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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第七章 高校3年篇
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3年生篇④ 男Ⅱ

彩藤叶湖:高校3年(18歳)。化学部部長

桐原黒依:叶湖の幼馴染。化学部員

小鳥遊修:IT系企業副社長

 叶湖は目の前に座る小鳥遊に向かって、キレイな笑顔で微笑んだ。

「単刀直入に。……社長になる気はありませんか?」

「は?」

 叶湖が後ろ暗い人間であることは、同じ種類の人間だから嗅ぎつけているだろう。だからこそ、小鳥遊は思っていたはずだ。叶湖の用件が、自分が関わる人身売買についてではないか、と。




「あまり詳しくは話せませんが、アナタの会社の社長を、その座から引きずり落としたい事情があります。そのあとに、誰が社長の座に就くか、はこの際関係ありません。そこで、1番社長の座に近いアナタに、ご協力をお願いしようと、お声をかけました」

「……君を手伝えば、社長にしてくれる、というわけだ。えぇと、叶湖ちゃん」

「ちゃん付けは苦手ですので、呼び捨てで構いませんよ」

「呼び捨ては苦手だから、ちゃん付けでいいかな?」

「……えぇ」

 叶湖は珈琲を啜りながら1つ頷いた。




「俺が、社長の座になんて就きたくない、と言えば?」

「アナタの会社が顧客情報を流出することになりますね。ベンチャーなので、もたないと思いますよ」

「……なるほど。社長か無職か選べ、ということか」

「脅迫のつもりはありません。私としてはどちらでもいいので」

 叶湖の本来の目的は、相手を自らの顧客に引きずりこむことであるが、最悪、それは叶湖が情報屋としてしっかりと身を立てた後でも構わないのだ。

 なので、今現在は、相手の記憶の中に叶湖の存在を刻み込めればそれでいい。




「どちらも嫌だ、といえば?」

「普通なら、なぜ社長になりたくないのか、不思議に思うところですね」

「身軽な立場がいい人間だっているだろう?」

「役員の時点で身軽ではないでしょう」

「なら、なんだって?」

「……他に、副業があるとか?」

「……なるほど」

 叶湖が、小鳥遊の口座まで知っていることを暗に告げた後だ。叶湖に裏の顔があることを気付いている小鳥遊は、それが情報に関するものだとも気付いているだろう。つまり、叶湖が小鳥遊の裏稼業を知っていることにも、当然、予想がついている。




 とはいえ、明確な言葉は互いに口にしない。口にしなければ、聞かなかったことにできるからだ。

「……そうだな。じゃぁ、ひとつ聞かせてもらおう」

「えぇ」

「なぜ、最初から、会社を潰す結論を出さなかった? それなら、わざわざ俺を訪ねる手間も省けただろう?」

「巻き込まれる大勢の従業員の方を思いやった結果です」

 にっこりとほほ笑む叶湖に、同じように小鳥遊も笑顔を返す。




「……」

 小鳥遊に笑顔で見つめられ続け、さすがに叶湖の方が折れた。自分でも白々しいほどの嘘だったので、つき続ける理由もない。

「アナタに会いたかったから、とでも言っておきましょうか」

「それは嬉しいね。こんな密室に2人きりで言われてしまったら、勘違いしそうだよ」

「喜んでいただけて光栄です」




「……いいよ。さすがに無職は困るしね。叶湖ちゃんのことは気に入ったし、君がそう言うんなら、俺が社長になるのに協力しよう。……と、この表現もおかしいね」

「ありがとうございます。では……、そうですね、次のコンペに出す予定の資料を、競合企業に流しましょう。そのログを社長のパソコンに残しますので、アナタは問題が起きたあと、社長を含めた社内全員のパソコンを確認するよう促してもらいながら、他の役員に社長を退任に追い込む根回しをお願いします。ついでに、アナタが社長になったあかつきには、由ノ宮への寄付も継続してもらえると助かります」

「……なんで由ノ宮?」

「依頼人からのご希望なので」

 叶湖が人差し指を口元にあててニッコリと微笑む。そのあざとさ漂う雰囲気に、小鳥遊は苦笑して頷いた。寄付の継続を願うためとはいえ、叶湖としては行き過ぎた情報開示であった。下の名前だけとはいえ、本名を名乗っている。調べようと思えば、叶湖がその学園の生徒であることも調べられてしまうだろう。




 もっとも、調べようとした段階で、叶湖の網にひっかかるだろう。出会いのきっかけや、これまでの会話で、叶湖の情報力が秀でていることは正しく認識されているはずである。そうであれば、無闇に叶湖を調べることの危険性も理解されているはずだ。

 なにより、叶湖の身に危険が迫るようであれば、その時になってから消せばいいのだ。その方法がある叶湖にとって、そこまでの危機感はない。




「結構、俺の役割が多いんだね」

 話し終えて再び珈琲を手にとった叶湖に、小鳥遊が微笑みかける。

 要するに、追加の報酬を求めているのだ。金は要らないだろう。裏で相当儲けているだろうから。元々、叶湖もそんなものを渡すつもりはない。

「えぇ、よろしくお願いします。あぁ、そうそう。もし、計画の途中で不都合が起きた場合には、気軽にご連絡ください」

 言いながら、叶湖は1枚の名刺サイズのカードを机に滑らせた。




 真っ白な無地のカードに、叶湖のメールアドレスだけが載っている。

 叶湖の仕事用のアドレスだった。情報屋として確立していれば、情報屋としての名前も乗せておくのだが、それは、今回はやめにした。情報屋ではなく、ただの叶湖として出会ってしまったからである。

 要するに、叶湖から小鳥遊への報酬は、情報に秀でた人間……叶湖へのツテであった。

 小鳥遊だって、危ない橋を渡っているのだ。情報が欲しかったり、或いは、消したかったりすることも、ままあるに違いない。




「なるほど。なにかあれば、連絡させてもらうよ」

 小鳥遊が、叶湖から受け取ったカードを、脇にかけたままのジャケットのポケットへ滑り込ませる。彼も、叶湖も、出会ってから今に至るまで、笑顔のままである。

 叶湖は、波長のあう人間と本音で話すのももちろん好きであるが、本音を隠しあった駆け引きも好きであった。通常装備の笑顔ではあるが、その時、叶湖は確かに楽しんでいた。




「では話は終わりということで」

 珈琲も飲み終わり、満足したように叶湖が席をたつ。

「泊まっていっていいんだよ? せっかくとったんだから」

「いえ、我が家で寝るのが1番なので……っ!」

 適当な理由でやりすごしながら、小鳥遊の座る横を通り抜けようとした叶湖の腕を、小鳥遊が掴んだ。

 無理やりに自分の方へ引き寄せながら、その耳に囁く。






「君に興味が沸いたよ、叶湖ちゃん。……バラして売るより、楽しそうだ」






 囁かれて、最後に耳を甘噛みされる。叶湖としては、告げられた言葉よりも、痛いほど腕を掴まれたり、耳を噛まれたりしなくてよかった、という安堵の方が大きかった。

「それはよかった。末永く、よろしくお願いしますね、小鳥遊次期社長さん?」

 叶湖は笑顔で返しながら体勢を立て直した。




 その時、かちゃり、と部屋の鍵が外れ、がちゃ、とドアが開く音が聞こえた。

「!?」

 一気に、小鳥遊の警戒度が跳ね上がる。

「帰りましょうか、叶湖さん」

「えぇ、出迎えありがとう」

 小鳥遊からは決して見えない位置取りをしながら、黒依が叶湖を呼ぶ。

「それでは、お先に」

 叶湖は小鳥遊を振り返りもせず、まっすぐと部屋を後にした。







 最後に黒依を呼んだのは、叶湖が武力を持っていることを示した上での警告だった。

 小鳥遊が最後まで自らの裏稼業を指す直接的な発言をしなければ、叶湖との言葉遊びに終始していれば、呼ばないつもりであったのだが、最後の最後に、あの男はふっかけてきた。

 だから、叶湖は黒依を呼んだのだ。相変わらずの、万能腕時計を使って。

 もちろん、すぐにでも部屋に侵入できる位置にいた黒依は、間もなく行動を起こした。

 黒依が武力要員だということは確かに伝わっただろう。今回、小鳥遊側にも1人、ついていた人間がいたことは、叶湖の情報網にもひっかかっていたが、黒依がその監視を振り切ったことも伝わったハズだ。

 小娘1人、と侮られない程度の危機感は煽れたに違いない。




「危ない賭けは、ほどほどにしてくださいね」

 小鳥遊と別れてホテルを出た後、なぜ知っているのかと尋ねたくなるほど正確に、小鳥遊が噛んだ後を噛み直して黒依が囁く。

「そうですね。嫉妬した犬に、相手を噛み殺されてはかないませんから」

「あれ以上の手を出してこなくて幸いでしたね」

「相手が、ね。……あぁ、いえ、ビジネスパートナーを亡くす、という意味では私もですか」

 叶湖は言いながらも、機嫌がよい笑顔を浮かべて、自分の隣を歩く黒依を見上げた。






 その後、件の男子生徒の父親は、背信行為を問われて退任を余儀なくされ、新しい社長に小鳥遊が座ることになった。件の男子生徒は、父親が社長の座から追い落とされた直後に、偶然・・、正体不明の暴漢に襲われ、間もなく由ノ宮から去っていった。当然、ストーカーを続ける余裕も残っていない。これにて、裏生徒会の仕事としても終了と相成った。

 高等部裏生徒会に救援要請がされてから、この間ひと月。叶湖がひと手間かけたことで、少しばかり予定より時間がかかりはしたが、学園への寄付額が僅かに増額したことで、学園側にも満足の結果となったようであった。


こういう話を書くのは作者は楽しいです。

黒依の機嫌は悪そうですが。

小鳥遊は、地雷を踏む1歩手前で立ち止まれました。


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