3年生篇③ 参戦
彩藤叶湖:高校3年(18歳)。化学部部長
桐原黒依:叶湖の幼馴染。化学部員。
宮木 篤:叶湖のクラスメート。化学部副部長
三上 律:中学3年。中等部化学部部長
三上律は、中等部化学部部長、つまるところの、裏生徒会長である。
通常、裏生徒会幹部が在学中に次期会長を決め、不良の王など各方面へ挨拶回りをしておくのが慣習であったのだが、こと、叶湖が優秀過ぎたのと、目ぼしい生徒が居なかったことがあって、いくらかのヒラ部員に些事を投げた他は、叶湖が中等部を卒業した後も、引き続き2カ月ほど裏生徒会の面倒を見ていた。
幸いなことに、その間に大きな事件もなく、また、叶湖と3つ学年が離れた1年生に面白い人材が見つかったのがあって、叶湖は無理矢理、その生徒に裏生徒会長を押しつけ、簡単な引き継ぎだけを済ませると、さっさと中等部裏生徒会からは手を引いてしまった。
「お久しぶりです、彩藤部長、宮木副部長」
三上はキレイな笑顔で高等部化学部室を訪ねてきた。
自分も裏生徒会の会長を務めるからして、2人が優秀なことはよく分かっているのだろうが、簡単な引き継ぎだけで全てを放り投げていった叶湖については、未だ思うところがあるのだろう。もっとも、三上のそんな空気感を気にする叶湖ではない。
「そういえば、次の会長候補は見つかりました? アナタが中等部にいられるのもあと1年。早々に見つけなくてはいけませんね」
「えぇ、彩藤部長の二の舞にならないよう、気をつけます」
「それはよかった。では、来年から、高等部裏生徒会をよろしくお願いします」
笑顔と笑顔で会話のドッジボールが交わされているが、口で叶湖に勝てるわけがない。
「……分かっています」
三上自身、無理矢理に裏生徒会を押しつけられたものの、叶湖の読みは正しく、裏生徒会とは水が合っていると自覚している。叶湖の思惑通りであることは癪であるものの、高等部裏生徒会を引き継ぐことは既定路線であった。
「僕の後任は、なんとか今年の新入生から探すことにしますよ」
「そうですか」
「そんな話はいーけどよ、結局何の用だよ」
「少し、情報戦で助けていただきたいことがありまして」
篤が先を促したのに、三上は苦い顔で口を開いた。
「なんだ、情報戦かよ、つまんねぇ」
自分の出る幕ではないことを悟った篤が文句を言う。
「元々裏生徒会は武力重視ですからね。私が例外なんですよ。中等部も、だからこそ武力でどうにもならない部分で行き詰ったのでしょう?」
「……彩藤部長なら、既にほとんどの情報を握ってるんじゃないですか?」
「ほとんどなんて。全てと言ってもらわないと」
叶湖がキレイに微笑むのに、三上は溜息とともに、そうですか、と返しただけだった。
「ところで、幹部の方が増えたんですか?」
「それは、ウチのマスコットキャラクターです」
黒依の姿を視線で指した三上に、にっこりと叶湖の笑顔が返る。
「……おい、それじゃぁ、公認みたいじゃねぇか。部屋に入るのは許したが、それ以外のことを許した覚えはねぇぞ」
「叶湖さんのボディガードとでも思っておいてください」
「……中等部でも噂になっていましたよ。ひとが変わった前生徒会長さん」
黒依の返事に、三上はそれ以上聞くのを止めて、溜息をこぼす。
「今回の依頼は、中等部男子生徒の、高等部女子生徒に対するストーカー行為の解消ですよね。ただ、この男子生徒の父親がちょっとした会社の社長をしていて、ウチの学園に寄付があるため、寄付が繋がる形での解決を求められている。中等部裏生徒会の人海戦術で、女子生徒の身辺警護と、男子生徒の父親周辺で脅迫材料の調査を行っているものの、目ぼしい成果がないまま膠着状態が続いている。そんな感じですよね?」
「……えぇ、それで、学園から解決はまだか、とせっつきがありまして」
「まぁ、武力が通じないってんなら、叶湖の領分か」
叶湖の説明を聞いてどうでもよくなったのか、篤が、ふーん、と気のない返事を返す。
「私ほどではないにしろ、情報に長けた人もいるとは思うのですが、セキュリティを越えられませんでしたか」
「さすがにIT系企業の対策は万全みたいで」
中等部裏生徒会の穴を晒すようで気不味いのだろう。眉尻を下げて困ったように三上が呟く。
「息子のストーキング行為で父親を脅せませんでしたか」
「被害にあった女子生徒の御実家が名家でして。すぐにでもストーキング行為をやめさせろ、との命令でしたので、証拠の収集よりも警護を優先してしまいました。……こちらの手落ちです。現時点では、女子生徒の警護が行き届いているので証拠が掴めません。もちろん、今さらになって女子生徒を釣り餌にするのも許してもらえません」
「その御実家の力で、男子生徒側をなんとかするのは無理でしょうね」
「えぇ。名家ですので、体裁を気にされます。嫁入り前の娘がストーキング被害にあった、なんていう話が流れると、尾ひれがついて、女子生徒の側に傷が入るかもしれないので」
「父親のスキャンダルをねつ造する方法は試しました?」
「会社関連の情報漏えいは、これもセキュリティの問題で無理でした。万が一、成功しても、会社がつぶれれば寄付が途絶えるので、学園にも文句を言われるでしょうし。ハニートラップも検討したんですが、根っからの愛妻家のようです。詐欺にかけようとしましたが、そもそも、お金に困っていない人間なので、きっかけがありません」
「父親のご実家の方は?」
「両親ともにお亡くなりになっています。母親の方も、なんというか、天然過ぎると、騙しにくいもので。天然すぎて、旦那のガードが行き届いているんです」
「会社関連の周囲の人間は?」
「一枚岩のハズがないんですけれど、目立つボロはありませんでした。賭けでテキトウな人間に粉をかけるのは、リスクが高すぎるのでやっていません」
叶湖の質問に、流れるように三上が説明していく。
当初、後ろで話を聞き流すようにしていた黒依と篤が、途中から顔色を悪くしながら2人の会話に聞き入っている。2人にしてみれば、叶湖の悪辣さは当然として、その話の黒さに三上がついていけることに驚いたのだろう。見れば、唖然としていた。
「何か言いたいことでも?」
「いや……なんというか、人を見る目があるなと思って」
「もしかして、彼も喫茶店の客候補ですか?」
「当然でしょう? 簡単に、とはいえ、私が直々に裏生徒会流のやり方を伝授したんですから」
何を今さら、と言わんばかりの叶湖の笑顔に、篤が深く溜息をつく。
「なんというか、少年の明るい未来を閉ざしたような申し訳なさがあるんだが」
「そもそもそんな人間は、裏生徒会になど誘っていません」
きっぱりと言い切った叶湖に、篤は何かを諦めたようだった。
「彩藤部長なら、会社のセキュリティは問題にならないですよね? ぱぱっと情報漏えいのお手伝いをしていただくだけで大丈夫です。本当に情報を漏えいすると会社がつぶれるので、それをネタに脅すことにします。……お手間は取らせませんから」
「嫌です」
「は?」
「嫌です」
三上の言葉を叶湖はきっぱりと笑顔で切り捨てた。そもそも、最初から断るつもりであれば、話すら聞いていないだろうに、断って見せた叶湖の姿に、黒依と篤も首をかしげる。
「……それは、僕たちに失敗しろ、という意味でしょうか」
三上が僅かに顔色を曇らせて叶湖を伺う。
「いえ、手伝うのが嫌なのではなく。そんな簡単な方法で終わらせてしまうのが嫌だと言っています」
「はぁ……」
「なんだ。断るのかと思った。ただの暇つぶしかよ」
未だ釈然としない様子の三上に対し、叶湖の思考回路を三上よりは知っている篤が声をあげた。
「暇つぶし……」
「要するに、今、暇だから、その事件で遊ばせろ、ってことだ」
「と、いうことです」
篤の言葉を引き継いだ叶湖が、ニッコリと、キレイな笑顔を三上に向ける。
「ざっと調べたところ、その会社の副社長、結構面白い人間なんですよね」
「面白い……?」
三上の手元にはない情報なのだろう。怪訝そうに叶湖の言葉を促す。
「裏で人身売買に関わっているようです」
明日の天気でも話すように叶湖が呟いた言葉に、他の3人がそろって驚きを表した。
「では、それを明るみに出して、会社ごと潰す……、と?」
「それも面白くありません。彼を私の顧客に引きこむんですよ。そのついでというか、記念に、社長の座をプレゼントしようかと思っています。まぁ、なので、どちらかというと、アナタへのヘルプはついでのようなものですね」
叶湖があっけらかんと笑うのに、もはや三上は言葉がない。
「ちょっと待って下さい。それは要するに、叶湖さんがその男に直接近づく、ということですか?」
「本当は、兄が近くにいる内は、あまり危険な橋を渡るつもりはなかったのですけれど。気になる相手がいると、見逃すのが勿体なくなってしまいますよね」
黒依が心配そうな声を上げたのに叶湖が苦笑する。
「当然、アナタはついてきて構いません。でも、ひとり暮らしの私と違い、アナタの方が家族との繋がりを察知されやすい。本当に私が危険な目にあったのでなければ、姿は現さない方がいいでしょう。私も、勝てると思った賭けだからこそ、ベットするわけですから、そこまで心配はいりませんよ」
黒依を安心させるように微笑む叶湖に、黒依はそれ以上何も言えなくなって黙り込んだ。
「というわけで、社長が変わるまで、父親の会社周辺からは手を引いて下さい。女子生徒の身辺警護だけしてもらえれば十分です。社長交代後は、男子生徒やその父親についてはお任せします。その時には既に私の用事は終わっているので」
「……なんというか、相変わらずだよな。真面目に生きてる方を追い落とすか」
「息子が真面目に生きていなかったので、仕方ないですね。いえ、そんな理由等どちらでもいいんです。私は、ただ、私と波長の合いそうな相手に目をつけただけ」
篤の言葉に笑顔で答えてみせて、もう話は終わったとばかりに応接スペースから立ち上がり、自分のデスクへと戻る叶湖を見送って、三上は分かりました、と1つ頷いた。
会話文が多めの回でした(当社比)
叶湖さんの参戦が決まりました。
篤も言っていますが、叶湖さんにとって、一般的な善悪の区別は意味がありません。