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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第六章 高校2年篇
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2年生篇⑨ 本性

彩藤叶湖:高校2年(17歳)。化学部部長、生徒会書記

桐原黒依:叶湖の幼馴染。生徒会長

白居末明:叶湖のクラスメート。生徒会副会長


※暴力表現注意です。

 黒依を番犬と称した叶湖に、白居が未だ困惑の表情で青くなる。

「犬? なにそれ、そんなこと……」

「あら、まだ自分の見ているものが信じられない? 本当に、育ちのいい人間は」

 面倒くさい。そんな本心を隠しもしないで、叶湖が笑う。





「1回、鳴いておきます?」

「……わん?」

「な、にしてるの、黒依くん、恥ずかしくないわけ? こんなことが学校中に知れたら、アナタ、大変なことに……」

「なに言ってるんですか、別に僕、叶湖さんの犬であること隠してないですよ。今まで聞かれていないから言っていないだけで」

 当然である。どこに、アナタは犬ですか? などと聞く人間がいるものか。





「それに、恥ずかしいなんて。また、叶湖さんに僕だけの名前を呼んでもらえて、叶湖さんに構ってもらえて、これほど嬉しいことがあるはずないじゃないですか。ここに、アナタがいなければ、これ以上ないほど幸せなのに。あぁ、でも、アナタのことで、ここ最近、叶湖さんはワクワクとされていたからか機嫌もよく、僕にも構ってくださいましたから、その点では感謝しないといけないのかもしれませんね」

「今日のやり口で帳消しですから、感謝などいりませんよ。と、まぁ、ポチの幸せはおいておいて。……隠していないことについては、確かに私もそのとおりですね」





 叶湖が許してからの黒依は叶湖に忠実であった。登下校の際の荷物持ちはもちろん、移動教室の誘導や、叶湖はその持病から見学となっている体育の時間の日避けのセッティング。叶湖が忙しい時は、その昼食の準備まで、その甲斐甲斐しさには、なにも気にするなという方が難しい話である。

 さすが、品のいい上位クラスの中では、お姫様と召使だとか、姑に頭のあがらない入り婿だとか、よく分からない例えで噂されていたことは、当然、裏生徒会の叶湖の耳にも届いている。





 それを言えば、下位クラスはもっと直接的で、ご主人さまと犬、という正解を導きだした噂が大半を占めていたので、叶湖も篤も面白がって火消しどころか、逆に薪でも投入するような扱いをしてきた。

 それだけした甲斐あって、そろそろ、その噂は上位クラスにも届き始めたというのに。白居の耳には入っていないのか、入っていてなお、実際に目にしたものが信じられないのか。





 しかし、一縷の望みでもすがりたいのだろう白居の心情を、黒依は無情にも切り捨てる。

「それに僕、放し飼い中の自業自得とはいえ、勝手に理想像おしつけてくる連中、邪魔なんですよね。……あぁ、その筆頭はアナタでしたね。わざわざ訂正して回る気も起きなかったんですが、噂を広めるというなら、僕へのお詫びに鬱陶しいとも伝えてくれません? あぁ、お詫びがあったとしても、許すか許さないかは僕の気分で決まりますが」

「アナタの気分ではなく、私の気分です。……そもそも彼女がこの先、噂を広げられる程度の期間さえ、この学園で生活を送れるかどうかは、分からないんですけどね」

「……あぁ、そうでした」

 叶湖の言葉に、今思い出したように黒依がポン、と手を打った。





「ポチ、彼女、武器は?」

「……叶湖さんに同じく、真に残念ながら、皆無です」

 服の膨らみ、裾の揺れ、歩いた時、立った時の重心の位置などから、相手の武器の所持を的確に把握できる黒依に叶湖はそれはもう、深く深く溜息をついた。

 ちなみに、叶湖も相手の武器の所持については、黒依と同じ理由で目がきく。一縷の願いを黒依に託したが、その希望は叶わなかったようだった。





「どうします?」

「……非常に、非常に残念ですが、この場で彼女にできることは、もう私にはありません。興ざめです。アナタがしたいなら、ご勝手に?」

「叶湖さんに同じく、です」

 それはもうキレイな笑顔を浮かべて残念だと吐き出す叶湖に苦笑して、黒依も同意する。

 そのまま身を翻そうとした叶湖が何かに気付いて振り返った。





「そういえば、まだ方法がありました。ほら、アナタが階段の上段で、私は下段。私の下にはまだ15段ほど残っています。どうです? このまま背中をひと押しでも。あぁ、違いました。どうせなら、後頭部を狙いたいですよね。では、私はアナタの方を向いてますから、さぁ、どうぞ」

 そんなことを言われて、はいそうですか、と押せる人間がいれば会ってみたいものである。当然、白居は下ろしたままの手を握り締めて叫んだ。





「アンタ、狂ってるわ! 黒依くんは狂った女が好きなの!? 私は今にも頭がどうにかなりそうよ! このまま狂えば、黒依くんは私のものになってくれるの!?」

「まさか」

 白居の慟哭にも、ただあり得ない、と言う風に黒依が溢す。

「僕が、叶湖さんの狂気に堕ちた、という点では正解です。さすがに理解してもらえたようで助かります。で、アナタは僕にどんな狂気を向けてくれるんですか? 僕の心をズタズタに引き裂いて、心の底から絶望させた上で、それを真綿でくるむように抱きしめて愛を語ってくれますか? 僕を何も見えないような暗闇につき落として、その中で唯一の光がアナタだと思い込むように導いてくれるとでもいうんですか? なにより、既にこれほどまでに狂っている僕を、その程度、と鼻で笑えるような狂気がアナタに備わっているとでも?」





 黒依の嘲り混じりの言葉に叶湖はその隣で首をかしげる。

「アナタも最近、耐性がついたのか、私、そこまで酷く苛めるのが難しいのですけど。やっぱり被虐趣味があるのなら、もうちょっと頑張った方がいいんですかね」

「すみません、物の例えです。今くらいの飴の多さも大歓迎です」

「飴、過多でしたか。では、少しずつ減らすことにしましょう」

「それも、大歓迎ですけどね」





「ようするに、ですね」

 叶湖がそこで何かを思いついたようにニッコリ笑うと、白居に近寄るように階段を何段か上った。その場所で膝をついたままの黒依を振り返る。

「命と頭は守りなさい」

 それだけ言うと、何の遠慮もなく黒依を蹴り落とした。

 黒依は何の抵抗もせず、受け身すらとらず、ただ、言われたとおり頭だけは守って、ごろごろと階段を転がり落ちる。

「っっ、ぐぅっ!」

 衝撃に息すら詰まったのだろう、何の声も発さないまま、どさり、と踊り場の壁に強かに体を打ちつけて、そのままその場に倒れ込んだ黒依が小さくうめき声をあげる。





 その様を目の前でまざまざと見せつけられた白居が、声をあげることもできずに、その瞳が零れるかと思うほどに見開いている。

「なに、を」

 一拍経って、ようやく現状が掴めた白居が、自分の体を抱きしめるように手を交差させて肩を抱いた。その手が震えているのが容易に見てとれる。

 そんな白居を気にもしないで、叶湖が振り返ったままの姿勢で口を開いた。

「ポチ、ハウス」





「は、い」

 肋骨でもやられたのか、息をするのすら辛そうに、少し前かがみになりながら、黒依が叶湖の側まで階段を上り、先ほどと同じ位置でもう1度膝をつく。

 パンッ、とその頬を勢いよく叶湖がはたいた。

「声が小さい。……なんなら、やり直しますか? ……あぁ、いえ、これ以上、第三者に見せるのも興がそがれますね。邪魔になる。お仕置きは帰ってからにしましょう。立ちなさい」

「はい」

 痛みなど感じさせないようにまっすぐと立ち上がって叶湖の横に並んだ黒依に、脂汗か、僅かに湿ったその首筋を、叶湖の手が滑る。

「……」

 無言でそんな叶湖を見下ろした黒依の瞳に先ほどまでなかった熱を見てとって、叶湖は笑顔で息をついた。





 少しいじめると、これだから困る。

「帰って遊びましょうか、ポチ。先に、お仕置きですけれど」

「はい、喜んで」

 そして今度こそ、立ちつくしたままの白居には見向きもしないで、二人で身をひるがえし、そのまま学校を去ったのであった。





 その翌日から不登校になった白居は、その不登校の間に、政治家である祖父の汚職が明るみに出、学校中の噂を避けるように、1度も登校することなく、転校することになる。

 その後、名家と呼ばれた白居家が、他の名家に付き合いを断たれ、没落の一途をたどるのは、まだ、叶湖たちが知らない未来の話である。


黒依ファンの皆さまゴメンナサイ(土下座)

今まで文字にはおこしてきませんでしたが、2人の日常はこんな感じです。

次は2人のシーンです(ノクターンほどにはなりませんが・・・)

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