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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第七章 高校3年篇
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3年生篇⑤ 妹妹

彩藤叶湖:高校3年(18歳)。化学部部長

桐原黒依:叶湖の幼馴染。化学部員

桐原 茜:高校1年。桐原家長女。

桐原杏里:中学1年。桐原家次女。

「話があるんだけど」

 その日、黒依と叶湖が帰宅しようとすると、校門の前で茜が待っていた。学校から直接来たようで、近くの公立高校の真新しい制服を身にまとっている。

「久しぶりですね、茜さん」

「……」

 笑顔で返事を返す叶湖を、茜が無視する。

「……どちらに用事ですか。僕? それとも叶湖さん?」

「お兄ちゃんのはずないでしょ!」

 既にボルテージが上がっているらしい。茜が分かりきったことを尋ねた黒依を睨みつける。




「どこか、座って話せる場所に行きましょう? 私、立ち話嫌いなんです」

 言いながら、茜の返答も待たずに歩きだす叶湖を、当然のように黒依も追う。茜ははしたなく舌打ちをしながら、自分もそのあとを追った。

 近くの喫茶店に入り、叶湖と黒依が揃って珈琲を頼む。茜は何も要らないようで、出された水だけを啜っていた。

 それからしばらく無言が続き、店員が珈琲を運んで去って行った後で、ようやく茜が口火を切る。




「……お兄ちゃんの志望大学、城咲なんだって?」

「……その話は家で十分したでしょう」

 茜の話の趣旨が掴めたようで、黒依が眉を寄せる。

「いいですよ、黒依」

「……アンタも、同じなんでしょ。志望校」

「えぇ、そのとおり」

 茜の問いに、叶湖がにっこりと笑顔で返す。




「アンタが言ったの? そこにしよう、て」

「まぁ、そうですね」

「なんで!? お兄ちゃんなら、他にもっといい大学に行けるのに! 馬鹿な私と違って、自分で中学を選んで、特待生キープして通い続けて、なんでアンタの一言で、その6年が無駄になるような選択になるのよ!」

 一応、場所はわきまえているようで、叫びを上げることはないが、あきらかに強くなった語気で茜が叶湖を睨みつける。




「そもそも、黒依は勉強をするために由ノ宮に入ったのでも、特待生をキープしたのでもありませんよ」

「僕は、叶湖さんの傍に居たくて、由ノ宮を選びました。その時、喧嘩をしていたとしても、叶湖さんについていきました。特待生をキープしたのは、頭がよくなりたかったわけでも、勉強が好きなわけでも、いい大学に入りたかったわけでもありません。ウチの家計に負担を与えずに、授業料の高い由ノ宮に、叶湖さんの傍に、居続けるためです」

 叶湖の言葉を引き継いで、黒依が当然のように言う。




「どうして……? なんでお兄ちゃんは、そこまでこの女が好きなの?」

「その呼称をやめろ、と言いませんでしたか?」

 黒依の瞳が僅かに鋭くなる。

「っ! お兄ちゃんはそれでいいの?! 人生全部、その……っ、叶湖さんに決められてるみたいじゃん!」

「……それでいいんですけど」

「なんで、お兄ちゃんの人生を歩こうとしないのよ!」

「僕が選んで、叶湖さんとの人生を歩んでいるんです。その僕の人生を、例え妹であっても、否定されたくありません」

 叶湖に話があると言っていながら、蓋を開ければ、結局兄妹喧嘩か、と叶湖は珈琲を啜る。

 と、カラン、と喫茶店の扉が開いて、ひとりの少女が入ってきた。桐原杏里。中学に入ったばかりの、黒依のもう1人の妹。






「あ、いた。お兄ちゃんに、お姉ちゃん。それから、叶湖さん。こんにちは」

「えぇ、こんにちは」

 杏里はとことこと席に近づき、すとん、と茜の隣、黒依の対面へ座る。

「お姉ちゃん、帰ってこないから、お兄ちゃんのところだと思って探したの」

「体は辛くありませんか?」

「うん、大丈夫」

 黒依の問いかけに杏里がしっかりと頷く。黒依はそんな杏里を見ながら、もう1度注文をとりに来たウェイトレスに、杏里の分の紅茶を頼んでやる。




「何の話してたの?」

「それは……っ、杏里からも言ってよ。お兄ちゃん、幼稚園から大学まで、ずっと叶湖さんと同じって、変だと思わない!?」

「えぇ……だって、なん好きでしょ? 私も、好きな人とはずっと居たいけどなぁ」

「お兄ちゃんが叶湖さんとずっと一緒にいるってことは、私たちとはいない、ってことなんだよ!?」

「それはちょっと寂しい」

 杏里がうつむいてぽつり、と溢す。




「でも、お兄ちゃんが叶湖さんと居たいなら、それって、私たちが何か言うのはダメなんじゃないかなぁ……。それに、お母さんも言ってたよ。お兄ちゃんとずっと一緒に居られるわけじゃないんだって」

「なんで杏里までそんなこと言うのよ……」

 叶湖は、茜が相当ブラコンをこじらせているのに溜息をつく。

「黒依、大学から1人暮らしをしてみては?」

「……そうしましょうか」

 叶湖は茜から視線を外し、黒依に向き直る。




 もちろん、黒依は叶湖の言葉を、そのとおりの意味では受け止めていない。

 叶湖が、実家を出た黒依を大人しく1人暮らしさせるはずがないのだ。

 どうせ、借りているように整えるだけ整えて、黒依は叶湖と暮らすことになるのだろう。

 そんな未来を想像しながら、それを幸せだと感じて、黒依はご機嫌に頷く。

 きっと、茜の兄離れをさせたい黒依の母も、頷くに違いない。




「なんでっ……」

「茜も、杏里も、僕の妹ですが、僕が大切に思っているのは、これからの人生を一緒に過ごそうと思うのは、叶湖さんです。この選択を変えることはありませんし、この選択について、誰かに文句を言わせる気もありません」

 黒依のハッキリとした拒絶に茜は顔を歪めているが、杏里は相変わらずニコニコとしている。




「私は、お兄ちゃんが幸せなら、それでいいと思う。私も、幸せになりたいって思うから、誰かが幸せになるのを、邪魔しようとは思わないよ。……お兄ちゃんと、仲良くしてくださいね、叶湖さん」

「えぇ」

 だからこそ、叶湖は茜よりも杏里のことが嫌いなのだ。

 黒依を兄にするのは、今も昔も、杏里なのだから。




 そのあと、杏里が茜を連れ帰る、というどちらが上か分からない背中を見送って、2人と一緒に帰ることすら拒否した黒依が叶湖と並んで歩く。

「生徒会の仕事が無くなったにも拘わらず、ウチか化学部に籠りっぱなしですからね。そろそろクレームがくると思っていました」

「もう、言わせませんよ。これ以上、何か言おうとしたら、僕が対処しますから」

「妹相手に、あまり荒事はやめなさいね。結構隠すの大変なので」




「……叶湖さんは、やっぱり杏里が嫌いですか?」

「そういう直接的な表現をするほどでもありませんが。どこか、胸につっかえていることは認めましょう」

「それは、嫉妬してくださっているんだと受け止めても?」

「……どうでしょうね。別に、アナタをとられるなんてことを考えているわけではありませんし」

 黒依にとって、本当の妹は前世で亡くした彼女だけなのだろう。

 否、今に至って、本当の妹が居たとしても、黒依の中の叶湖への狂気は変わらない気がする。だとすれば、叶湖に嫉妬する要因などはどこにもないはずなのだ。




「どこにも行きませんよ。大学に入ったら、一緒に暮らしましょう?」

「……私のお金で生活することが前提のアナタがそう言うと違和感があります」

 黒依にバイトなどを許す気もない、黒依自身もバイトなどする気もない2人なので、1人暮らしをするとしても、黒依は自然と叶湖の金に頼ることになる。

「では、改めて。僕を家に置いてください、叶湖さん」

「仕方ありませんね。飼い犬ですから」




 並んで歩きながら、叶湖の手の指に自分のそれを絡ませようとした黒依が、叶湖に振りはらわれて残念そうな顔をする。

「……では、アナタのマンションへ寄っても?」

「何が、では、なのか分かりませんが。受験勉強はいいので? 落ちたら1人暮らしも許されないかもしれませんよ」

「それよりも、今は妹に嫉妬してくれる叶湖さんを抱きしめたくなったので」

「……嫉妬ではないと言っているでしょう」

 それでも叶湖は黒依がマンションへ来るのを拒絶しない。

 妹たち2人は想像もつかない2人の世界が、そこに広がっていた。



サブタイトルは、妹が2人、という意味です。

(すいません、熟語がネタ切れで、縛ったことを後悔しています)


これにて、妹との問題は一応の終結を迎えます。

そして、どさくさにまぎれて、黒依が1人暮らしを決めました。

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