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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第五章 高校1年篇
31/60

1年生篇④ 真実

登場人物

彩藤叶湖:高1(16歳)。化学部部長

桐原黒依:上に同じ。生徒会長

「叶湖さん」

 あまりに早く帰りすぎても、実家で何もすることがない叶湖は、裏生徒会の事務を片付け、頃合いを見計らって部屋を出た。人気のない特別教室の集まる廊下を歩いていたのだが、不意にかかった声にわずかに眉を寄せる。

 廊下の先に黒依が1人佇んでいた。まっすぐに叶湖を見つめていて、喧嘩をしてからというもの、校内で私的に呼びとめられたというようなことがなかったため、違和感を感じて立ち止まる。







「ちょっ!」

 意識はまっすぐに黒依に向かっていたため、不意をつかれたわけではない。それでも、一瞬の後に、叶湖は黒依に拘束されていた。

 両腕を掴まれ、まるで迫られているような体勢で壁に縫いつけられる。

 何を突然……。結局、今日1日保健室で眠りこんでしまった叶湖は、黒依の変調のきっかけを掴めていなかった。







「放して下さい。誰がこんなことを許しました……?」

 黒依相手に勝てるわけのないことは承知の上であったが、それでも、場所を知っているとはいえ、袖口に仕込んだ毒針をこうも簡単に無力化されては、叶湖に為す術はない。それでも、意識的な上位は譲らずに、不機嫌を隠さない笑顔を黒依へ向ける。





「すみません、叶湖さん。でも……もう、限界です。僕はアナタに近づきたい……」

「知りませんよ。それはアナタの希望でしょう。私が叶える必要性が、どこに?」

 叶湖は黒依の言葉に、これ見よがしにため息をつく。黒依の瞳の奥で闇が揺れていた。2人の関係が変わって5年になるだろうか。それでも、黒依の心は叶湖から離れることはなかった。

 叶湖はそれを知っている。……とはいえ、彼女の方が黒依を前にして、彼が手の内へ戻ることを願うわけにはいかない。それは、叶湖の矜持であった。叶湖自身、頑なな自分に呆れすら抱くが、それでも変えられない。彼女が叶湖である限り。





 叶湖の様子にわずかに、黒依の瞳に剣呑な光が過った。

「もう、僕のことは要りませんか?」

「……」

 危険な閃きを、しかし確かに見てとって。その様子に叶湖が黙す。その隙をついて黒依が畳みかけた。

「あの、宮木という男の方がいいんですか? ……それとも、菅健治という男の方ですか? もしかして、大里ゆとり?」







 2人の距離は口づけでも交わすのかというほどに近づいて、黒依が叶湖へささやきかける。ともすれば、食い千切られそうな勢いと、飲み込まれそうな威圧感に圧され、叶湖はわずかに視線をそらした。

「アナタは私のストーカーか何かですか」





 まるで浮気を疑われているようだ。否、黒依にとっては事実その通りなのだろう。彼が叶湖のものであろうとしているのと同じように、叶湖に近づいていいのも、彼だけだと思っているのだから。結局、彼の中では仲違い以前から、全くと言っていいほど、2人の関係など変わってはいいないのだ。それでも、叶湖と黒依に客観的な関係が何もない以上、浮気ではないハズであるのに……叶湖は内心でため息をつく。

 そもそも、浮気にあたるような事実を例の3人としたこともないのだが。





「ストーカー? ……構いませんよ。アナタが信実、僕を捨てると言うのなら、僕はどこまででもアナタを追いかけます。……言ってるじゃないですか。叶湖さんが本当に僕をいらないと言うなら……お願いですから、僕を殺して下さい」

「黒依」

 叶湖の腕を掴む手に力がこもる。泣いているようだ……否、心中ではすでに泣いているのだろう。涙線が決壊しないのは、せめてもの意地か、ただ、学校内だという場所的なものか。

別に、黒依を要らないと思ったわけではない。真実はその逆である。







 叶湖は前世で平穏を奪われた黒依に、当たり前の生活を返してやろうとしただけであった。彼自身、現世の家族に対して、家族の1員であろうと接していたのだから、それがいいのだろうと、そう思ったのだ。

 けれども、そう思ったこと、それ自体を叶湖は感情的に受け入れることはできなくて。また、自分は決して黒依を本気で手放したいと願ったわけでもなく。だからこそ、突き放すような言い方をしただけであるのに。





 それが結局、黒依の心に深く爪を立て、彼に叶湖から離れることを許さなかったというのだろうか。だとしたら、自分たちの……自分の、何と滑稽なことだろう。

 その、自分に対する不愉快な気分がつい、表に出たのだろう。そして、それをどう受け取ったのか、黒依の表情がさらに悲壮に歪む。







「なにが……気に入らないんですか? 僕の名を皆が呼ぶことですか? どうでもいい人間が僕に寄ってくることですか? 汚れきっているはずの僕が、おキレイに装っていること? それとも、アナタだけのものだった僕に、家族ができたことですか? ……アナタが望むなら、僕の名を軽々しく呼んで近づいてくる人間なんてすべて殺します。誰にでもいい顔をするのが気に入らないなら、アナタ以外との会話なんて要らない。僕の家族だって……アナタが気に入らないというのなら、僕にだって要りません。…………すべて、殺しますよ。アナタがそうしろと言うのなら。それで、僕を受け入れてもらえるのなら……そして、アナタを僕に下さるなら。……僕と縁のある人間なんてすべて殺して……そして、もう1度。アナタだけの僕になります。だから……」

「知ってますよ」

 そう。叶湖はしっている。叶湖が1言命じれば、今言ったことなど、何のためらいもなく黒依がしてしまうだろうことを。





 確かに、以前は黒依は自分だけのもので、黒依という名を呼ぶのも自分だけだった。黒依に、叶湖との間にある以上の繋がりを求める人間もいなかった。

 叶湖の周りには彼女の狂気を知っているものしかおらず、その狂気を一心に受け入れた黒依との仲を邪魔しようとするものなど現れる筈がなかった。

 だからもちろん、黒依の名が大勢に呼ばれるのが気に障った。黒依の狂気も知らずに近づく人間に腹が立った。家族ができて、叶湖以外に一切の執着のないハズだった黒依が、家族のための行動をした……その苛立ちで気が狂いそうだった。







 それでも、黒依の答えはハズレだった。

 叶湖が拘束された腕を僅かに揺らす。その意味を正しく理解して、黒依は叶湖を解放した。

 叶湖は一瞬、解放された両手で顔を覆って。数秒後、掌から現れた表情からは、笑顔が消えていた。

 呆れとか、嘲りとか、憐れみだとか。そして……僅かに泣きそうな、そんな微妙な気持ちがまんべんなく混ざり合った、そんな表情。







 僅かに彼女の弱さの混じるそれに、一瞬、黒依が困惑に顔を歪めた。

「……アナタは……彼岸の妹さんに会いたかったんでしょう? ……今はいるんですよ?……アナタの妹が」

 叶湖が躊躇いを込めつつ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。それに、黒依は釈然としない気持を感じた。何を言われているのか、分からない。そんな様子を見せる。

「えぇ……。でも、茜も、杏里も、僕の妹ではありませんよ。アナタは彩藤叶湖ではない、嘘々叶湖ですし。僕も桐原黒依ではなく、無灯黒依です。結局、現世での偽物は偽物でしかない。……この世に本物なんて僕にとってはアナタだけです」





 叶湖は黒依の返答に僅かに息を吐いて、そして目を閉じた。

「……えぇ、その通り。だから、アナタが私をとれば、アナタの今ある世界は崩壊する。いいんですか? 普通の世界なんですよ? アナタは人を殺す必要がない。温かい家庭に生まれ、その中で育ち、妹は誘拐されることなくアナタと暮らしています」

 言ってしまった。目を瞑ったまま、表情が僅かに歪む。

 黒依の瞳に映る、弱い自分から目をそらすように、目を閉じたままの叶湖には、黒依の顔が唖然とした瞬間は捉える事が出来なかった。

 そして、次の瞬間。黒依に強く、しかし痛みを感じることがないよう、暖かく、柔らかく抱きしめられ、驚きに目を開く。当然のように、黒依の着ているシャツの白が飛び込んできただけであった。







「……アナタって人は、バカですね。そんな、……そんなことを、気にしていたんですか。僕の生活を壊すことを、恐れていた、なんて。まさか……アナタが」

 叶湖の背中に回る腕が僅かに震えていた。黒依から伝わってくるのは混乱のみ。

 他の感情はうまく受け取ることができなくて、叶湖はそのまま言葉を続ける。

「……私が狂っているのは今も昔も同じ。私は自分で望んで平凡を捨てた人間ですから。……でも、アナタは違うでしょう? 自分は望まずとも、平凡を奪われた人間です」





「どちらにしても、同じですよ。僕はもう平凡ではなく、一般でもない。そして、アナタに狂っている狂人で。なにより、僕を狂わせたアナタがここにいる。同じ、この世界に。……僕の中では、今も昔も、アナタ以外の存在に意味などないんです。アナタに出会った、その時から。……確かに桐原の家は温かいです。僕は初めて得たものだ。でも結局……偽物ですよ。僕にとっては。あそこには、僕の本当の母も、父も、妹もいない。結局、偽物だけの世界で、僕にはアナタしか本物がいない。だから……僕をアナタのものにして。それから、アナタも僕に下さい。僕に、本当の世界をもう1度、与えてください、叶湖さん」







 黒依が叶湖を抱く腕が緩んで、僅かに2人の間に空間ができる。

 黒依は叶湖の瞳を覗き込むようにして、懇願した。その瞳にしっかりと灯る狂気と、そして熱情を見てとって、叶湖は僅かに瞑目した。

 これだけ素直に気持ちを伝えられて、そして叶湖が魅入られた狂気に中てられて。それでも尚、黒依に平穏な生活を望めるほど、叶湖はできた人間ではなかった。そして同じように、叶湖自身も黒依を望んでいた。





「……絶対、アナタの方がバカですよ、黒依。偽物だろうがなんだろうが、初めての、家族で初めての、普通でしょうに……」

「アナタを1人にする普通なんて、僕には必要ありません」

 真っすぐと見つめあって、告げられる。正しく、叶湖は黒依に飲み込まれていた。







 は、と軽く息を吐いて。いつも通りの、綺麗で可憐な笑顔を浮かべた叶湖が黒依を見つめ返した。

「……なら、黒依。……戻ってきなさい、私の手の中へ。……アナタは、誰のものですか?」

「アナタ以外にありえません、叶湖さん」

 黒依はそう告げ、やっと許されたと、宝物にでも触れるように、ゆっくりと叶湖へ口づけを落とした。



読了ありがとうございました!!


そして、遅くなってすみませんでした。

普通に計算ミスをして、1週間以内に更新するつもりだったのが、遅れてしまいました……。



ちょっと急いでかいたので、後ほど校正の関係で多少、修正かけるかもしれませんが、内容自体は仲直り回でした!

……これから、いちゃラブかいていきたいです、はい。


今後とも、応援お願いします。

普通に、お話は続いていきますので。

次回こそ、一週間内の更新を目指します! それでは

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