1年生篇⑩ 暴走
登場人物
彩藤叶湖:高校1年(16歳)。化学部部長
桐原黒依:叶湖の幼馴染。生徒会長
白居末明:叶湖のクラスメート。生徒会副会長
「黒依くんっ……どういう、こと?」
ガタン、と大きな音を立てて椅子が引かれ、顔面を蒼白にした末明が悲鳴をあげて立ち上がった。
その日の生徒会は荒れ狂っていた。
生徒会のメンバーは基本的に、自己推薦ののち生徒会から公認された候補者の中から、全校生徒による投票によって選出される。
一般の学校と違う部分を指せば、やはり生徒会からの公認に、それなりの審査がある点であろうか。生徒会が自治組織としての役割を発揮し、いかにAクラス所属であっても不適任と判断されれば、候補者として選挙活動を行うことはできないのだ。
候補者の選出方法は、自己推薦だけでなく他推も認められており、その中でも最も生徒会からの公認に有利に働くのは、生徒会役員からの推薦であった。
現生徒会役員による自己推薦がほぼ無審査で候補者となれる効力の理由付けとして、生徒会役員からの推薦もまた、ほぼ無審査で候補者となることが許されるのである。
そしてその日は、来年度生徒会に向けた立候補の締切日であり、生徒会でも、立候補者について公認・非公認の決定がされつつあった。
その日の分の処理が終わり、まとめに入ろうとした議長を止め、黒依が口を開いた。
そして、その場で黒依は自分が次年度の生徒会へ推薦する人物の名を挙げたのだ。
【彩藤叶湖】
黒依が推薦をすると口にしたとき、確かに末明の脳裏によぎった名ではあった。しかし、そうだとは思いたくない心が決して認めようとしなかったもの。
その思いは儚くも打ち砕かれ、その名が黒依の口から告げられる。
一瞬、以前の脅しが脳裏によぎり、頭が真っ白になったが、叶湖が推薦されたポストが、現在3年生が着任しており、現役員の座を脅かすわけではないと分かり、少し、心が落ち着く。
その半面、末明の心中には納得できない気持ちが次々にわき起こった。
「何か、問題がありますか?」
「問題って……あの人っ……彩藤さんは、裏生徒会の会長なのに! 常識的に考えて、自治組織の2つを掛け持ちするだなんて、そんなことが許されるわけが……っ!」
末明には似合わず声を荒げる姿に、しかし周りの役員も賛同しているのか、ただ、難しい顔つきで黒依とのやり取りを見守っている。
「学校から禁止されているのは、委員会同士の掛け持ちのハズ。その点、風紀委員と生徒会は委員会の扱いを受けているので掛け持ちは不可能ですが、裏生徒会とはいえ、あれは表向きは化学部という部活動の形式をとっています。形式的には掛け持ちは可能のはずですが?」
「そういう問題じゃなくて……。自治組織という形式をとる以上、組織間の独立は守られるべきだわ……っ」
声を荒げて反対する末明に対し、黒依は至って普段の様子を保ったまま言葉を続ける。その様子から見て取れるのは、強固に揺るぎのない意思のみで、その様子にさらに末明の内心で嵐が荒れ狂うようだった。
「確かに風紀委員と生徒会は校則に従い、それぞれ認められた権利の範囲外の活動ができない点で、相互に独立は約束されているんでしょうね。しかし、一般的にはその存在が確認すらできない裏生徒会については、その行動を制限するものは特になく、その権限のすべてが裏生徒会長の一存に依っています。すでに、裏生徒会からの独立など守られていないと思いますが?」
そう、微笑んだ黒依の姿に、言い返す言葉をなくした末明が口ごもる。
「会長……。確かに彩藤さんはAクラス所属の優秀な生徒ですが、今まで変わらずその席次は最下位だったと思います。彼女の立場は、確かに表には知られていないことですし、それを理由に公認を与えないことはできないかもしれない。けれど、裏生徒会の情報が表に出ていないということは、裏生徒会をまとめる立場にある彼女の力量も知られていないということです。……表から見えるのみの彼女の様子では、生徒会が公認を与えるに足る生徒であるとは到底言えません」
と、今まで黙していた議長が声をあげた。白居末明とは違い、現在最高学年である落ち着きを見せ、静かに黒依に苦言を呈す。
しかし、そんな様子にも感情を揺らす様子を見せず、黒依は笑顔を変えない。
「……何を言いたいのか、よく分かりませんねぇ。現役員以外の候補者は、せいぜい、クラスで委員をしているとか、今年度の委員で役職についていたとか、その程度。それであれば、表から見ても化学部部長である彼女も十分要件を満たす……と、思いますけれど。まぁ、構いません。皆さんが、Aクラス末席の彼女の頭脳に文句があるのであれば、明日から始まるテストの結果を待ちましょうか。幸い、結果が発表された後に公認を出しても間に合います」
「どうしてそこまで彼女にこだわるんですか!」
口を閉じ、議長に視線のみで会議のまとめを促す黒依に、末明が最後にかみついた。
それは生徒会のことのみではない、彼女の知らないところで叶湖と黒依の距離が近づいた、それからの黒依という人間の変化に対する叫びでもあったのかもしれない。
「どうしてこだわってはいけないのですか? あぁ……言い忘れていましたが、もし彼女の公認が為されない場合、僕は自分の立候補を取消します。彼女のいない生徒会で会長をしているくらいなら、彼女の下で化学部部員でもやっていた方がよほど有意義です。……僕が彼女の生徒会入りに拘っていることは認めます。けれど、みなさんもやけに、彼女が生徒会に入らないことに拘っていらっしゃるんですね」
「……それで?」
「特に何も。全員無言のままに会議は終わりましたよ」
自宅のソファにゆったりと座り、機嫌がいいとは言えない笑顔で、足元に座り込んだ黒依に視線を移す叶湖に、こればかりは譲らない、と黒依がその目を見つめる。
「嫌、ですか?」
「嫌といえばアナタは引くんですか?」
「アナタの意思に僕が逆うと思っているんですか?」
黒依の言葉に、目だけで笑っていた叶湖の口端があがる。
「とはいえ、アナタも頑固ですから、私が否といえば本当に、生徒会にも、アナタが今まで築きあげた王子様のキャラクターにも、一瞬で興味など無くして、簡単に砕いてしまうんでしょうね」
「僕にとっては、既に興味のないものですが。アナタが気にすることでもありません」
確かに、黒依が優等生を演じ、生徒会の役職についたのも、すべて遠回りには叶湖のためであった。叶湖から自立し、彼女の足を引っ張らない……。そのために普通を演じようとした結果であるのだから。
「……いいでしょう」
「え?」
ため息と共に叶湖が吐き出した言葉に黒依は目を見開いた。
「いいですよ。アナタからの推薦を承諾しましょう」
まさか、了承されるとは思っていなかった黒依が目を見開く。
「どうして……?」
「おかしなことを聞きますね。私が気まぐれなことを知っていて、あまり理由を聞くものではありませんよ。気が変わらないとも限らない。……ですが。……私の夢は?」
不意に尋ねられた質問に、黒依は一拍とおかずに答えを返す。
「お嫁さんと世界征服、ですか?」
「えぇ。試しに、学園1つ征服してみるのも面白い、でしょう? もっとも、裏生徒会長という立場に、生徒会長が黒依であるという事実を踏まえれば、征服など終わっているようなものですが、大々的に表に出るという経験も面白いかもしれません」
生徒会など、普通に考えれば叶湖の嫌がりそうなことである。それを受け入れる叶湖の真意に思いが依らず、その理由を聞いても、納得のできない、なんとも微妙な心境が残る。
そんな黒依の表情を見て、叶湖が嘲笑するように笑った。
絶対的な支配者の笑みに、黒依がハッとその顔を見つめる。
目が合った。
叶湖の浮かべる笑顔に、黒依ははるか昔、まだ自分が無灯黒依であり、叶湖が嘘々叶湖であった頃を思い出す。
黒依を支配するときの支配者の笑みとはまた違う。
叶湖が絶対の自信を持つ情報を操り、かつて世界征服を成し遂げていたともいえる、その圧倒的な力を振りかざす時の、絶対的な強者の笑み。
その君主であり、参謀でもある彼女が、策略を廻らしている。
黒依は自分に戦慄が走るのが分かった。
「それにね? 私、アナタの名を気安く呼ぶ、あの女が心底から嫌いなんですよ」
言って話は終わったとばかりにソファを立ち上がり、自室へ向かう叶湖を黒依が呼び止める。
「今日はもう帰りなさい? 王子様や、生徒会に興味がないアナタでも、自分の特待生という立場には拘りたいでしょう? 私を表舞台に立たせるのですから……、今回のテスト、アナタは珍しくやる気にならなければならないかもしれませんね?」
それから1週間後。
次年度生徒会役員選挙の立候補者の告知を目前にし、定期テストの結果が発表された。
主席は変わらず、桐原黒依。現生徒会長である、学園の王子様が居座ったが、しかし。
その結果発表は2つの嵐を生んだ。
1つは、桐原黒依が中等部時代を通しても始めての、全教科満点を獲得したこと。
そして2つ目は、今までAクラス末席であった生徒が、同じく全教科満点で、1度もその席を譲ったことのない主席に、その肩を並べたことであった。
その3日後、生徒会より公式に告知された、次年度生徒会選挙立候補者には、しっかりと噂の生徒の名が記されていた。
読了ありがとうございました。
……そしてすみませんでした。
あとがきでの謝罪はもはや恒例になってしまいました。
2月に入ったら更新します、と言ってから、もはや1カ月。
2月も半月が終わってしまいました。
と、いうわけで、学園の王子様の暴走と、叶湖の生徒会への乱入でした。
次話の舞台は、生徒会です。
叶湖が生徒会に入ったことにより、どう変化するのか、書きたいですね。
次回は2月中に、今度こそ!
……更新したいです。本当に。
いつも応援ありがとうございます。
皆様の応援があるからこそ、私もここに戻ってこれます。
これからも、生温かく見守ってやってくださいまし。