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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第七章 高校3年篇
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3年生篇② 予兆

彩藤叶湖:高校3年(18歳)。化学部部長

桐原黒依:叶湖の幼馴染。化学部員

大里ゆとり:叶湖の幼馴染。キャンパスメート

「あれ、叶湖?……に、黒依」

 叶湖が呼び声に本から目をあげると、ゆとりが珍しいものでも見たかのように、目を見開いて叶湖を見つめていた。黒依も、受験勉強の手を止めてゆとりを見上げる。

 ちなみに、叶湖が読んでいた本はただの趣味である。秀才である黒依と違って、叶湖は根っからの天才であるのだ。現に、主席をキープしている学園のテストだって、叶湖が勉強をしたところなど見たことがない。

「ゆとりもお勉強ですか?」

「今日は3分の1の生徒がいないから。図書館がいつもより静かだと思って」

 ゆとりは、叶湖が置いた本のタイトルを見て苦笑しながら頷いた。





 梅雨のあけた初夏の頃、3年の普通科組と2年の進学組がそろって修学旅行へ出かけている。1週間ほどをかけて、海外生活だそうだ。

 行き先は、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアの4種類から選べる。そんなわけで、ほとんどバラバラに現地を楽しむということで、2学年合同でもなにの問題もない。

 そして、そんな修学旅行に昨年参加したゆとりと、今年が参加年にもかかわらず当然のように欠席した叶湖と黒依が図書室で一堂に会していた。





「叶湖は病気があるから、親も説得しやすいだろうけど、黒依はどうしたのさ。なんでバレないわけ? さすがに修学旅行まで欠席ってなったら、保護者に連絡いかないの? ってか、保護者面談で言われない? 『修学旅行、残念でしたね』て」

「教師は脅せば大丈夫です。『家庭の都合で修学旅行にも行かせられなかったのを親が気に病んでいるので、頼むからそのことについては触れないでほしい』、なんてね。旅行のための積立金が返金されるでしょうが、それを消すのが私の領分なので」

 既に脅迫を終えているのだろう。叶湖の隣で黒依が苦笑しているのを見て、ゆとりは溜息をついた。

「でも、写真の1枚も残ってないと、不審がられないの」

「それも、合成するので問題ありません。今はいろいろな風景の写真がネットで簡単に手にはいるので楽ですよね。お土産は空輸しますし、適当にアチラの硬貨でも見せておきましょう」





「……パスポートのハンコは」

「偽造です。よい子は真似しちゃいけません」

「……もういいよ」

 叶湖の流れるような回答に、ついにゆとりが折れて項垂れた。

「海外に行く予定はありません。あったとしても密入国ですので、パスポートの正当性なんて関係ありませんよ」

 にっこりと叶湖が捕捉するのを聞いて、ゆとりが天を仰ぐ。

「僕が、よからぬハプニングに陥ることがあったら助けてほしいよ」

 そういうゆとりは、希望進路を帝都大学の医学部に定めている。直の出身大学である、医学部の最高峰だ。





「お医者さんがあまりハプニングに見舞われるのはよくないでしょうが、試験結果の改竄から、患者のカルテの改竄まで、お受けできますので、いつでもどうぞ」

「……頼りに……は、しちゃだめだよね、それ絶対」

「叶湖さんの例え話はいささか物騒すぎますからね」

「物騒? 何も、患者のカルテを入れ変えて、処置ミスを誘発できる、なんて言ってないじゃないですか」

「マジで止めてね」

「例え話です。無差別にやるほど、私も暇じゃありません」

 微笑む叶湖にゆとりは溜息しか出てこないが、彼女自身が言うとおり、情報を悪用した犯罪を愉快犯的に犯す人間でないという信用はあったので、ひとまずは安心する。





「……噂どおり、やっぱり外部受験するんだね。と、いうか、黒依が勉強してるってことは、ちゃんと受験するんだ。それこそ特意分野なのに」

 わざわざ実力で合格しなくとも、という趣旨の発言をするあたり、ゆとりも叶湖に毒されている。

「城咲の文学部程度なら、少し勉強するだけで黒依にも合格できるでしょうから」

「え、城咲にいくの? えーと、確か、近くの公立だよね」

「えぇ。せっかく黒依が今まで真面目に勉強してきたんですから、ちゃんと自力で合格できるんだということを、教えてあげたいじゃないですか」

「黒依がそんな感動するとは思わなかったし、叶湖がそんな気を回すとも思わなかったよ」





 ゆとりの暴言ともとれる言葉に黒依は苦笑する。ここでも、叶湖と波長の合う人間に対しては、やはり、いきなり噛みついたりしないのが黒依である。

「言われるとおり、僕も特に拘りはないんですけど。せっかく3年間、優等生を保ったのだから、受験も真面目にしてみては、というお言葉なので」

 真実は、前の世界でろくな勉強ができなかった黒依に、最低限の勉強をさせようと、叶湖が気を回したのだが、前世の話はごまかしておく。





「確かにずっと特待生だもんね。それでよく学園が城咲を許したね、って感じだけど」

 納得させるのに脅迫的手段を使ったので、ゆとりの疑問も笑顔で流す。

「まぁ、白居さんの急な転校にもいろいろ噂があるしね……」

 最後の方は叶湖への敵意を隠そうともしていなかった白居である。特に、風紀委員として、生徒会と裏生徒会が揃う場にもよく居合わせていたゆとりが、2人と白居の間に何かがあったのだろう、ということくらいは簡単に予測ができるだろう。





「私が裏生徒会ですから、ある程度の噂は当然ですね。そして、その噂はどれも当らずとも遠からずといったところでしょう。裏生徒会の存在を明確に認識していない生徒も、化学部の怪しい噂くらいは耳にしているでしょうし。そのうち、次は自分が狙われるんじゃないか、なんて怖がって、噂も消えていくことでしょう」

「こわいこわい。そこに黒依も入ったっていうんだから、今年も平和にはならないねぇ」

「事件さえ起きなければ、裏生徒会はただの茶飲みクラブですよ」

 叶湖の笑顔に、そうだといいけど、と言い残して、ゆとりは医学書が並ぶ奥の本棚へと消えていった。





「事件が起きなければ、ね」

 そんなゆとりを見送って、叶湖が意味ありげに呟く。

「なにか、起こりそうなんですね。僕が感じる限り、不穏な空気はないんですけど」

「そうでしょうね。たかが学園内のいざこざ程度、私の危険に直結するわけがないんですから、アナタのアンテナには引っかからないでしょう。それに、起こりそう、ではなく、既に起こっているのです。……場所は中等部ですけどね」

「中等部?」

 なぜ、中等部の話が出たのか分からない、といった顔で黒依が首をかしげる。





「中等部裏生徒会長が少し手間取っているようです。なかなかに素質はあるんですけれど、さすがに万能ではないのでしょう。要請があれば私たちも出動です。黒依も初仕事になるかもしれませんね」

「荒事だといいんですけれど。僕もお役に立てるので」

「確かに、情報だけで解決してしまうと、黒依と篤の無駄ですからね、この2年は学外での喧嘩の揉み消しだの、下位クラスの喧嘩の鎮圧だの、退屈な事件が続いていました。そろそろ、裏生徒会として大仕事が欲しいと思っていたところです。まぁ、今回もそこまで派手な事件ではないのですけれど」

 叶湖が楽しそうに口の端をつりあげる。





 果たして、中等部裏生徒会長が、高等部裏生徒会の幹部連中が揃って修学旅行に行っていないとの噂を聞きつけて、助けて欲しいと乗り込んできたのは、その3日後のことだった。



次は裏生徒会のお仕事編です。

(纏めらずに2話にまたがります)

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