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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第六章 高校2年篇
40/60

2年生篇② 二人

登場人物

彩藤叶湖:高校2年(17歳)。化学部部長、生徒会書記

桐原黒依:叶湖の幼馴染。生徒会長


 ニュース番組が一斉に日本の梅雨入りを知らせてから数日がたった。梅雨に入ったとはいえ、毎日が雨というわけではない。

 晴れ渡った空、とはいえ、ジメジメした暑さで快適とは程遠い日中、叶湖はすっかり夏のものとなった日差しに、その白い肌を晒すようなことはなく、静かに室内で読書にふけっていた。







「お仕事はよろしいんですか?」

「こんな日にわざわざ仕事に手をつける必要などないでしょう? そもそも、今は情報屋の仕事はしていませんよ。パイプと趣味の情報を漁っているだけです」

 朝、叶湖の家を訪ねてから、昼食時を覗いてずっとキッチンに籠りっぱなしだった黒依がようやく落ち着いたのか、リビングへ顔を出した。その手に持たれた紅茶のセットに叶湖は今まで読んでいた本を閉じて脇へどける。





 仲直りしてからというもの黒依が土曜の朝に叶湖を訪ねるのはもはや恒例のことであった。

 あまりないが、珍しく叶湖が眠ったままのときは、すでに渡してある合鍵で部屋をあけ、叶湖のために軽食を用意しながら大人しく待っている。もっとも、黒依がたずねるようになって、自炊の機会がぐっと減った叶湖のこと。叶湖が朝早く起きだしていたとしても、黒依のとる行動になんら変化はないのだが。





 とはいえ、黒依が同じく朝に叶湖を訪ねた今日は、しかし土曜日ではなく週のど真ん中、平日であった。

 もちろん、祝日や祭日であるということもなく、2人そろって2年Aクラスの最前列に2席の空席をつくったというわけである。







「そういえば、お兄さん方は何と?」

「別に兄2人に何かされる歳でもないのですけど。放っておいてはここを訪ねられかねないですしね。昨日の内に連絡は済ませてあります」

 言いながら、黒依が差し出した紅茶を飲む。あっさりとした癖のない味が口に広がった。





「アナタこそ、ただでさえ、土日にここを訪ねることで反発は大きいでしょうに、平日に学校を休んでまで、となると怒られませんでした?」

「妹たちは僕より朝早いですし。母は事情を知っていますから」

 黒依が自分の手の内に戻ってからというもの、過去、叶湖の中にくすぶるようにしてあった嫉妬心はキレイに霧散していた。どれほど黒依を突き放し、光の中へ押し戻そうとしても、黒依自身がそれを拒んだ。

 今に至って、叶湖と居ることを願った黒依が、あの暖かい家庭の中へ本当の意味で戻ることなどできないであろう。それを知った上での安心である。







「それにしても、これで彼女もまた何か仕掛けてくる気になるんでしょうか?」

 見せつけるように、絵に描いたような優等生と、授業をサボりはしても、学校自体を休むことなどない学園のドンが、2人そろって欠席しているのである。

 その理由はともかく、2人が一緒にいることは容易に察しがつくであろうし、根が優等生である彼女が安易に見過ごせることでもないであろう。





「そろそろではありませんか? 生徒会での様子を見ていても、だいぶ限界のようです」

「それは楽しみですね。私も彼女から大義名分をもらった方が動き易いですから」

 カップをソーサーに戻した叶湖が1段したの床に座ったままの黒依に視線を向けて、純粋な笑顔を浮かべる。

 もっとも叶湖の純粋な笑顔の理由まで純粋であることは皆無であったが。

「きっかけは十分すぎるほど、叶湖さんが作っていたようですが?」





 黒依に上目遣いににらまれ、クツリと喉をならす。

「気に入らないんですか?」

「いえ? アナタの望むことですから。僕はアナタが傷つくのを恐れているだけです」

 黒依が壊れものにでも触れるかのように、おそるおそる叶湖へと手を伸ばす。触れても? 唇がかすかに音を作った。







「何を恐れる必要があるんです? アナタはそのために生ぬるい日常まで捨てたのに」

 叶湖は黒依の問いに答えず、自ら手を伸ばすことでそれに応える。

 黒依の手を暖かいぬくもりが包み込んだ。

「犠牲を生めば何か必ず手に入ると思うのは夢物語ですよ。何も手に入らず、すべてを失うことになることの方が多いし、手に入るものの価値だって様々です」





「これは? 手に入ったものではないので?」

 叶湖の手に誘われ、その頬へと誘われた手にしっかりと伝わる、そのぬくもりと共に、確認のように囁かれた声に、黒依は瞳を閉じる。暖かい何かに抱きとめられた気がした。

「失うのを恐れるなんて、アナタはいつまでたっても臆病のままですね」

「えぇ。アナタがいなければ、暗闇の中、ずっと1人で立ち尽くしてしまう。幼子のようなままです」

 知っています、と呟くように言われて、くしゃり、とその髪を撫でられた。







「すみません。せっかくの日なのに、僕が慰められてますね」

「あら、構いませんよ。どーせ、今日のこの日など、所詮、かりそめのものです」

「かりそめでも。アナタが2度目の生を受け、僕と出会って下さるきっかけになった日ですから」

 そう。今日、この日は、嘘々叶湖ではない、彩藤叶湖がこの世界で生をうけた、いわゆる誕生日であった。

 そのために、黒依と叶湖は学校を休んでまで2人きりで過ごすことを決め、黒依は朝から意気込んで料理をつくっていた。





「それに、今さら黒依からもらえるものなどないのですから、せめて普段は見せずにいる、その心の内くらい見せればいい」

 叶湖は相変わらずの泰然とした笑みを浮かべたまま黒依を諭す。

 黒依の体も、時間も、想いも。彼の物はすべて自分の物であるという自負があったし、またそれは黒依の抱くものと全く違えていなかった。

 もちろん、黒依が叶湖の誕生日に、自分の時間や労力とは別の、形あるプレゼントを用意していないわけがなかったが、叶湖にとって、それはとるに足らないものであった。





「僕の心の内など、今も昔も、そしてこれからも、ずっとアナタ1色ですよ」

 黒依の言葉に叶湖はもう1度、小さく喉を鳴らした。




「知っています」



読了ありがとうございました。


あと1話、閑話的に黒依の姉妹のお話を挟んで、舞台は学園、女の争いに戻ります。

できれば、トントンと進めたいところです。


間をあけずに更新していくつもりでおりますので、見守っていただけると幸いです。

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