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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第五章 高校1年篇
35/60

1年生篇⑧ 夕方

登場人物

彩藤叶湖:高2。化学部部長

桐原黒依:叶湖の幼馴染、生徒会長

大里ゆとり:叶湖の友人、風紀委員

「あれ? 叶湖?」

 放課後、生徒会の集まりに消えた黒依を待ちながら、叶湖は図書室で本を広げていた。

 本当なら化学部部室の方が、気を張る必要もなければ、好き勝手にパソコンをいじることもできるのではあるが、それでは生徒会の終わった黒依が迎えに来るのが大変だろうし、なによりイジけてしまった篤が引きこもっているのであきらめた。

 そんなわけで、図書室で大して興味もない医学書を物憂げに斜め読みしながら、時間をつぶしていたのであるが、耳慣れた呼び声がして、叶湖は振り返った。







「1人で居残りなんて、珍しいね」

 そこには邪気のない顔できょとん、と首をかしげたゆとりが立っていた。

 いまだに、人目があるところでは、きょーちゃん呼びを治さない彼が、呼び捨てで呼んだだけあって、その後ろには自習スペースと背の高い本棚が並んでいるだけで、人の気配は全くなかった。







 ひとり暮らしを始めてからというもの、自宅の方がはるかに居心地がよかったし、なによりそもそもが、ゆとりとの勉強会でしか図書室などという場所には訪れなかった叶湖である。

 ゆとりの言葉はその通りで、叶湖が図書室に入ったのは高校入学以来、初めてのことであった。





「えぇ、今日は人待ちなので」

 正直、一緒に帰らずとも、家に帰ればしたいことなど山とある叶湖なのであるが、放逐していた間に、数倍過保護になって帰ってきた飼い犬が、登下校の道ですら叶湖を1人にするのを不安がるので、仕方なく、校内で軟禁状態を甘受している叶湖である。

 正直自分も、甘くなったと思わざるを得ない。





「人待ちって……あの、宮木のハズないし……ってことは、黒依!?」

「そうですけど、何か?」

 内心で、お前もか……という気分を感じながらも、表面上は穏やかにほほ笑んで見せる。

「……あー、持ってかれた! ずるいずるいずるいー!」

「……わめかないでください」

 中学生時代は、男っぽさがなく、いじめも受けていたゆとりであるが、さすがにもう高校生。男臭さまでは出ておらず、顔立ちもキレイなままではあるが、声変わりもしているし、どう見ても女には見えない。

 そんな容姿で駄々をこねられても、正直、うすら寒さしか感じない叶湖はあきれた笑顔を浮かべて、ゆとりから視線をずらした。







「なんで? 僕が叶湖を狙ってるって言ったのに!」

 息巻きながら、ゆとりが叶湖の横の席を陣取り、叶湖に詰め寄る。そんな彼が近づいた分だけ、きっちり離れて、叶湖は首をかしげた。

「それは聞きましたが、私はそれに応えるとは言っていませんよ」

「でも、特別はいないって言ってたじゃない!」

「……アナタだって気付いていたでしょうが。喧嘩別れしていた時期だって、昔から変わらず、アレだけは例外ですから」







 当時は正直になれなかったが、今ならば言える。黒依が叶湖に捨てられてから、一時も叶湖から心を離すことがなかったように、叶湖もまた、黒依を捨ててから一時も、黒依から心が離れることがなかった。

 意地を張って気付かないようにしていたが、ゆとりほどの観察眼があれば、簡単に見抜けるだろうことでもある。おそらく、藪蛇にならないよう、気付いていならがも口を噤んでいたのだろうし、その点については意地を張っていた張本人の叶湖が文句をつけることでもない。むしろ、当時の自分にしてみれば、気付かないでいようとしていたところを突かれる方が面倒くさいだろうので、ちょうどいい。

 とはいえ、現段階で、叶湖はしっかりと自分の気持ちを自覚しているのだから、ここにいたって、知らぬ存ぜぬをゆとりに許す気はなかった。





「……つまんないの。だったら何? 結局僕も、宮木も、叶湖にただ振り回されてただけってこと?」

「振り回した覚えはありませんが。私はアレとよりを戻さずとも、アナタ方に応える気はないと言っていましたし。なにより、私には篤やアナタの方が不思議でならにんですけれどね」

 そう言って、本当にどうしてか分からない、といったような表情を浮かべた叶湖に、ゆとりの方が不思議そうに首をかしげる。





「どういう意味さ」

「私に好意を抱いてくださる方は、幸か不幸か、いないわけではないんです。一般人に好かれるような性格をしている覚えはありませんけれど、どうも、ある一部の方には好かれるようですから。アナタ方のような、ね」

 言って、叶湖がクスリと笑う。

 それにゆとりは、居心地の悪そうな表情を若干浮かべて、叶湖に先を促した。





「けれど、そういう人たちは、黒依を前にすると、一斉に彼に一歩を譲るんです。類は友を呼ぶ……だからこそ、アレと同程度まで堕ちることを僅かに、けれども確かに、理性が拒否をする」

「どういうこと?」

 怪訝そうに尋ねるゆとりに、叶湖は僅かにほほ笑んで、けれども、その質問に答えることはなかった。







「もう、すぐにでもわかりますよ。アレは、自分の本性を隠す気もない。アレが、私に並ぶ最低の人間だと、きっとアナタも理解します」

 言って、叶湖は立ち上がる。小さくついているランプが、わずかに点滅した腕時計に一瞬、視線を向け、今まで読んでいた本を本棚に戻す。







 そうして、今まで座っていた席にもう1度戻ってきた叶湖が、鞄を手にし、図書室の入り口までゆっくりと歩みを進めたところで、入り口から入ってきた黒依とはち合わせた。

「終わりました?」

「えぇ」

 気配で叶湖が近くにいることに気づいていた黒依は、目の前にいた叶湖に驚くこともなく、当然のようにその手から荷物を攫うと、靴箱へ向かって歩き出す。

 叶湖が僅かに伺い見た彼女の背後では、怪訝そうな顔で叶湖の後をついてきていたゆとりが、唖然と突っ立っていた。













「それにしても、よく会議の終わったのが分かりましたね。叶湖さんの特技で何か細工でも?」

 叶湖のマンションへの道をゆっくり歩きながら、黒依が思い出したように口を開いた。

「一応、世界中の防犯メディアを通して、特定の人物を常に監視し続けられるシステムは持っているんですけれどね。アナタに関しては、防犯装置という装置を避け続けるので、捕えるのはとても大変ですよ。それでも、死角のない場所もありますけれど」







 監視カメラを避けるのは、生前からの黒依の癖であった。どうあっても、自分の存在を後に残る形にしたくなかったらしい。おかげで、彼が行方不明になったときは叶湖がどれだけ焦ったかしれない。

 とはいえ、たとえば、360度、どの角度からもカメラがとらえている場所であるとか、入り口すべてを覆う視覚のあるカメラであれば、黒依は避けられない。

 カメラが認証するスピード以上で動いて避けることもあるが、人の多い場所であれば、かえって、回避の動作が人目につく可能性もある。







 もっとも、どうしても映りたくない時に、映らなくてはならないようなカメラがあるときは、基本的に叶湖がカメラのシステム自体を落としているので、黒依も無理な回避行動をとらなくなった。

「叶湖さんの家の周りは、とても難しいですけれどね」

 叶湖の自宅マンションはもちろん、彩藤の家にも死角のないよう、カメラが設置されている。

 叶湖はそのカメラに個人の識別機能を搭載し、黒依の接近時は腕時計に反応があるようにしていた。例の、黒依と叶湖が分かれる原因になった日も、行方不明らしかった黒依が叶湖の家を訪ねたのを、誰よりも先に察知したのはその所為である。





 そのほかにも、叶湖の腕時計には叶湖の扱っている株の売買の機能や、録音・録画機能など、多彩なシステムが備わっており、正直、その手の会社や研究所へ持っていけば、一瞬で叶湖の就職先が決定しそうな装備であった。

 とはいえ、叶湖が今日、黒依の接近を察知したのは、別にカメラや防犯システムを利用したのではない。







「パソコンですよ。生徒会の仕事中は、記録や学内での連絡のため、常に生徒会長専用のアカウントで学校のシステムへログインされている。そのアカウントのログアウトで、会議が終わったことは分かります」

 叶湖を待たせていることを知って、黒依が他の雑務などを済ましてくる可能性は皆無であるので、会議の終了とちょうどに帰り支度をはじめれば、だいたい良いタイミングになる、というわけであった。





「なるほど、そういうこともできるんですね……」

「一応、学校のシステムへの侵入は私レベルでなければ不可能なよう、セキュリティ面を強化してありますから、安心してもらって構いませんよ」

 双方、すでにいくつか犯罪を犯している身ではあるが、警察に終われる立場でもなし、一見ただの学生であるので、そこまでの予防が必要か否かは不明であるが。







「あ、そういえば」

と、しばらく歩みを進めたところで、思い出したように黒依が立ち止まった。

「何か?」

「今日、泊ってもいいですか?」

「は?」

 突然の申し出に、さすがの叶湖もしばし唖然とする。







「アナタ、ご実家は?」

「外泊すると伝えました。まぁ、叶湖さんの家だとは言ってありませんけれど、問題ですか? 叶湖さんだって、ご実家でなくマンションが本当の家のように、僕だって、桐原の家じゃない、アナタのいる家こそが、本当の家なんです……だから」

「……」

 平然と言ってのける叶湖に、自分ばかりが気を回すのもばからしくなって、息ひとつと共に開きなおることにする。





「明日は休みですしね。……せっかくですし、1日ゆっくりしましょうか」

「いいですねー、それ」

 そうして、橙に染まった空の落とす暖かい空気の中を、ゆっくりと2人の家へ帰るのであった。


読了ありがとうございました。



ゆとりが登場しました。

……不憫ですね。すみません。

が、これからなんとか、3人組にもがんばってライバルになってもらおうと考えていますので……なんとか。



次回は、一応、叶湖宅でのお家デートを企画していますが、さて、この2人で甘くなるでしょうか……

がんばりますので、楽しみにしていただけると幸いです。

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