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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第五章 高校1年篇
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1年生篇⑨ 隠家

登場人物

彩藤叶湖:高校1年(15歳)。化学部部長

桐原黒依:叶湖の幼馴染。生徒会長

 料理をする音がキッチンから聞こえてくる。

 トントン、ことこと……。

 リズムよく聞こえてくるその音は、それを作り出す主がそれなりに料理の腕があることを如実に伝えていた。

 普段は自分1人しか出入りしない家のこと、自らがリビングのソファに腰掛けているにも関わらず、キッチンで物音が聞こえるなど、しばらくぶりのことで、無意識のうちに懐かしさがこみ上げた。




「黒依」

「はい?」

 軽く、名を呼ぶと、料理の途中であるにもかかわらず、その手を止めて素直に叶湖が腰掛けるソファのそばまでやってきた。

「……邪魔をしましたね」

「あ、いえ」

 特に用事があったわけではなく、ふと思いついて呼んだだけだったのだが、火まで消してやってきた周到さ、というか素直さに、叶湖はつい、笑いをこぼす。





 黒依もそれにつられたのか、自らの行動を思い返したようで、軽く笑いをこぼした。

「呼んだだけでした?」

「えぇ、まぁ。……あぁ、一応、鈍ってないのだな、なんて珍しくも感傷に浸ってしまったのかもしれませんね」

 言って、叶湖はふ、と黒依から視線をそらす。

「僕なんて、手際がいいだけで。味の方は、叶湖さんにいつまでたっても足元にも及びませんよ」

 そんな叶湖の視線を追いかけて目を合わすと、黒依はそう微笑んで、キッチンへと戻っていってしまった。







「……どうも、ウチの犬はご主人さまの手料理を食べたくて仕方のないようですねぇ」

 黒依が去ったリビングで、額に手を当てて呆れたように、叶湖が吐息と共に吐き出す。

 小さくつぶやいた声は、しかし確実に黒依の耳には届くだろう。

 一定のリズムで奏でられていた包丁が、一際機嫌よく鳴った気がした。













「お仕事、もう始めているんですか?」

 ふと気付くと、リビングダイニングのテーブルまで料理を運び終えた黒依が、叶湖の後ろからその手元を見降ろしていた。

「まさか。さすがに家族と密接につながっている状態で、あんな危ないことには手を出しませんよ」

 これは裏生徒会の仕事です。と、パソコン画面を黒依へ見えやすいように向ける。

 さすが生徒会長。一瞥でその内容をつかんだのか、1つうなづいた後、しかし眉を寄せて表情をしかめた。







「居住すら別の家族に危険が迫るほど危ないことを、以前はしてたんですね」

 基本、オンラインでしか活動していない叶湖のこと。黒依が手伝える仕事は少なく、また情報分野においては叶湖も並々ならぬプライドもあったことで、黒依が叶湖の仕事を詳しく知る機会はそう、なかった。

 前世で想いが通じ合ってからというもの、黒依たっての望みで、叶湖が直にクライアントに会わねばならない時などは、ボディガード紛いのことをしたこともあるが、特に何の事件も起こらなければ、ただ、意味もわからないまま、叶湖に同伴しているに過ぎなかった。





「まぁ、軌道にのるまではね。パイプが少ないですから、多少危ないこともしなくては。もっとも仕事が原因で、趣味より大きな危険にさらされることなど、ほぼないですが」

 叶湖の趣味とは、毒薬収集と、それの使用を含めた猟奇殺人であった。

 身体的にも屈強とは程遠く、身体能力もさほど高くはない。なにより、ひどい痛みを感じれば通常の数倍、数十倍の確率でショック死の危険すらある叶湖のことだ。

 しかし、そのターゲットが決して、非力な女子供に偏ることはなく、むしろその逆であったのだから、確かに、彼女の趣味の方がより、彼女にとっては危険だったのかもしれない。





「それより、頂きましょう? せっかく作ったものが冷めますよ」

 叶湖は話はそこまでだ、と言わんばかりにノートパソコンを折りたたみ、ソファを立ち上がる。黒依はそんな叶湖の姿に1度だけ嘆息し、ダイニングテーブルの椅子をひいた。













「黒依、ちょっと」

 洗い物を終えた黒依が、叶湖と入れ替わるようにしてシャワーへ向かってしばらく。

 未だ湿ったままの髪の毛から数滴の水滴を落としながら現れた黒依を、叶湖が苦笑して手招く。

「もっとしっかり乾かして来てください。あなたは野良犬か何かですか」

「……飼い犬ですから、ご主人様がしてくれる……でしょう?」

「…………さぁ?」

 呆れた様子でつぶやいた叶湖に、黒依が笑顔を向ける。

 叶湖はそんな黒依の様子に一瞬、瞠目したが、意地悪そうに笑って小さな小瓶をその鼻先へ押しつけた。







「部屋へ行きましょうか。……私はもう少ししなければならないことがあるので、先に飲んで待っててください……ね?」

 クツリ、と喉を鳴らして叶湖は黒依に微笑みかける。

「これ……は」

 確かに彼女は毒薬のコレクターであり、それを使って人の命を脅かす。けれども、黒依に渡されようとしている液体が、決して黒依の命を奪おうとするものではないものと知って、そしてそれが、自分の本能を加速させるものだろうことまで気づいて、叶湖の真意を伺おうとする。





「あぁ、心配しなくとも大丈夫です。あなたの理性が以前と違ってそう、長くは持たないだろうことなど十分分かっていますから」

 言って叶湖は少し離れた台の上を視線で指し示す。

「あぁ、なるほど」

 そこに置かれた手枷を見て、なるほどいつもの叶湖だと、黒依はわずかに苦笑を浮かべた。







「アナタの体の損傷をゼロに、私が欲を満たす方法なんて、そう無いじゃないですか。……アナタがちゃんと私を満たすことができれば、私も飲んであげますよ」

 言って、叶湖も小さな小瓶を細い指で静かに揺らす。その水面に映りこんだ、あやしく光る瞳に灯る熱を確かに感じて、黒依はそれに浮かされる気分で一息に、小瓶の液体を喉へ流し込むのであった。




読了ありがとうございました。



えぇ……長期間に渡る更新停滞、本当に申し訳ありませんでした。

パソコンの故障に、甘い話が書けない私自身の欠点。

他、さまざまな要因が重なり、今回の失踪となってしまいました。



が、一応、戻ってきましたので、週1とは言わないまでも、皆様に愛想を尽かされないような間隔でアップしていければ、と思います。

これからも、こんな作者を応援していただければ幸いです。


次回、舞台は再び学園へ。

叶湖のあの(・・)秘密が明るみに出ます!

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