3年生篇① 未来
彩藤叶湖:高校3年(17歳)。化学部部長
桐原黒依:叶湖の幼馴染。化学部員。
宮木 篤:叶湖のクラスメート。化学部副部長
4月。出会いと別れの季節である。
叶湖と黒依は、何の問題もなく最高学年へと進級していた。
進路については、学校にも各人の保護者(叶湖の場合は兄2人)にも、変えるつもりはないのか、と何度も説得されたが、2人が意思を変えることはない。
むしろ黒依に至っては、高校生活の中でストーカー化した生徒に面倒をかけられたため、外部受験を試みたのだと、学校側に責任を押し付け、2人の志望校についての口止めまでしていた。
もっとも、黒依の言うことも嘘ではなく、隙あらば、黒依の後をつけようとしたり、靴箱に熱心なラブレターを入れようとしたり、机や持ち物に触ろうとしたり、執拗にプレゼントを押し付けようとしたり、と、そういう被害は大なり小なり実際にあったのである。
黒依の俊敏さと、叶湖の情報力、そして2人の隙のなさが、それらの犯行を未遂に終わらせてきただけで。
「に、しても。まさか恋人まで連れてくるとは……」
新学年になって早々、頭を抱えているのは篤であった。由ノ宮では、内部進学のものは、卒業するまで、それ以外のものは体育会系の部活であれば大きな大会が終わるまで、文化系の部活であればそれぞれが受験に問題ない範囲で、3年に進級した後も部活動を続けることが可能である。
裏生徒会も表向きは化学部であるので、叶湖は当然のように活動を継続しているし、同時に裏生徒会長も変わらず務めている。篤も当然、副会長のままだ。
そこに、今年からヒラ部員として黒依が入部してきたので、篤はやりづらくてしょうがないのだろう。
一方で、白居に続いて黒依と叶湖まで抜けてしまった今期生徒会は、しょっぱなから嵐が吹き荒れているというが、そんなことは今はもう生徒会を去った2人にとって興味がない。
黒依が生徒会長を辞したことで、外部受験の噂がたっているが、黒依の本性を知らず成績だけ見ていれば、最高難易度の大学でも受験するのだろう、とでも勝手に誤解してくれることだろう。まさか、規模だけが大きい、偏差値も良くも悪くもない、何の変哲もない大学を受験するつもりだとは、夢にも思っていないに違いない。
「あら、事情を知る篤には、あまり恋人という名称は使ってほしくないのですけど」
「分かってるよ。別れることが先にあるような関係は嫌なんだろ。でも、そう表現するのが一番楽じゃねぇか、他にどう言えって……」
「犬。ペット。或いは番犬」
「……そうかよ」
叶湖が並べた選択肢に篤が唸る。
「叶湖さんに、そういった意味でのちょっかいをかけない限り、特にお邪魔はしませんから、気にしないでください」
前の世界でも、叶湖がどこからともなくひっかけて来た変人が、常に叶湖の周りにあったのだ。さすがに、それを邪魔だと一刀に切り捨てては、なにより叶湖の機嫌を損ねる。よくも悪くも、そういった人間は叶湖のビジネスパートナーになり得るからだ。
「篤は志望校、どう書いたんです?」
「すっかり調査が終わってから聞くのな。終わる前に、教えてくれてもよかったのに」
「私がどこへ行っても、アナタにはちゃんと私の居所を連絡するつもりだったので。仮初に数年だけ通う大学を同じにする必要は、今さらないでしょう?」
「まぁ、そうだけど。っていうか、俺は大学いかない選択肢もあるんだけどな」
「あら、また、どうして?」
篤も一応、未だAクラスの末席をキープしているのだ。ついに3年になっても、最優秀クラスからの脱落はなかった。頑張れば、今からでもそこそこの大学に入るのは簡単だろう。叶湖は不思議そうに篤を見つめる。
「健治さんが、不良の王を引退しようかな、って。そろそろ、さすがに真面目に稼ごうか、って言っててさ。俺も一緒にどうだ、って」
「へぇ。なにをするって?」
「探偵だって。コネクションは既にいろいろあるから、街の面倒引き受ける感じの」
「それ、今とあまり変わりませんね」
「まぁ。でも、街の薄暗いところだけじゃなく、表向きにもちゃんと仕事をとって、稼ぎの幅を広げたいんだとさ。浮気調査なんて眠い仕事もあるけど、なんて不機嫌そうに言ってたよ」
それを手伝うことも考えている、と篤が呟いた。
「なるほど」
「ま、確かに探偵って言や、浮気調査するにも張り込みの交代要員がいるし、健治さん1人じゃ無理だろうから、手伝いたい気持ちもある」
「でも、本当に1人でするわけじゃないでしょう?」
「頭が回ったり、腕っ節があったり、目ぼしい人間にはひととおり声かけてるみたい。俺もその1人ってわけ。もちろん、頭が回って、腕っ節があっても、客を威嚇するようなヤツは切ってるけど」
「健治さんのコネクションがあれば、正式に雇わなくても、臨時の人手くらいは大勢あつまるでしょうね。ところで、私のところにはお呼びがかかっていませんが、客を威嚇するように思われているんでしょうかね」
「探偵なんてする気ないくせによく言うぜ。健治さんは、最初から叶湖と情報のやりとりを計算に入れてるさ」
「私にとっても有難いことです。自分が暮らす街を隅々まで把握するには、電子の情報だけでは足りませんから」
「表世界から消えても、当然連絡をとるんだろ?」
篤の問いかけに、叶湖は微笑んで、えぇ、と頷いた。
「それなんだよな」
そんな叶湖の笑顔に篤が表情を曇らせる。
「それ、とは?」
「俺も、叶湖とちゃんとしたビジネスパートナーになりたいと思ってる。ってなりゃ、探偵は1人で十分だろ? 俺は別の方向から、叶湖に利せるようになりたい」
篤の言葉に叶湖は嬉しそうに頷く。
「それで、どうすればいいか、まだ悩んでる。大学に入って自分のコネクションが広がった後で、その中でいい道があれば、そっちに進もうかなんて」
「そうですね。まぁ、大学、特に文系学部への在籍をモラトリアムだと表現する人間もいるくらいです。篤がどんな道へ進もうと、特に目ぼしい道がみつからなかろうと、アナタであれば、きっと面白い結果になると思うんです。別に私のために、などと考えずに好きな方へ進めばいいんですよ」
黒依がサーバーから入れた珈琲を啜りながら、叶湖は足を組み替える。
「黒依など何も考えずに、唯々諾々と私についてきているだけですからね。私は、自分と波長さえ合えば、利害関係なんて考えません。私と全く同じ道を進む人がいない以上、その人の話はいつでも新鮮です。そんな話の交流を持つことが、それが私の楽しみですからね」
「それ、情報屋の話?」
「あれ、言ってませんでした? 私、そのうち喫茶店を開く予定なんです。完全紹介制。私と波長の合う方しか入れない、そんな秘密の喫茶店をね」
予定、といいながら明確なビジョンを話す叶湖に、おそらく、その実現が近いんだろう、と篤はなんとなく考えた。
叶湖は利害関係など求めないと言った。それでも、好いた女の力になりたいと思うのが、男の性である。篤は幸せそうに珈琲を啜る叶湖を見ながら、自らの進路に思いを馳せた。
3年生編が始まりました。
次は修学旅行編(閑話)です。
1話をはさんで、久しぶりの裏生徒会出動です。
恐怖症(叶湖さんと黒依の出会いのお話)の連載を始めました。
よろしければ、合わせてどうぞ。
(http://ncode.syosetu.com/n7443dp/)