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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第二章 幼稚園篇
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幼稚園篇① 神様

登場人物

彩藤叶湖:年少組(4歳)

桐原黒依:上に同じ

「叶湖さん」

 園児たちが各々の望む遊び場で好きなことをして遊んでいる端で、叶湖は1人、木陰に腰かけて分厚い本を抱えていた。そんな彼女を呼ぶ声がして、叶湖は視線をあげる。

「室内でなくていいんですか?」

「……煩わしいんです。園児をすべて一元化できると思っている人間が。異端が嫌なら放置すればいい」

 叶湖が表情を崩して眉を寄せる。いつ何時でも笑顔を顔に張り付けている叶湖がその表情を崩して、正直な心中を表に出すのは唯一、黒依の前だけである。それを知っているからこそ、黒依はそんな機嫌の悪い叶湖に対してしょうがないな、とでも言うように浅く息をつくと、その隣に自分も腰を下ろした。そして、叶湖の膝におかれた本を見る。

 前世では、どこまでが本気か分からないが、世界征服を企み、その下積みとして情報を操っていた(そして、情報世界では征服を達成してしまった)叶湖である。読まれている本は童話どころか日本語ですらない。その事実に、その言葉が何語かすらも分からずに終わった黒依は、内心で苦笑する。





 確かに、叶湖と、そして黒依も共に幼稚園で異端扱いをされているのは事実であった。そもそもが2人だけの世界を築いてしまっている上、外見が同年代の子供たちとでは会話が続くわけもない。

 周りが絵本の読みきかせを楽しみにすれば、2人は部屋の隅で経済学の専門書を持ち込んで読んでいる。お絵かきをさせてみれば、叶湖は自分勝手にこの世界ではまだ日の目を見ていないようなプログラムを構成しはじめる。なおかつ、チャート図の並んだそれを絵だと言い張る上、それを解読できるものなどその場には居ないので、それがまかり通ってしまうのも問題だろう。黒依は黒依で精密すぎる人体(の断面図)を描いて、他の園児のトラウマを作り上げてしまった前科を持つ。

 おまけに、子供に対するような窘め方では、2人そろって慇懃無礼に論破されてしまうのだから、大人も立つ瀬がないといえるだろう。下手に生意気を言われるより、敬語を標準装備として操る2人にスムーズに論破されてしまえば、そのダメージは計り知れない。そんなわけで、入園から1カ月も経つ頃にはおおよその大人は諦観してしまった。とはいえ、今でも2人を子供とみて、なんとか言うことをきかそうとしてくる者もいる。そんな連中を避け、この時ばかりは小さい体を駆使して、2人は自分たちだけの世界を作り上げていた。






 今日も今日とて、自由時間が始まった途端、姿を消した叶湖を追って黒依がその場所へやってきた、というわけである。今は春と夏のちょうど間ごろの季節で、天気のいい今日はひなたに出ればさすがに肌の焼ける感覚がするが、木陰で居れば時折木の枝をくぐり、カサカサと音を立てる風が心地よかった。






「それとも異端だからこそ、矯正されようとしているんだと思います? 異端を嫌うだなんて、日本人的習性かと思ってましたけど……どう思います?」

 叶湖が言って、膝の上の本を軽い音を立てて閉じると、まるで眩しいものでも見るように目を細めて、まっすぐ顔を向けた先の白い建物を視線で指した。

 白い外壁に、茶色の屋根。そしてその上に見える十字の形。叶湖と黒依の通う、キリスト教を信仰する幼稚園の所有物である。






「そういえば、覚えています? 以前、神様について、話したことがありましたっけ?」

 叶湖がふ、と懐かしい昔話に浸るように問いかけた。

「……そうでした?……っ!?」

 それに対して、何かを考える素振りを見せた黒依が僅かに小首をかしげる。瞬間、叶湖の小さな手がまっすぐに、むしろ何の迷いも無いことが不自然なほど、一直線に黒依の頸動脈を押さえた。

 他人に弱点を晒すことなど、就寝中であっても有り得ない黒依が、反射的に身を強張らせるが、叶湖の手を振り払うことはない。


「話した、でしょう?」

 叶湖がにっこりと、花の綻ぶような笑顔で黒依に問いかける。しかし、黒依は花は花でも、それが人を殺せる毒を持つことを知っている。

「……えぇ、まぁ。名前を出すのもおぞましいほど大嫌いだ、と」

 やがて、黒依は自分の血脈に触れる、ひんやりとした冷たさに音をあげた。

「えぇ、その通り。アナタと私が出会ったころ、私のことを、その神様と重ね合わせていたんですよね?」

 尚も笑顔で追及する叶湖に黒依は諦めの混じった笑顔を浮かべて頷く。


「今は?」

 ふと、短く問いかけられたことが理解しきれずに、黒依は叶湖の問いに首をかしげた。

「今は、どうだと言ったんです。その、『名前を出すのもおぞましいの』を信仰する中に入ってしまってるわけですけれど?」

 黒依も、今度はしっかりと意図を把握できたようで、苦笑を浮かべたまま何かを考えるように視線を彷徨わせ、そして光を反射させている白い建物を見つめた。


「今でも、叶湖さんのことはアレのように思うこともありますよ。救世主メシア、らしいですから? ……でも、前ほどアレが嫌いではなくなりました。」

 黒依の返答に、楽しそうな笑顔で叶湖が首をかしげる。それを促しの意味ととって、黒依は先を続ける。

「別の世界で終えた、アナタとの関係を、1からとはいえ続けられている。もし、これがアレのおかげであるというなら、僕は感謝せざるを得ません」


「神様に?」

 感謝する、と言うくせをして呼称を呼ぶことすらない黒依に、その好奇心を満たすように、叶湖は瞳の中を覗き込む。

「まさか。……アレの思し召しかどうかはともかく、それに従ってくださった、叶湖さん自身に、です。……触れても?」

 黒依がささやくように告げ、今まで一切拒むことなかった、自分の頸動脈に置かれたままの叶湖の手をとる。そしてそのまま叶湖を引き寄せ……。






「っ痛」

 逆の手で喉に爪を立てられ、黒依はわずかに声をあげて叶湖を見つめた。

「いい、なんて言ってませんよ。お手付き禁止」

 今は赤くなっているだろうが、帰るまでにはキレイにソレもひくだろう、絶妙な力加減。相変わらず、人間の弱点を突く洞察力と嬲り殺すための力加減は天才的だ、と内心でため息をつきながら、黒依は楽しそうにキレイな笑顔を浮かべた叶湖を見つめたのだった。


 それを穏やかな気分で許せるようになった自分は、神への印象どころではない、もっと根本的な何かがあの頃とは劇的に変わったのだと。その『変わったもの』についてもある程度の予測が安易に立つことも含めて、黒依はとても満足していた。



読了ありがとうございます

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