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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第六章 高校2年篇
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2年生篇⑧ 番犬

彩藤叶湖:高校2年(17歳)。化学部部長、生徒会書記

桐原黒依:叶湖の幼馴染。生徒会長

白居末明:叶湖のクラスメート。生徒会副会長

「彼女はどこにいると思います?」

 校舎を振り返った叶湖に問いかけるように、黒依が呟く。

「どこまでいっても、平凡なお嬢さんのようですからね、私を置いて帰る度胸はないでしょう。彼女が私を困らせるつもりで、ある程度の時間を潰すとしたら、生徒会室が一番でしょうね。なにより、アナタという邪魔ものの監視もできますから」

「なのに、そこに、いたはず僕がいない」

「えぇ、そう。一旦は生徒会へ戻った彼女が、アナタの不在を知って向かう場所は?」

「もちろん、屋上、でしょうね。……と、いうことは?」

 黒依が苦笑して叶湖を見る。





「せっかく降りてもらいましたけど、戻ります」

「……なんで降りたんですか」

「自慢したいでしょう? ちゃんとご主人さまを連れて逃げ出せる番犬のこと」

 呆れたような黒依に叶湖が笑えば、いっきに黒依の機嫌がよくなったのが分かった。

相変わらず、簡単な犬である。






 いまだに嬉しそうな黒依を連れて、屋上へと向かう階段を上がる。

 もうすぐで屋上、という頃になって、慌てたように屋上から駆け下りてきた白居とはち合わせた。

「あ、なた……どうして?! 私、ちゃんとアナタを確認してから……」

「確認してから、なんですか?」

 焦ったように声を荒げる白居に、冷たい声で問いただしたのは叶湖ではなく、黒依であった。先ほど機嫌が良かったのが嘘のように、今は冷気のように冷たい殺気を身にまとっている。





 叶湖からすれば激しく迂遠であったが、もちろん、黒依がおらず、叶湖が屋上に閉めだされていたままであり、かつ、白居にその覚悟があれば、叶湖が例にあげた方法で、叶湖の命を危険に晒すことなど簡単であるのだ。

 もっとも、情報戦で負けるはずのない叶湖が、自分がそんな状態である情報を、誰にも伝えられずに、閉めだされたまま大人しくしているわけはないだろうが、それでも。

 黒依にとってすれば、白居は紛うことなく、叶湖の命を危険に晒した怨敵であった。





「どうして? 黒依くん、たしかに生徒会室に……」

「そうそう、それ。気に入らなったんですよね、誰が、僕のこと、名前で呼んでいいっていいました?」

「黒依、いまさら、それ、いいます?」

 機嫌が最底辺な黒依がボヤくが、あまりの今さら加減に叶湖が苦笑する。苦笑しながらも、ちゃっかり黒依の名を呼んで見せるのが、さすが、叶湖であったが。

「どうして……」





「それにね、私、思ってたんですよ」

 茫然して、確かな言葉も紡げない白居を無視したように、叶湖がぽん、と軽く手を打った。

「確かに、黒依の名前は、いまはそりゃもう、格安セールくらいに、誰でも呼んでいますけど。そういえば、あなた、もう1つちゃんと本名があったでしょう?」

 いたずらを思い付いた子供のように無邪気に笑う叶湖に黒依が何かに思い付いて、嬉しいような、呆れたような顔を浮かべる。





「今度からは、そっちを誰にも呼ばれないようにしましょう?」

「お望みのままに」

 それでもしっかりと頷き返す黒依に叶湖は機嫌よさそうに口の端だけで笑う。

「なによ、なんなのよ! どうして、上手くいかないの!? 頑張って勉強して、生徒会にも入って! なのに、後から出てきたアンタが、私から黒依くんを奪っていくなんて! アンタみたいな、ちょっと頭がいいだけの地味な女!」

「……さて、どこから訂正しましょうか」

 叶湖が困ったように首をかしげる。




 そんな叶湖のために、黒依が白居の言葉の訂正を始めるべく口を開いた。

「まず、僕、アナタのものになった記憶がないんですけど。あ、それと、また、下の名前で呼びましたね。……と、思いましたが、もう、その名前、どうでもいいので、呼んでもいいですよ。なんならあげます」

「あげちゃ駄目ですよ。御家族や、他の人が呼べないでしょう」

「……そうでした。僕、生まれる前から、叶湖さんのものなので。一瞬たりとも、他の誰かのものになったことはありませんし、なってもいいと思ったこともありません」

 黒依が厳しい視線を白居へおくる。




「あと、叶湖さんは頭脳だけじゃありませんよ。ご家族の資産も、ですが、個人で所有している財産だけでも、アナタとは比べものになりませんし、お料理も上手です。人にはない才能にも恵まれていますし、なにより、僕にとっては誰よりも魅力的です。地位や名誉も、彼女が嫌いだから持っていませんが、手に入れるのは簡単です。……あ、趣味はちょっとだけ悪いですけど」

 おそらく、猟奇殺人のことだろう。黒依が猟奇殺人の被害者にすら嫉妬するのはよく分かっているので、叶湖は苦笑だけを浮かべる。





「なによ、生まれる前って、そんなの、おかしい……」

「おかしくないですよ。だって、私、この子の人生ふたつ分のなにもかもを、すべて握っているんですから」

「なに、それ。運命の相手とでもいいたいわけ? 付き合ってもいないくせに、そんなこと……」

「運命の相手? 恋人? そんな不確かな存在になる気はないですよ。昔も今も、私とこれの関係は変わりません」

 叶湖の言葉に白居がぐっと唇をかんだ。

「どういうことよ」







「……ポチ、おすわり」

「はい、叶湖さん」

「は……?」

 叶湖の横、黒依が静かに膝をついて、叶湖を見上げた。それは、映画の中の騎士がお姫さまに向けて取るような恭しい姿。

「お手」

 黒依が叶湖の手を取って、宝物でも扱うように、大切に口づけをする。それに、よくできました、とでもいうように、叶湖の手が黒依の頬をすべり、そのまま喉をくすぐった。

 暗殺者であれば、絶対に他人に触れさせないだろう急所を撫でられているにも関わらず、黒依は蕩けた表情を浮かべる。

 そんな様子に、白居は真っ青な顔をして2,3歩しりぞいた。




「なに、あんたたち……」

「あれ、今、呼んだじゃないですか。ねぇ、ポチ?」

「えぇ、叶湖さん」

「それとも、白居さんにとってのメジャーな名前は、シロでした? あ、どこかの銅像から、ハチの可能性もありますね。コロなんかもありましたっけ。まぁ、今となっては呼び慣れてしまったので、ポチ以外を名づける気はありませんが」

 叶湖に膝まづいたままで、黒依がゆったりと微笑む。それを見てから、もう1度、叶湖は白居に向かい合った。その、理解の遅い頭に語りかけるように、ゆっくりと説明する。





「これは、私の犬。少し放し飼いをしていた間に、手なづけた気になっていたようですが、これは根っからの狩猟犬で、懐かせるのはなかなかに大変なんですよ。それに、一度懐くと絶対にご主人様を裏切らない。番犬にはもってこい、でしょう?」

 それはそれは、キレイな笑顔で嘯いた。


黒依、ポチになるの巻。

白居末明(一般の感覚)が拒絶する、それが、叶湖さんと黒依の世界です。

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