ほとんどがグラウンドへ出ており、窓の外からはざわめきが聞こえていた。





 裏生徒会から持ち出した鍵で屋上へ上ると、真下に、ライトアップで表現されたキャンプファイヤーもどきが見えた。また、その周りにも、アーチやモニュメントが飾られ、植え込みの木などと一緒に光に照らされている。

「まぁ、こういう景色も、叶湖さんにとってはご趣味の外なんでしょうけど」

「あら、でも、これを見せたかったんでしょう?」

「見せたかった、というか。子どもっぽいジンクスを試してみたくなったんです」

 黒依が苦笑を浮かべながら呟く。





「ジンクス……。よくあるアレですか」

 叶湖がくすくすと喉をならす。まさか、試してみると言い出すとは思わなかった、そう呟きながら。

「何かに誓ったこと、ありませんから。こういう機会に宣誓しておこうかと」

「何に誓うんです?」

「……アナタと、それから、2人で過ごしたこの学園に」

「じゃぁ、もし別れることがあったら、校舎を爆破しましょうか」

「そんな未来はありません」

 黒依が苦笑しながら叶湖の前に膝をつく。





「今までも、これからも、僕はアナタだけを愛し続けます。アナタに狂って、アナタしか見えずに、アナタと一緒に壊れていくと誓います。僕の全てを、受け取ってください。……愛しています、叶湖さん」

「えぇ。もうとっくに知っていますし、もうとっくに受け取っています」

 叶湖は手を伸ばして黒依の髪をくしゃりと撫でる。

 黒依は撫でられるのが好きなのだ。今も、昔も。





「黒依、早々、こんなことは言いませんからね」

「……え?」






「……私も、愛していますよ」






 叶湖の言葉に、黒依の熱量が増したのが、しっかりと叶湖に伝わった。

「ちょっと」

 立ち上がって、叶湖をぎゅ、と抱きしめる黒依に、叶湖がその頬をつねる。

「……痛いです」

「お手付きは禁止だと言っているでしょう」

「嬉しいです、叶湖さん」

「……なにが嬉しかったのか、把握を間違えると、とっても変態さんに聞こえます」

「それでもいいです」




 叶湖の言葉ににこにこと微笑んで至極機嫌がよさそうな黒依と、そんな様子に苦笑を浮かべた叶湖は、2人でグラウンドの明かりをしばらく見つめていた。



愛を誓う。

これにて、わたせか、のひととおりのお話は完結です。

今後のお話(大学生編を含む)は、蛇足的な閑話になります。

今まで、ご愛読いただいたみなさま、ありがとうございました。

よろしければ、後の閑話まで、今しばらくお付き合いください。

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