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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第六章 高校2年篇
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2年生篇③ 姉妹

登場人物

彩藤叶湖:高校2年(17歳)。化学部部長、生徒会書記

桐原黒依:叶湖の幼馴染。生徒会長

桐原香里:黒依の母。料理教室講師

桐原 茜:中学3年。桐原家長女。

桐原杏里:小学6年。桐原家次女。


「本当に久しぶりねぇ……。見ないうちに、すっかりキレイなお嬢さんになっちゃって……。飲み物、何がいいかしら? さすがにもうオレンジジュースじゃダメよねぇ」

 香里が幾分かくっきりし始めた目元のしわを寄せて、微笑んだ。

「お構いなく」

 叶湖が指されたソファに座りながら、微笑んで返す。そのキレイな笑顔から、叶湖の今の機嫌の悪さはよく分かるだろう。

 叶湖は、黒依と決別したあの日以来、初めて桐原家を訪れていた。





 それというのも、黒依の日常の言動から、叶湖との友好関係を回復させたことを知った香里が、いらぬ気をまわして、叶湖を桐原家での食事に誘ったのが原因であった。

 叶湖にしてみれば、文字通り「いらぬ気」であって、そもそも好かぬ人間がいる場。桐原の家ですら、実家にほとんど帰らない叶湖からすれば、実家からほど近い距離に変わりはないのに、とてつもなく遠い距離に隔てられているように感じる。







「ごめんなさいね、茜も杏里も、もうすぐ帰ってくると思うから、それまでくつろいでいて頂戴ね。前みたいに、自分の家だと思ってくれていいから」

 そもそも実家すら自分の家だと思ったことのない叶湖が、桐原の家を自分の家だなんて思うはずもないし、以前も今も、その家でくつろげるはずがない。

 そんなことが咄嗟に心によぎった叶湖が機嫌を良くすることはなく、むしろ悪くなった叶湖をかばうように黒依が母親の前に出る。

「母さん、料理の準備があるんでしょう? ここはもういいですから」

「あらあら、黒依は本当に叶湖ちゃんが大好きねぇ。じゃぁ、飲み物だけ取りに来てちょうだい? 叶湖ちゃんはゆっくりしていてね?」












「ただいまー」

 叶湖が、桐原家の大して変わりない様子を長めながら、黒依ととりとめないのない話をしていると、姉妹がそろって帰ってきた。

 桐原家の内装で叶湖が覚えているのは、まだ姉妹が小さい頃の様子であった。叶湖が桐原家に頻繁に出入りをしていたのは、彼女が小学生に上がる前のことだったからである。





 もちろん、叶湖が桐原家に預けられることが少なくなっただけで、黒依と関係を断絶した後のように疎遠な様子ではなかったが、しかし、確実に叶湖が桐原家の内部まで入り込む回数は減少した。小学校に上がった叶湖に過保護な兄2人がようやく、1人での留守番を認めたこともあるが、叶湖が杏里の誕生に、まるで未来を見通すかのようなある種、いやな予感を感じて、桐原家に行くのを嫌がったのも、1つの理由であった。





 そうこうするうち、叶湖は2年に進級。自らの城を手に入れると、兄2人の心配など顧みずに、めっきり帰りが遅くなったし、その翌年には杏里の持病が発覚して桐原家が、他人の子を預かれる状況ではなくなった。

 で、あるから、たいして変わりはないとはいえ、年齢の上がった姉妹に合わせて、幾分か落ち着いた内装になった桐原家は、叶湖にしてみれば目新しくあったのだ。もっとも、前世で喫茶店マスターをしていた頃からインテリアにこだわりのある叶湖の興味をそそるようなものではなかったが。







「あ……こんにちは」

 バタバタと、相変わらずのおてんば具合でリビングに駆けこんで来たのは長女の茜であった。さすがに中学3年。中身がとおに成人を迎えた黒依ほどではないだろうが、いろいろ苦労の多い桐原家にあって、精神の成長は早かったらしく、苦手だからと叶湖を無視するほどの無神経さは備えていなかったらしい。

 目に見えてテンションが下降したものの、叶湖を半ば睨みつけるようにして挨拶の言葉を発した彼女に、そういえば、元々こういう小気味いいほどの堂々とした様子はあったかもしれない、なんて思い返す。





「こんにちは」

 叶湖がいつも通りのキレイな笑顔であいさつを返す様子に、苦虫をかみつぶしたような顔をして身をひるがえした様子に、つい喉を鳴らしてしまいながら、叶湖はふと、その背後の影に自然を移す。





「お姉ちゃん、どうかしたの? ……あぁ、お客さん? と、いうことは、おねーさんが、叶湖さんですか?」

 姉と似た、高い声。しかし、姉が小学生が無造作に鳴らす、音楽の鈴であるならば、こちらは、神聖な場で神にささげるりんの音か。静謐を打ち破るような、静かで、しかし聞くものを魅了するかのような音色に、叶湖はわずかに表情を崩しそうになって、ゆっくりと瞬きをした。





 色白でか細い。見るからにか弱そうな少女がそこにいた。

 3歳の時に病気が発覚して以来、入退院を繰り返していた杏里は、もちろん叶湖とほとんど面識がない。しっかりと会ったことがあるのは、彼女がまだ母の腕に抱かれていた赤子の頃であったのだから、叶湖の顔など覚えているはずもない。

 わざわざ顔も知らない人間のことを、彼女の前で話題にすることもなかったのか、様子の変わった姉に不思議そうな様子を隠さず、しかし視線はまっすぐに叶湖に注いでいた。







「えぇ。初めまして、ではないですけれど。顔は覚えていないでしょうから。叶湖といいます」

「桐原杏里です!」

 子供らしく元気に名前をつげる杏里の姿に、しかし同年代とは違う弱弱しさを見てとって、やはり病の気は隠せていないな、などと内心で冷静に分析しながらも、叶湖は笑顔を返した。







「ほらほら、茜も杏里も、荷物を置いたら手を洗って、すぐにテーブルについてちょうだいね。準備も終わったし、お客様はもう長い間待ってくれてるんだから、これ以上待たせ茶だめよ?」

 ふと、キッチンから顔を出した香里に告げられ、姉妹が動き出す。自室へ行くために階段に姿を消した2人を見送って、香里が苦笑を洩らした。

「ごめんなさいね。あの子ったら、まだまだお兄ちゃん子みたい」

 茜と叶湖の何らかを気取っているのだろう。親ならば当然だろうので、叶湖はそれにも笑顔で返した。

「気にしてませんから」

 叶湖にしては珍しく、笑顔も言葉も、真実、心の内から出たものであった。














「あの、叶湖さんとお兄ちゃんはその……恋人同士なんですか?」

 食事が始まってしばらく。入院続きの室内生活を通して、どういう性格形成が行われたのだろう? 少女の一言で、一見和やかだった食事の場が凍った。

 もっとも、そうは言っても、黒依も叶湖も気にしていなかったし、ある意味尊敬に値すべき寛容な精神を持つ香里も、ほのぼのと笑って見せただけであったので、真実凍ったように動きを止めたのは、そのすぐ上の姉だけであったのだが。

 ちなみに仕事で遅い父が食事の席にいないことは、桐原家では常日ごろのことらしい。







「そんなはず……っ」

「あらあら、お兄ちゃんと叶湖ちゃんの問題に、茜が答えちゃダメでしょう?」

 声を荒げた茜にとんだ、穏やかながら、しかししっかりと言葉をさえぎる意思のある声に、叶湖は内心でため息をついた。

 黒依から聞いた話によれば、この食事会は『あらあら、私も久しぶりに叶湖ちゃんと食事がしたいわ』という、香里の1言が発端だったというが、香里の妻として母としての技量を知る叶湖も黒依も、真の狙いがそれだけではないだろうことを予想していた。





 そしてその2人の宛てがハズれることはなかったらしく、香里の台詞から察するに、どうやらその目的は、少々ブラコン君の姉妹……。特に、来年は高校に進学し、そろそろ年齢的にもその状態が好ましくない、茜に兄離れを誘導することであるのだろう。

 ともすれば、自分はあて馬か、と思ってしまった叶湖のため息も納得ができる。







「えぇ、そうですよ」

 とはいえ、今さら逃げ帰ることもできない。一応、本性は隠すつもりでいる、桐原家に対してである。叶湖は通常装備の笑顔で杏里に向かってほほ笑んだ。

「すごーい」

 何がすごいのか。頭はいいらしいが、ねっからの文学少女らしい彼女がどんな妄想を抱いているかは不明だが、彼女が妄想するような夢の溢れる関係では絶対的にないだろう、ということを確信してしまっている叶湖は、しかし笑顔で首をかしげて見せるだけ。







「なんで……! お兄ちゃんに酷いことしたアンタが!! お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ!」

「茜? 僕は酷いことをされた覚えなどありませんが」

「だって! そいつの所為で、お兄ちゃん……!」

 笑顔を変えない叶湖と、兄のカップルにあこがれの視線を向けた妹に、不利を感じたのか、茜が食事をそっちのけにして牙をむいた。

 そこそこ躾にはうるさかった香里が口をはさまないことに、とことんまでやらせる気か、と悟った黒依が、こちらもため息を押し殺す。





「僕の大切な人を『そいつ』呼ばわりするのは、いくら妹でも怒りますよ?」

 相手が赤の他人で、ここが一般家庭の団欒の場でなければ、即、殺されているレベルだ。そんな自分の幸運に気付くはずもない茜は、しかし兄の叱責の言葉に、瞬時に勢いを無くす。

 もっとも、それほど危険な黒依より、しかしさらに危険であるのが叶湖だという、危険の察知レベルでは性格であることに、再度感嘆するほど、叶湖は穏やかにその争いを傍観していた。







「お姉ちゃん、どうしたの? どうして怒ってるの?」

「杏里! アンタは知らないから……! この女が、お兄ちゃんにどんだけ酷いことしたか……! お兄ちゃんはずっとだまされてるのよ!」

 人畜無害の王子様が、悪い魔女に騙されている。ハタから見ればその通りかもしれない。しかし、その王子様こそが、実は、人畜無害の皮をかぶった、魔女の下僕であったら、一体どうするのだろうか。







 兄に騙されていると訴える少女が、実はその兄に騙されている事実を、自覚するときは来るのだろうか……。







 結局、茜は自分の言いたいことを捲し立てると、逃げるように食事の場を離れてしまった。これにはさすがに、アテの外れた香里が注意の言葉を飛ばしたが、忙しなく部屋に引きこもってしまった茜に届くことはなかった。





 結局香里の狙いもハズれ、茜の兄離れは持ち越しとなってしまい、最後に黒幕から、ごめんなさいね、と軽い謝罪を受けたものの、故意あって仕組まれたことに対しての謝罪に、もはやため息も出ず。

 結局、疲労を感じただけの食事会に、叶湖にとって桐原家は鬼門であるのかもしれない、などという考えが頭をよぎったのは、ここだけの話。



読了ありがとうございました。



またまた、遅くなってすみません。

前に書いた通り、桐原の姉妹の話でありました。


正直、叶湖の真のライバルは、白居末明ではなく、この妹2人だと思っております。

この姉妹との最終決戦の場もいつか設けたいものです。


その前に、次話からはいよいよ、2年生篇も佳境に入り、白居末明との決戦です。

更新、早めを目指して頑張りますので、どうぞ暖かく見守ってやってくださいませ。

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