表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第六章 高校2年篇
44/60

2年生篇⑥ 忠言

彩藤叶湖:高校2年(17歳)。化学部部長、生徒会書記

桐原黒依:叶湖の幼馴染。生徒会長。

宮木 篤:叶湖のクラスメート。化学部副部長

大里ゆとり:風紀委員会、副委員長

「会長、お客様がいらしてます」

 白居を煽るだけ煽った2日後、叶湖が化学部の部室で篤と寛いでいたところに、扉の外から声がかかった。もちろん、化学部とは仮の姿。本質は裏生徒会というだけあって、扉には防音加工がしてあるので、正しく表現すれば、扉に付いているインターホンから、と言った方がいいかもしれない。





 叶湖が篤とタッグを組んでからというもの、学園の問題といえば、おおよそ2人だけで解決できてしまい、例えば人手がいるような物探しや人探し、情報戦等は、叶湖の得意分野ということもあって、2人以外の部員がほぼ、置物と化してしまっている。

 もっとも、仮の姿とはいえ、化学部の名をつけているからには、それっぽい実験やその結果の分析なども行っており、その成果は全国からその分野の学生が集まる場で発表されたりもしている。

 叶湖と篤はといえば、割り切りのいいのもあって、他の部員にわざわざ仕事を与えてやる、ということもなく、2人でやってしまった方が早いことは、2人でやってしまう。後進育成というのは、なかなか手間のかかることなのだ。篤はともかく、叶湖がやろうとするはずもない。





 噂によれば、叶湖の後に中等部で裏生徒会を牛耳ることになった生徒は人の使い方がうまいらしいので、問題ないだろう。叶湖はといえば、その生徒に対しても、簡単な引き継ぎと、膨大な資料の他は、不良の王こと、須賀健治にわたりをつけてやったくらいで、もはや顔すら覚えていない。







 それはそうと、そもそも裏生徒会の存在すらあやふやな学園で、わざわざ2人を訪ねて来る客がいるのは珍しいことであった。

 叶湖は客人が黒依ではないことは分かっていたので、残る選択肢は1人だろう、と名も聞かずに扉をあける。

「めずらしいですね、ゆとり」

「久しぶり、きょーちゃん」

 クラスが文理別に分かれて以来、自治組織の会合以外ではなかなか会うこともなくなったゆとりが、仮面の笑顔で笑っていた。





「めずらしいですね、私に話があるにしても、ゆとりがここを訪ねてくるなんて」

「いるのは宮木くらいだし、素で喋ってもいいかな。……叶湖も接触されたみたいだけど、最近、菱本の監視がきつくてね。ここなら、邪魔は入らないし、彼が僕を追って来ても、部屋に入れなきゃすむ話でしょ?」

 叶湖と宮木が並んで座る向かい側のソファに腰かけて、鬱陶しそうに菱本の名を出したゆとりに、叶湖が笑う。

「菱本って、叶湖のとなりに座って、叶湖と黒依をガン見してるヤツだろ? こないだ、廊下で話してたって情報は、ただの噂じゃないわけか」




 教室の様子を思い出したのか、篤が溜息をついた。もちろん、篤がガン見、といった表現は真実ではない。本当にじっと見つめられていては、さすがにクラスの他の人間も不気味がるだろうし、教師だって放ってはおかない。

 ただ、クラスに埋没している割に、その意識が叶湖と黒依の2人に向いているだけである。もっとも、2人からしてみれば、その鬱陶しさはガン見という表現であながち間違ってはいないため、訂正はない。





「わざわざ、彼についての忠告を? 同じ風紀委員の友人かと思っていました」

「嘘ばっかり。2人でつるむことが多いのは否定しないけど、仲良くはないよ。彼は僕の素に間違いなく気付いているし、僕、僕の素に気付くような腹に黒いものを抱えた人間とは仲良くしない主義なんだ。利用しにくいから。……あ、叶湖は別だけど」

「……キレイな顔して、おっかねぇな、お前」

 ゆとりの言葉に篤が呆れたように呟く。2人は風紀委員と裏生徒会員という関係で面識こそあり、叶湖という共通点もあるが、そこまで親しく会話をしたことは、それまでなかった。篤も、ゆとりの素に気付いてこそ、笑顔で他人を利用すると言って見せるのには呆れも浮かぶのだろう。……そういう篤も、決して直情的なだけではなく、搦め手も得意とするので、叶湖はといえば、どっちもどっちだろうと思わなくもない。

 そしてもちろん、この3人で一番タチが悪いのは、叶湖であることに変わりはない。





「それから、残念ながら、彼のことについては、そんなに忠告もできない。狙いは黒依だとは思うし、黒依を傷つける目的で叶湖も、その狙いに含まれていることは分かるけど、彼も一筋縄じゃいかないタイプだから、どんな手をとってくるかは分からない。まぁ、そこまで叶湖を心配しているわけじゃないから、僕が危険を冒して情報をとってくる、っていうのをする気もないしね」

「あら、酷い」

「俺や大里に心配して欲しいってんなら、人格から変える必要があると思うぜ」

「人格が変わった私を心配してくれるんですか、2人とも」

「俺は無理」

「僕もー」

 



 コテン、と首をかしげた叶湖に、2人は揃って否定した。その反応に、叶湖はくすくすと笑いをこぼす。

 言葉上はともかく、篤は何かと叶湖を心配している。荒事も多い裏生徒会に活動を知るから、と言ってしまえば簡単だが、篤はその辺りの人間味が、叶湖を囲む非凡の人間の中では随一なのだ。見た目は1番の荒くれ者のくせに。

 反面、ゆとりは、叶湖と黒依の能力を測りきれないまでも想像して、それ相応の相手でなければ心配の必要はないし、それ相応の相手であれば、ゆとりが心配したって何の足しにもならない。そういう割り切りのよさを持っているのだ。

 どちらがいいも悪いもない。叶湖にとっては、ただ面白いだけである。







「菱本壱緒は決して直情型じゃないし、彼は暴力で何かを解決するような人間じゃない。搦め手でもって、外堀からじわじわと獲物を追い詰めていくタイプだと思うんだけど。叶湖を相手取るっていうなら、避けるべき手法だよね。たかだか十数年生きただけの生徒が、叶湖相手に迂遠な方法で勝てるわけないし。……叶湖に勝てるとすれば、黒依を出しぬいた隙に、暴力で攻めるのが1番だから。まぁ、僕には黒依を出し抜く方法が分からないけど」

「随分と消極的で」

「叶湖が言ったんでしょう? あれの狂気に、僕らは叶わないって。まだ黒依の狂気ってのがどんなものか、肌で感じたわけではないけど、叶湖がそれでも黒依を選んだんだから、まともじゃないんだろうな、て予想はついてるよ」

 ゆとりが残念そうに肩をすくめる。冷静で狡猾なタイプだからこそ、感情はともかくとして、直観的に、叶湖に手を出すのは不味いと気付いているのだろう。





「あらそれって、黒依よりも私の方が狂ってる、みたいな言い方じゃありません?」

「叶湖が狂ってるから黒依が狂ったのか、その逆なのか、にわとりたまごみたいな議論を交わす気はないけど、似た者同士だとは思ってるよ。僕も宮木も全部ひっくるめて、趣味はよくないよね」

「勝手にひっくるめるな。同意はするが」

「だから、今日、僕が来たのは、菱本の件じゃなくて、白居末明の件だよ」

 顔をしかめた篤を放置して、ゆとりが叶湖に笑いかけた。







「あら、それこそ、ゆとりに心配されるとは思っていませんでした」

「まぁ、明らかに叶湖が暇つぶし半分で煽ってるのは分かるしね」

「あんなお嬢様に叶湖がどうこうされるかよ。それこそ、黒依が放っておかねぇだろ」

 篤の言葉にゆとりも同意するように頷く。

「まぁ。ただ、風紀の耳にも、人が変わったみたいだ、て噂が入ってくるくらいだからね。菱本みたいに、理性でもって相手をやりこめようとするタイプに比べて、直情型の方が叶湖は苦手でしょう? 何をしてくるか分からない、て点で」

 ここ2日、白居はそれまでの性格が嘘のように、やつれ、ふさぎこんでいた。





「本当に。はやく手でも武器でも出してくればいいんですけど。この長い待ち時間が、彼女が用意周到に私をやりこめる準備をしているのだとすれば、どれほどよいか。ただ、お嬢様がお嬢様の枠を踏み越える覚悟の時間を、こうも長々と待つことになるとは」

「人はそう簡単に人を傷つけられないよ。まぁ、イジメみたいな例もあるけど、一応、育ちのいいお嬢様だから。それに、多分、直接的に攻撃の手段をとってくるでしょ」

「それも1人で、な。こういう時こそ、女ってのはつるむもんだと思ってた」

 篤が分からネェな、と肩をすくめる。





「無邪気に人をいじめよう、というのに賛同する人間はいても、気軽に人を殺そう、といって賛同する人間は少ないですからね。それでも、真綿の嘘にくるんで、お友達を作らないあたり、好感は持てます。で、なければ、こんなに待っていませんよ」

 白居は友人連中と徒党を組むこと無く、単騎で叶湖を相手にするようだ。どんな方法を使うかは知らないが、直接的に人を傷つける覚悟をするのに、時間を要しているらしい。叶湖にとってみれば、もちろん、まったく理解できない感傷である。





「白居が、叶湖を殺すつもりで迫ってくるって? また冗談を」

「残念ながら、殺すつもりにはなれないでしょうね、今の様子を見ていると。……残念です。相手にその気がないと、黒依がその気にならないのに」

 黒依は人を殺せる人間ではあるが、暗殺者は廃業しているのだ、一応。今となっては、その刃は叶湖の敵にのみ振るわれる。だから、ただ甘噛してきた程度の小娘を殺すのは、おそらく気がのらないだろう。

 白居がどこまでも生ぬるい方法をとってきたら、黒依の刃は向けられない。もっとも、最初からそれを計算に入れて、直接的には殺さない方法をとることは決めている。







「なんだか、叶湖と話してたら白けてきちゃった。万が一があっても、叶湖、それすら楽しみそうだしね」

「アナタが言ったんですよ、私が苦手らしい直情的なタイプでも、黒依を出し抜いた隙でないと、私に迫れない、と。この学園の生徒の中に、それが可能な人間がいるとでも?」

「全世界を探してもいないかもね」

「あれは私の最終防衛ラインですから、やすやすと越えられては困りますよ」

 叶湖の言葉になぜか篤が溜息をついた。





「ノロケやがって。やっぱり、なんだかんだ、叶湖は黒依の存在だけじゃなく、その武力もアテにしてるんだな」

「それは言わないお約束、でしょう。特にアレに直接言わないでくださいね。もっとも、アレがいないならいないで、安全な方法を取りますよ。たまたま、手の内にあるから、利用させてもらうだけ」

「あー、ハイハイ、ゴチソウサマ。なんか、俺、大里と語りあいたい気分だわ」

「普段ならお断りだけど、今日ばっかりは相手してもいいかな、と思うよ」

 叶湖のキレイな笑顔に、篤とゆとりは呆れた表情で席をたった。







「あら残念。……あー、早く覚悟を決めてくれませんかねぇ」

 残された部屋で、ぽつり、叶湖はひとり、クスクスと笑う。

 白居はきっと、菱本よりもかなり直接的方法で、しかし確実に叶湖を陥れて来る。

 だからこそ、叶湖は待ちわびたその日に、想像もしない悲劇が起こるとは思ってもいなかった。



閑話な談話。

最近、影の薄い2人とも、もちろん仲良し。


化学部の他の部員や後輩たちが登場しないのは、作者の怠慢ではなく、叶湖の怠慢が理由(多分)。

あ、それから、作者は見え見えのフラグが嫌いです()

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ