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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第六章 高校2年篇
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2年生篇⑤ 投石

彩藤叶湖:高校2年(17歳)。化学部部長、生徒会書記

桐原黒依:叶湖の幼馴染。生徒会長

白居末明:叶湖のクラスメート。生徒会副会長

菱本壱緒:叶湖のクラスメート。風紀委員


「怖いなぁ……。普段大人しいお嬢様が、キレたら何するか、分からないんじゃない?」

「あら、心配してくださるんですか? お優しいんですね」

「心配には及ばない……かな? さっきのやりとりを見ていても、キミならなんとでもなりそうだものね」

 笑顔で、まるで叶湖のことを知りつくしているかのように話す菱本にニッコリと、叶湖はキレイな笑顔を向ける。






「あ、機嫌悪い? おっかしーな、さっき白居さんと話してた時は機嫌よさそうだったのに。あれ、ってことは、俺のせい?」

「そう思います?」

「思う思う。ほら、俺、彩藤さんのこと気になっちゃって、よーく見てるから」

 叶湖の笑顔の秘密は知っているのか、その機嫌の降下を察した菱本が、それでも何がおかしいのか笑顔を見せる。





「あら、私を? アナタが良く見てるのは黒依のことだとばかり思っていました」

 叶湖が、菱本壱緒という男を「王子様」になり損ねた、ただの男だと思わない理由はそこにあった。

 片や風紀委員、片や生徒会としての関係はあれど、それ以外に接点のない2人。同じクラスではあるが、別段クラスメート以上の関係はないはずの2人が、しかし、菱本壱緒はまるで黒依を観察するように、ずっと目で追っているのである。

 それが、黒依を妬んでいるような男であれば、分かりやすい。黒依と叶湖が気にするまでもない小物であり、そもそも「王子様」に成り損ねることもなく、凡人の中に埋没していくのだろう。





 しかし、菱本は何をか、とても楽しそうに、黒依と、それからたまに叶湖を観察しているのであった。

「え、やだなー。彩藤さんには、俺の気になる人、ばれちゃってた? 彩藤さんも、ずっと見てたもんねー。桐原と付き合う前から。あ、よりを戻す前、かな?」

「アナタが男性に懸想するタイプの方だとは気付きませんでした。黒依はもともとそういったタイプに好かれる見たいですから、驚きませんけど」

 昔、叶湖の喫茶店に入り浸っていた生粋のゲイと快楽主義者のバイに、それはそれは狙われていたものだ。尤も、この2人でカップルが成立していたので、実際に黒依が襲われることはなかったが。





「ははっ、彩藤さんってそんな冗談も言うんだね。普段、宮木との掛け合いは夫婦漫才みたいで笑えたけど」

「それはよかった。あ、そうそう。私、あまり他人と話すのが得意ではないんですけど、用事がないなら、もう行っても?」

「そうだね、いくら生徒会室に居るとはいえ、どこで誰が見ているとも分からないし、あまりに構うと、彼に怒られてしまいそうだ」





 そんな風に嘯いた菱本に、叶湖はそれでは、とだけ告げて身をひるがえす。黒依を待つつもりが萎えてしまって、先に帰ると連絡してしまうことにする。何も告げずに勝手に帰るのは、黒依相手には無理だろう。

「放っておきましょう、今は、まだ」

 教室へカバンを取りに戻る途中で先ほどのやりとりを思い出す。未だ、何を躊躇っているのか、強硬手段をとろうとしない白居を焚きつけていた時の楽しさは、確かに奪われてしまったが、何か考えがあって、あえて黒依が居ない時に接触を図ってきたというのであれば、泳がせるのも楽しいかもしれない。

 それは、白居に見せるのと同じ、余裕からである。どうせ、一般人であり、凡人である彼女らが、黒依という一線を踏み越えて、叶湖に迫るのはそう容易いことではないのだから。











「なにがあったんです」

 その夕方、仕事を終えて叶湖の家にやってきた黒依は首をかしげた。

 なにか気に入らないことがあって、黒依を待つのを止めて先に帰ったはずの叶湖の機嫌が、そこまで悪いものでもなかったからだ。

「いろいろ楽しみがあって」

「白居さん、ですか。僕に少し遅れて、部屋に来た時、だいぶ荒れてましたから」

「でも、もうアナタにちょっかいかけたりしなかったでしょう?」

「そうですね、確かに。以前は、鬱陶しく話かけてきたのに」

 思い返すように、視線を宙に漂わせて呟く黒依に、つい、喉がなる。

 王子様時代からのことであるのに、ほんとうに。叶湖以外には容赦がない。





「そろそろ、ようやく、手を出してきそうです。せっかくですから、直前までは見守ってくださいね。私の前に立ちはだかった途端、アナタに沈められてはちっとも楽しくない」

「分かっていますよ。油断をするつもりはないですが、鍛えもしていない女子高生程度、アナタに肉薄してから対応しても間に合いますから」

 余裕そうに呟いた黒依に、叶湖は機嫌のいいまま、少しからかいたくなる。

「あら、頼もしい。身体が感覚に追い付かずに泣いていた頃とは大違いですね」

「……思い返さないでください。無茶に鍛えようとした挙句、アナタに捨てられたのは、いい思い出ではないです」

 叶湖の機嫌がいい笑顔に、黒依は眉尻を下げて情けない顔をした。叶湖に遊ばれていると分かってなお、懇願してでも止めてほしい話題らしい。

 それはそうだろう。叶湖は喉をくっ、と慣らして、許してやることにする。





「暇な毎日に、わざわざ投じた一石なんですから、それが小石程度でも、波紋は楽しまなくてはね。遊んだ後は、どこへ捨てましょうか」

 ただの小娘ひとり逆上させて、返り討ちにする程度、叶湖にとってみればただの退屈しのぎである。それでも、そうやって紛らわせなければ辟易するほど、学生生活は退屈なのだろう。

 宮木と叶湖の二人が高等部の裏生徒会を牛耳ることになって、中等部の頃の2人を知る者から尾ひれに加えて背びれや胸びれまでついた噂がまことしやかに広まっているので、裏生徒会にやっかいを持ちこむ生徒も減ってしまっているのだ。

 元は、情報屋と喫茶店のマスターで、そこそこ変わり映えのしない毎日を送っていた叶湖ではあるが、相変わらず、兄二人と切れていない現在では、そこまで手広く情報を扱っているわけでもない。






「未だ、処理のコネがないので、命は奪いませんよ。……直接には。だから、嫉妬なんてせずに、付き合ってくださいね、黒依」

 叶湖はそう言って鮮やかに笑うと、黒依の髪をくしゃりと撫でた。


スライディング土下座。

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