1年生篇⑪ 台風
登場人物
彩藤叶湖:高校1年(16歳)。化学部部長・生徒会書記
桐原黒依:叶湖の幼馴染。生徒会長
白居末明:叶湖のクラスメート。生徒会副会長
叶湖が高校1年生として過ごすのもあと2カ月ほどとなった。
先日の選挙を受け半数のメンバーが新しくなった生徒会役員一同は、新年度に向けたクラブ活動の予算会議が行っていた。
「では、来年度の予算も昨年の予算をベースに編成していくということで、いいでしょうか?」
新しく議長に選ばれた現在の2年生が、半数が年下であるはずの生徒会メンバーを見まわして、自信なさそうに意見を伺う。
その視線を受けた黒依が無意識に視線を動かした。
ふと、自分に送られた視線を感じて叶湖は声を漏らさないようにクスリと笑った。
明らかに公私混同のソレに、しかし叶湖はその問題点を指摘するほど公明正大ではなく。ただ、もはや自分を中心としなければ、何を決めることもできないその様子に、可笑しさと哀れさと相まって、確かに愛らしさを感じていた。
「……っ、毎年の例では、1年前の予算に、特別な活動功績などを加味した上で調整をお行っていましたけれど。何か、別の案はありますか、彩藤さん?」
「……なぜ私なのか分かりませんねぇ。まずは会計の方の意見を聞くべきだと思いますけれど?」
どんな理由でか、黒依の動向を常に見ていたらしい末明が、意味深なアイコンタクトに気付いたようで、叶湖に話を降る。
「あら、彩藤さんならいろいろご存知でしょう? それに、各部活からの活動報告や予算申請の書類を預かるのは彩藤さんのお仕事ですから」
末明の言葉に叶湖はクスリと笑い、それならば、と口を開く。
「予算総額で半額に抑えてもいいんじゃありません?」
は?
と、空気が固まった。
ほぼ、すべての部活が少しでも予算を確保しようと申請している中で、まさかの減額、しかも総額で半分になるような減額を提案されるとは誰も思っていなかったのだろう。
「彩藤さん、そりゃぁ、申請書類が提出されてすぐで、時間がなかったのは分かるけれど、テキトーに物を言うのはダメだと思いますよ?」
「テキトーではありませんよ」
くすり、と叶湖が今度は声を出して喉を鳴らし1枚の紙を差し出す。
「私としては、まともな収支報告書も書けないような部活に出す予算は1円もないのですけれど。それだと再提出を受ける手間も面倒ですしね。こちらの監査に従って予算を組んだ場合、総額は今期の約半額でしょうね」
叶湖が差し出した1枚の紙には、各部活の予算が簡潔に印刷されていた。
ざっと末明が目を通したところ、現状維持を守れたのは化学部を含む2つ3つの部活のみ。その他の部活についてはいずれも減額。一番酷いところでは、末明の知っている今期の予算よりも1ケタ違うような部活もあった。
「これ……っ。根拠もないこんな紙1枚の通りに予算編成できるわけがないでしょう! しかも1ケタも違う部活があるのに、目に見える実績のない化学部がこの水準? 他の部活が納得するわけがないでしょう」
「知りませんよ。そんなこと。アナタがこちらの意見を求めたので、こちらはこちらの視点から見た予算を提示したのみ。誰もこの通りにしろ、などと言った覚えはありません。なにより、減額も現状維持も、予算を適正に戻しただけであって、減額が大きい部活は今までが渡し過ぎだった、ということですよ。それから、化学部は文科系ですが、研究機材や材料の額はそれなりですから、自然、諸経費は多くなります。それでも、あまり人数を増やせないという実質的な要請から、少人数の部活のために、それほど法外な予算でもないでしょう? まぁ、詳しいことはこちらをどうぞ」
言って、叶湖は今度は紙の束を差し出した。
「っ! ……これ……」
紙の束には各クラブごとの収支報告書の記載と、それに対して赤で直された、どこで調べたのか分からない実質の収支と思われる数値が記載されている。
「まぁ、この学園はそこまで切迫しているわけでもないみたいですし? そこまで頑張って削減する必要もないでしょうから、今まではチェックも甘かったんでしょうね。どのクラブでもある程度の水増しは見つかりましたが、特に後半クラスが中心となっているような部活ではそれが著しい」
叶湖の言葉に末明は絶句したまま動きを見せない。
「……確かに、1度、各クラブの収支と実質を出来る限り照らし合わせた上で、予算を編成しなおす必要はあると見ていました。ちょうど良く、生徒会の重役に2年目の役員が多いし、普段は入って来ない情報もある。……いい機会かもしれませんね」
そんな末明を横目で見やって、黒依が叶湖への賛同を示した。
その後、視線で会計担当の役員へと発言権が渡されるが、新任の会計が裏生徒会と生徒会、一応もっともなことを言っているはずの双方の会長に意見できようはずもなく。
そのまま、第一回目の予算編成会議は終了を迎えた。
「それにしても、驚きました」
「なにがですか?」
「化学部です。実質が分かりませんから何も言えませんが、確かに必要経費を考えると、あの収支報告は不正がないようです。叶湖さんがよほどお上手なのか、それとも本当に不正がないのか」
学校を出、叶湖のマンションに向かう途中で黒依がぼそりと言葉を漏らす。
その内容に、叶湖はくすくすと喉をならした。
「一見、一番不正がありそうなのに、ですか」
「裏生徒会からの予算申請ですから、ある程度までは生徒会も見て見ぬふりでしょうし、学校側も文句は言えない……でしょう?」
「えぇ、その通りです。ですから、化学部は水増しなどという小さな不正を働かずとも、裏生徒会の表を通さない経費として、直接学園側へ請求すればいいのですよ」
叶湖の言葉に、裏生徒会の運営については深くを知らない黒依は、あぁ、なるほど、とうなづく。
「それにしても……と、いえば、アナタですけれど」
「はい?」
呆れたような叶湖の言葉に黒依が首をかしげた。
「あまり、暴走するのはお止めなさい。目をつけられては私の迷惑でしょう?」
「……彼女を目ざわりだとおっしゃったのはアナタでしょうに。目に見える理由があれば、アナタも排除しやすい……。違うので?」
確かに、叶湖は白居末明が邪魔である。
しかし、黒依のその言い訳じみた言葉には、1つ息を漏らさざるを得ない。
「アナタが本当に私のためにやってるのならば、ともかく。ただ、アナタは右を向くも、左を向くも、私に従いたいだけでしょう?」
「あの程度の学園、それでも十分でしょう? 何か問題でも?」
「……まぁ、……そうですね、ない……ですか」
当然のように叶湖の言葉を認める黒依に、叶湖はため息1つ。
しかし何も言えなくなって、最後にはいつもの笑顔を浮かべるのであった。
そして、生徒会に吹き荒れる嵐は日々、その規模を膨らます……。
読了ありがとうございました!!
……長らくお待たせして申し訳ございません。
申し訳なさすぎて、次回予告などできようはずもありません。
が、とりあえず、この話で高校1年生篇は終了です。
次話より、お話の舞台は1つ、学年を重ねます。
2年生篇では、女性2人のバトルをメインに扱っていきますので、そういうお話が好きな方は、楽しみにしてくださいませ。
次回はいつ、というと、また破ってしまいそうですが、とりあえず、5月1日はこの作品の1周年なので、何かできればなぁ、、、
と、希望的観測を申しておきます。
それではまた、次話でお会いしましょう!