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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第五章 高校1年篇
33/60

1年生篇⑥ 変化

登場人物

彩藤叶湖:高校1年(16歳)。化学部部長

桐原黒依:叶湖の幼馴染。生徒会長

白居末明:叶湖のクラスメート。生徒会副会長

「叶湖さん、今日、帰られるのは何時になりますか?」

 家を出て、学校までの道のりをゆっくりと並んで歩く。

 中学生時代を合わせると3年と少し、毎日歩いた道であったが、その日は何かが違っていた。否、違っていることなど明らかだ。

 隣に黒依が居る。その違和感と……それでも、パズルのピースがカチリと填まるように、2人でいることに感じる自然さとがおかしくて、叶湖はくすりと喉を鳴らす。

 そんな叶湖に首をかしげて、しかしくわしく聞くことはせずに、黒依が尋ねた。





「特に予定は。部活の方も問題ありませんから」

 叶湖に放課後の予定があるとすれば、それは化学部の用事以外にはありえない。中学時代であれば、ゆとりの勉強を見ることもあったかもしれないが、彼が風紀委員へ入ってからは彼の自由な時間が減ったために、勉強会は少なくなったし、何より、今は勉強内容がほとんど違っているのだから、勉強会などしようがない。

 ……もっとも、それでも叶湖が彼の勉強を見れないのかと聞けば、そうではないのだが。

 叶湖の返事を聞いて、僅かに黒依が眉を寄せた。……それはそれは、悔しそうに。

「……僕、生徒会の仕事があるんですよね。……こんなことなら、会長なんて断っておけばよかった。アナタとの時間を邪魔されるなんて」





 黒依の言葉におかしそうに、それでもどこか満足したように叶湖が微笑む。

「そうですね、アナタも随分変わった。そーいう面倒くさいものに手を出す子ではなかったのに。優等生が板についてしまいました?」

 叶湖の言葉に黒依が苦笑を浮かべた。叶湖が彼のことを『優等生』などと思っていないことは明らかであるのに。

 それでも叶湖以外のおおよその生徒が黒依をそうであると信じている。それもまた、黒依にはおかしかったし、何よりつまらなかった。





「優等生、ね。僕をそう呼ぶなんて。とんでもない勘違いですよ」

「くす。言えてますよね。本当は、私にイジメられて喜ぶ、被虐趣味の変態さんなのに」

「言ってるじゃないですか。被虐趣味はないですって」

 軽口を交わす。そんな、以前では普通であったこと……。

 それでも、この世界に生まれおちてからは歪みが生じてしまったもの。

 それが、こうも自然にできている。その事実に、黒依は改めて自分が叶湖の側に戻れたことを実感した。





「そうですか。なら、私は授業が終わり次第帰るので、アナタはそのまま自宅へ戻ってくださいね」

 ふと、叶湖の言葉に違和感を感じてハタと足が止まった。

「……待っていて、下さるつもりだったんですか?」

 足を止めてしまった黒依に、叶湖は眉を寄せて自分も足をとめ、彼を振り返る。

「便利な下僕がいるのに、どうして自分で荷物を持って、自分で料理をして、その後片づけまでしなくちゃいけないんです? ウチの家事はずっとアナタの担当でしょう?」





 当然のことを言わされたように呆れた顔でいう叶湖に、それでも歪められた眉は呆れだけではなくて、どこか、照れ隠しも混ざっているような……。

 嘘に覆い隠されていたハズの叶湖の感情が、今は手にとるように黒依に流れ込んできていた。それは、叶湖が彼に隠すのを辞めたということで。

 以前と変わらないように見える、彼女ながらの悪意のこもった会話にも、一度盛大に暴露してしまって開き直った叶湖の優しさが見え隠れしているようで。

 それは確かに自分の自惚れではないのだと、黒依は歓喜した。

「叶湖さんっ……」





 感極まったように自分を抱きしめた黒依に、そこまでのことを言っただろうか、と考えながら、叶湖は小さくため息をついて、その頬を爪をたてつつ抓る。

「ま、アナタには家族がいるのでね、あまり遅くまで拘束はしませんよ。……あと、勝手に抱きしめないでください。いいとは言ってませんよ?」





 黒依は爪痕のついた頬をさすりながら、目を見開く。

「それは、別に叶湖さんが気にすることでは……」

「……一応、万人に優しくあるのが私ですから、そうもいかないでしょう? アナタの家族には優しくあり続けますよ、……一応ね」

 しかし、叶湖の言葉に苦笑だけに留めた。

 そういえば、彼女は元から黒依の家族には最大限の気を使っていたように思う。以前はもちろん、黒依を家族に馴染ませようという配慮からのものだったのだろうが、それは2人の関係が変った今でも変わらないらしい。





 それでも、傍から見れば万人に優しくあるのが叶湖で、それの唯一の例外……彼女の真の嗜虐性を発揮されるのが自分だけだという事実は、他人からすると黒依が被虐趣味を持っているかのように認識を受けるほど、黒依が受け入れ、また叶湖の本質に近い部分であった。

 ので、黒依にはそれを拒否する術を持たなかったのである。







「あ、そうだ、叶湖さん」

 ふと、思いついたように黒依が口を開いた。

「なんです?」

「ずっと言えなかったんですけど」

「……」

 叶湖の無言の促しに、黒依はさわやかな笑みで続きを告げた。







「制服姿の叶湖さんて、可憐ですよね。なんだか無防備な感じがして、僕、ずっと好きでしたよ。……いつにもまして、美しく見えます」

 黒依の言葉にさすがの叶湖も一瞬唖然として、それから心底呆れたような表情を見せた。

「……なんですか、唐突に。……アナタは、あまり変わりませんね。いつも、白いシャツに黒のスラックスでしたから。ですけど、子供がえりしているようで、見ていて面白かったですけどね。……しかも、アナタ基本は白い服、嫌いですしね」





 制服などというカッチリしたものを着こんで、無防備などという表現はおかしいのだが、叶湖もそこを否定することはしなかった。……彼女自身でも頷ける部分があるように思ったからである。

 一般人然とした中、彼女の本質深くに確かに存在する狂気が恐ろしい叶湖。であるから、ある種、正装という外見を通して、しかし一見の穏やかさを発揮するアンバランスが、黒依にとっては無防備さを感じさせていた。

 ……もっとも、叶湖には『似合っていないのだろうな』くらいの印象しかないのだが、黒依が凡庸な彼女の容姿を贔屓目で褒めるのはいつものことなので、『美しい』発言も聞き流すだけで終わっている。













「おはよう、黒依くん!」

「おはようございます、白居さん」

 学校中……もはや学校外でも有名である黒依と、一般的な認知度はそれほど高くない叶湖との珍しいツーショットに好奇の視線を受けながら教室に入った黒依に声をかけたのは、白居末明であった。

「あのね、今日の生徒会のことなんだけど」

 黒依の隣にいる叶湖に僅かに目を見開いて、それでも気丈に声をかける。





「あぁ、はい。伺います。……叶湖さん、荷物、机の上でいいですか?」

 しかし黒依は、彼女に向き直ることはしないで、一瞬視線だけで彼女に応えると、すぐに身体を叶湖へ向ける。そんな様子に初めて、末明の表情が崩れるが、珍しいツーショットに集中しているクラスの他の生徒たちがそれに気づく様子はない。

 ただ1人、叶湖だけが末明に意識を向けたことで彼女より遅れた黒依を振り返ったが為に、その様子を視界に捉えたが、興味すらないようにすぐに、視線をそらせた。





「えぇ、適当で」

「今日、授業は? サボられます?」

「……さぁ。篤は中々に強引なので、連れ出されるかもしれませんね」

「……断って、下さらないんですか?」

 周りの注目などないもののように振舞う黒依が一瞬、傷ついたような闇を瞳に過らせ、叶湖はわずかに喉を鳴らして笑う。彼女も、クラスの注目など、意識の外へ追いやっていた。

「どうして私が? 嫌ならアナタが自力でどうにかすべきでしょう、黒依」

 そうして挑戦的に微笑んだ先で、黒依が僅かに諦めたような苦笑で頷く。





「分かりました。……では、お昼は一緒に食べましょう? 叶湖さんの分も作ってきましたから」

 料理上手な兄2人を持った所為か、おかげか、自分で料理をする機会がめっきり少なかった叶湖は、しかし、前世では、彼女の営む喫茶店では有名な料理上手であった。

その喫茶店は、叶湖の気まぐれでその日のメニューが決まるのであるが、稀に手の込んだ料理をだすのが、叶湖を知る常連客の楽しみの1つになっていた程である。





 彼女と同棲していたころは、料理は……というか家事全般が基本、黒依の担当であった。もっとも、それはとりわけ黒依をこき遣おうとしたわけではなく、叶湖の喫茶店を手伝う以外は職のなかった黒依であるので、彼が家事を担ってむしろ当然ともいえる。それでも、叶湖が気まぐれを起こして稀に作る料理に、黒依が到底かなわないのは何度も思い知ったことであった。

 そんな叶湖だが、彼女も黒依を拾うまでは自炊していたこともあって、料理を嫌っているわけではなく、せっかくならば美味しい料理を食べたいとも思っている。

 そんなわけで、自立した彼女が弁当を持参していることを、黒依は当然に知っていて、実家に帰った今日は弁当がないだろうと、わざわざ準備してきたらしかった。





「気がききますね。……えぇ、構いませんよ。場所は追って連絡しますが、私に女性に囲まれて食事を取る趣味はありませんからね?」

「分かってます。……では」

 黒依はそれだけいうと、早々に末明を連れて席を離れた。自分が叶湖以外の女と口を聞くのに、叶湖が気を害すかもしれない、何より彼自身、以前は何も思わなかったそれが、酷く気の進まないことではあったが、それでも、彼女をそのまま叶湖の側においておけなかったのが原因である。

 叶湖だって、心底からどうでもいいと思う人間に対し、優しくするのには、それなりの精神力を必要とする。そしてそれ以上に、人の感情に敏感な黒依と叶湖は、末明が叶湖へ向ける敵意にも似た感情を確かに、察知していたのだった。



読了ありがとうございました。


お話は舞台を学園にうつしました。

これからどんな波乱が待ち受けているのか。

できるだけ甘い雰囲気も出しつつ、書いていければいいなぁ、と思います。



さて、詳しくは活動報告の方でも書いておりますが、今までの感謝をこめ、いくつか短編を書かせていただきたいと思っております。

もしよければ、作品のリクエストなど承っておりますので、活動報告コメなどでご意見いただければ幸いです。


よろしくお願いします。

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