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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第四章 中学生篇
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中学生篇⑤ 闇Ⅰ

登場人物

彩藤叶湖:中学2年(14歳)

宮木 篤:叶湖の先輩。化学同好会会長

須賀健治:不良の王


「厄介な依頼……ねぇ?」

 叶湖はつぶやいてパタン、とケータイを折りたたむ。

 本来なら今日は化学同好会で扱うような事件は入っておらず、放課後は速やかに帰宅して、久々にプログラミングにでも打ちこもうと思っていたのだが。

 昼休みも終わる頃、未だ、形の上では裏生徒会会長を務める篤から、放課後の呼び出しがかかった。なんでも、厄介な依頼が来てしまったらしい。







 そんなこんなで、叶湖はホームルームが終わると、いつも通りさっさと教室を出ると、そのまま真っすぐに化学同好会部室へやってきた。

「よぉ、叶湖」

 部室の奥、裏生徒会執務室へ入ると、こちらもいつも通り、ソファに寝そべった篤がひらひらと手を振っている。叶湖は無言で対面のソファに腰をかけると、視線で話を促した。

 その様子に、軽くため息をついた篤は、しかしソファから身を起こすと叶湖と向かい合うように座りなおして口を開いた。







「学園から依頼がおりた。……今回のターゲットは……教師だ」

「教師……あぁ、あの数学の、何と言いましたっけ、あの男ですか?」

 叶湖の答えに、今まで真面目な顔を演出していた篤も、疲れたように息を吐き出し笑う。

「おっかしいよな、ウチのターゲットになるような教師について、すぐに思い当たるほどの情報収集はしてるくせに、名前は出てこないのかよ」

 篤の呟きに、何も答えないまでも、何か問題でも? といっそ清々しいくらいに開きなおる様子を見せる叶湖に、篤はおさえられず、くつくつと喉をならす。





「と、いうわけで、お前に任せるわ」

「はい?」





 ひらり、と依頼書を叶湖の前の机に投げ出し、自分の役目は終わったとばかりに、ソファに横になり直す篤を、叶湖は若干凄みを増した笑顔で見つめる。そんな叶湖の様子に、気のせいか、一瞬身体を震わせた篤は、咳払いをして話を続けた。





「丸投げしようってんじゃなくてよ……。それ読みゃ分かるけど、学園側はどうあっても俺たちに秘密裏で動いて欲しいんだと。ってことで、もちろん暴力沙汰も無理。奴が自分から学校を去るよう仕向けるのが今回の依頼らしい。……要するに、ターゲットの社会的地位の抹殺。俺の得意分野じゃないだろ、明らかに」

 若干拗ねたようにいう篤に、叶湖は苦笑して、初めて依頼書を手にとった。







「それによ、俺もそろそろ卒業するし、基本、高等部と中等部で裏生徒会は独立して活動してるしな。来年はお前が会長なんだから、ま、適正試験とでも思ってくれよ」

「試験を受けてまで、誰かの上に立つ、なんて立場にはなりたくないんですけれどね」

 依頼書に視線を落としながら、口先だけで叶湖が呟くその言葉に、篤は呆れた笑いを漏らす。

「よく言うぜ。裏生徒会に入ってしばらく、ずっと俺のことを見定めてやがった癖に。お前、上に立つのも好きじゃないだろうが、それ以上に無能の下に就くのの方が嫌いだろ?」

 俺は知ってるぜ、というように言う篤に合わせて、叶湖もニッコリと笑う。

「当然でしょう?」







「ごほんっ。……あぁ、なんだ。それで、だ。学校からの依頼はそれだけなんだが、せっかくのお前の試験だし、俺からも上乗せの依頼ってことで……」

 叶湖のあまりに綺麗な笑顔に、篤は咄嗟に顔をそむけてしまい、しかし相手にしっかりとそれを見とがめられたこと対して、ごまかすような咳払いを放つと、にやり、といたずらを思いついた子供のように、笑顔で叶湖を見上げた。もっとも、その笑顔は無邪気とは言い難く、むしろ、邪気がこもっていそうであったが。







「標的のやつ、結婚してんだけどよ……その相手が、すっげぇ美人なわけ! で、生徒に手ぇ出して、学園から追い出されるような亭主のツケを、そんな美人に払わせるのはかわいそうだろ!? ってわけで、ターゲットを学園から追い出す前に、その奥さんにはぜひ、保障のある形で旦那と別れてもらいたいだよなー」

 なんですか、と笑顔で尋ね返す叶湖に、わくわくと自分の胸の内を告げる篤の話を聞くうち、叶湖はだんだんと呆れた笑顔を浮かべる。

「……拒否権はないんですね? ……私は情報を集めるのが得意なだけで、それを利用して人を動かすのは、あまり専門ではないんですけれどね……」

 とはいえ、情報屋のついでに、情報をつかって依頼者に利があるよう、陽動やら操作も行っていた叶湖だ。必ずしも、不可能とは言い切れない依頼に苦笑しつつ、頷く。







「いいですよ。これだけの労力を無料で請け負うのは、あまり私の主義には沿わないんですけれど……久々に、人の不幸が見たくなりましたから」

 くすっ、と妖艶とも言うべき笑顔を浮かべる叶湖に、中2の表情かよ、と呆れながら、しかし見惚れてしまう自分に、篤は内心でため息をついた。













「なーんか、面白そうな依頼やってんだってな」

 依頼を請け負って1カ月。今回は特に生徒絡みの案件ではなかったため、不良の王への報告は後回しにしていたのだったが、どうやらどこかで聞きつけたらしい健治に呼び出され、叶湖と篤は彼の城へやってきていた。

 相変わらずのタバコ臭さに、僅かに機嫌を降下させた叶湖が篤を連れて今は機能していない店を奥へと進む。そこには健治が2人を出むかえるように、机に腰をかけて待っていた。





「耳が早いっすね、健治さん」

「なんでも、叶湖の試験をやってるっていうじゃねぇか。……まぁ、叶湖の行動は力でねじ伏せる俺らとは反対だからな、見ていておもしろい」

 言って健治が笑い、篤もその後ろで、苦笑しつつも同意した。

「見てれば、つくづく敵にはまわしたくない、と思いますけどね。依頼からまだ1カ月っすけど、ターゲットは先日離婚しましたし」

 篤の褒めてるのだか、怖がっているのだか、分からないような科白に、叶湖はわずかに喉を鳴らして首をかしげた。





「それがそんなに可笑しいですか? そもそも生徒にセクハラしているような男の家庭なんですから、離婚するに至っていないまでも、冷え切っているのは容易に想像できますよ。同じく、よほど大層な性的趣味でもお持ちでなければ、他に女が居る可能性も十分にありました。……から、そこを調べて、相手の女を刺激するような噂を流してやれば、あとは勝手に話が進みます。……むしろ相手の女性の性格によっては、痴情のもつれからターゲットを殺人事件の被害者か容疑者にしようと思っていたくらいでしたので、今回はあまりうまくいかなかったくらいですかね」

「殺人事件の関係者にしちまったら、依頼が失敗するだろーが。……まぁ、それはいいが。お前はそれを、自分がやったとはバレないようにしてるんだろ?」

「……冗談ですよ。……こほん。……ま、噂なんて尾ひれがついていろんなところを出回るものですしね。情報は曖昧なものですよ」

 叶湖のあっさりした解答に、篤は今度は大々的なため息をついて、呆れた様子を表していた。一方、その隣で健治は感心したように頷いている。







「すっげーな、叶湖。俺も噂は不良どもから入ってくるのもあって、いろいろ情報は多いが、比べものにならないんだろーな……」

「とはいえ、私のテリトリーは情報世界ですからね。アナログだったり、ローカルな情報であれば、機械だけでは追えなくなりますよ。ですから、健治さんのこと、頼りにしてますよ?」

 叶湖がそういって綺麗に微笑めば、それだけで、薄暗い店内の中でも手にとって分かるように、健治の顔色が変わる。隣で篤が、俺は俺はーとせがむのを可憐に無視して、叶湖は内心で哂った。







 情報世界だけではカバーしきれない情報の収集。それが、情報世界の女王である叶湖が、しかし前世で喫茶店を擬製した、情報屋としての店を構えていた理由にある。その点では、不良の王である健治は、地域全般の重要な情報パイプであった。全世界の情報さえ集められる叶湖であるが、情報屋としてはほぼ、活動していない叶湖が今現在、情報を集める理由は、自己防衛のために他ならなかったので、そういう意味では、由ノ宮の不良たちから圧倒的支持を得る篤も、叶湖の生活圏内の重要な情報ソースである。







「にしても、いくら浮気してたって、家庭は離婚するほど冷え切ってたわけじゃなかったんだろ? よく破壊できたよな、お前も……っていうか、その浮気相手が、か……?」

「浮気するような関係性なんですから、突き崩すのなんて簡単ですよ。浮気を許す、される、というのが、関係性が脆弱な良い証拠でしょう?」

「と、いうことは、叶湖は浮気は許さないわけだ。……似合わない正論だな」

「正論が似合わない……ですか。まぁ、間違ってはいないですけれどね」

 叶湖は、篤に言われた言葉が気に入ったのか、可笑しそうに嗤う。







「んじゃ、前の彼氏とは浮気が原因じゃねーのかな?」

 次いで、問いかけられた科白に、僅かに目を見開いた。



続く

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