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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第七章 高校3年篇
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3年生篇③ 男Ⅰ

彩藤叶湖:高校3年(18歳)。化学部部長

小鳥遊たかなしおさむ:IT系企業副社長

「こんにちは。来てもらえて嬉しいです。小鳥遊副社長」

 とある高級ホテルの喫茶ロビーで叶湖は男を待っていた。約束の時間に少し遅れてやってきた男に気がつき、飲んでいた珈琲カップをソーサーに戻して立ち上がる。

 男は、ひと目で仕立てがいいと分かるスーツを身にまとい、黒い髪を整えて、さながら、できるビジネスマン、といった出で立ちだった。

 男が遅れて来たのは、待ち合わせ場所に現れた叶湖の人となりを遠くから観察するためだろう。もちろん、そうするだろうことも織り込み済みの叶湖が機嫌を害することはない。

 男とは、今現在、由ノ宮学園でストーカー行為を行っている男子生徒の父親が経営する会社、の副社長であった。名を小鳥遊修という。




「こんなに若いお嬢さんから、お茶にお誘いいただけるとは思っていなかったよ。存外、嬉しいものだね」

 裏の世界を知っているからだろう。叶湖が会社のセキュリティを掻い潜り、小鳥遊の社用アドレスに不躾なメールを送ったことに対する憤りは全く見せない。心中を隠した笑顔を浮かべて、叶湖の対面の椅子へ腰を下ろす。

 間もなく、ウェイトレスが注文を尋ねに来るが、すぐに出るので、と断りを入れた。




「おや、出るのかい?」

「ゆっくりと珈琲を楽しみたいのは山々ですが、私、静かすぎると落ち着かない性質なんです」

 自宅の防音性能になによりも費用をかけている叶湖がスラスラと嘘を紡ぐが、喫茶ロビーに客が疎らで、一種の静謐さが漂っているのは事実である。そんな空間で、裏のある会話をする気は叶湖にはなかったし、小鳥遊にだってないだろう。予定調和のように、2人で微笑み合う。




 叶湖が小鳥遊を呼び出したメールには、件名も、用件も、自身の名前すら、書いてはいなかった。ただ、小鳥遊のスケジュールを確認した上で、身動きが可能だろう時間帯と場所を指定しただけのメールを出したのだ。もちろん、配信元のアドレスは分からないようにしてあり返信もできない。

 そんな叶湖からの呼び出しに素直に応じた小鳥遊は、そのメールに何かを感じ取ったということだ。そうでなければ、それほど不躾なメールの言うとおりに動くはずがない。だが、その勘こそが、彼を裏の世界で生きながらえさせているともいえる。




「どこか、個室に行きませんか。近くのカラオケ店舗でも構いません」

「じゃぁ、このホテルに部屋をとろうか。今の時間ならすぐに使えるだろう」

 時間は夕方である。空き室さえあれば、すぐにでもチェックインができるはずだ。

 時期も観光シーズンではないし、休日でもない。高級ホテルなので、常に満室ということはないはずだ。実際、叶湖はそういう流れになるだろうと思っていた。金と余裕のある男が、わざわざ個室を使うのにカラオケ店舗を選ぶハズがない。

 だから、待ち合わせ場所をホテルの喫茶にしたのだから。




 それでも、叶湖があらかじめ部屋をとっていなかったのには理由がある。

 それは簡単で、相手の警戒度を下げるためであった。あらかじめ、部屋をとっておけば、その場所に細工ができるということだ。盗聴器やカメラをしのばせることも、相手の命を危険に晒すような人員を仕込むことも。

 その危険が分かっているからこそ、小鳥遊もあえて時間に遅れ、見通しのよい喫茶ロビーで、彼を待つ叶湖の様子を伺い、その傍に他の人間がいないか、叶湖が怪しい動きをしていないか、と観察してから姿を現したのだろう。

 対して、叶湖も当然無策ではない。何しろ、相手は人身売買のブローカーなのだ。自分が売られる可能性ももちろん考慮に入れている。小鳥遊程度のアンテナにはひっかからないような、それでもって何かあればすぐに助けに入れるような場所に、黒依を待機させていた。




「一緒にチェックインをしますか? 一旦別れて、私が後から部屋へ向かうのでも構いません」

「生憎、妻も恋人もいないんだ。一緒に入っても問題ないよ」

 それは要するに、小鳥遊としても、予め部屋に仕込みをすることはない、という意思表示であった。叶湖が予め部屋をとっていなかった意図を正確に把握して、ある程度までの信用を返してくれているのだろう。端から何の用意もなかったわけではないに違いない。

 もっとも、叶湖の体格的に、小鳥遊1人で十分圧倒できることが分かった上での、極小の信頼だろうが。




 ちなみに、小鳥遊は副社長とはいえ、勤め先がベンチャー企業であるので、歳の頃は30手前である。顔は年相応か少し若いくらいに見えた。対して叶湖は高校3年生とはいえ、当然制服を着ているわけでもなし、好みの服装や立ち居振る舞いから、実年齢以上に見られることが多いので、見た目は20歳くらいだろう。2人でホテルの部屋に入れば、カップルと思われるような組み合わせである。




 かくして2人は、揃ってホテルの一室に入室することができた。

 叶湖は、小鳥遊がとった部屋の種類を聞き流していたが、良い部屋なのだろう。ベッドの他に、立派な応接セットがある。とはいえ叶湖は、ベッドも、応接スペースも取り合えず無視して、備付けの珈琲へ向かった。

「何か飲まれます? それとも、ご自分で用意されますか?」

「堅苦しいのは止めにしていいかな。……俺は遠慮しておくよ。君は好きに飲めばいい」

「……あぁ、そういえば、名乗りがまだでしたね。叶湖です」

君、と呼ばれたことで思い出したように、叶湖が小鳥遊を振り返って微笑んだ。




 それから、ケトルの湯が沸き、インスタントではない、簡易のドリップ珈琲を淹れた叶湖が、既に応接セットのソファに座っていた小鳥遊の向かい側に腰を下ろした。

 座る位置は、ドアに近い方が小鳥遊、遠い方が叶湖、である。あえて、先に位置を決めさせたので、叶湖にとっても不足はない。これも、相手の警戒度を下げる1手である。

 小鳥遊が脱いだスーツのジャケットが、ソファの背もたれにかけられていた。ハンガーもあるだろうに皺が気にならないのか、と思いはするが、それに何らかの仕込みがある場合もあるので、不用意に触れることはしない。

 見れば、僅かに首元のネクタイも緩められていたので、単に煩わしかっただけかもしれないが。

「お待たせしました」

「珈琲、好きなんだね。さっきも飲んでいたのに」

「手元にないと落ち着かないんです」

 小鳥遊の問いに叶湖が笑顔で返す。




「それで、俺は君の話を待っていたらいいのかな? 何しろ、呼ばれた側だから」

「すみません。呼び出しておいて、部屋までとってもらって。御希望があれば、後ほど、口座に返金しておきます」

 叶湖の言葉にピクリ、と小鳥遊が反応した。要するに、叶湖が小鳥遊の口座までしっかりと把握していることに気付いたのだろう。




「呼び出しておいて、アナタから口火を切らせるのは失礼ですよね。では、単刀直入に。……社長になる気はありませんか?」

「は?」

 今日の機嫌を伺うような軽い調子で問われた言葉に、小鳥遊は目を見開いた。



つづきます。

本文での説明は省いていますが、叶湖さんと黒依は堂々のサボリです。


長くなったので無理矢理切りました(中途半端ですみません)

小鳥遊さんは、作者的イチオシキャラです。

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