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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第四章 中学生篇
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中学生篇③ 来訪

登場人物

彩藤叶湖:中学1年(13歳)

宮木 篤:化学同好会会長

須賀健治:不良の王


*若干流血表現あり

カンッ、カン

「……ってー、おいおい。なーんで、そんな不機嫌なわけ?」

 安っぽい金属の階段を下る。その音すら不愉快に聞こえるのに苛立たしげに髪を掻きあげる叶湖。

 相変わらずその表情は笑顔ではあるが、いい加減、彼女の機嫌の降下を察知できるようになった篤が振り返り、呆れたように苦笑した。







 つい先日、中学の最初の1年を終えた叶湖は今日、篤に連れ出され、都心部のある場所を訪れていた。

 薄汚れたコンクリートの壁が並んだ道。電飾の消えた看板を潜り抜け、錆びた階段を下る。





 横文字の並んだ看板はその店の名前で。それが掲げられた扉を抜けると、タバコの臭いが鼻をついた。

「帰ります」

「ちょ、ちょーっと待てって叶湖!」

 瞬間、身を翻した叶湖の腕を掴み、それでも壊れものを扱うかのように丁寧に部屋の奥へいざなう篤。とはいえ、叶湖がそれに逆らえばすぐに、掴まれた腕が痛みを訴えるような絶妙な力加減で。叶湖は逆らうこともできずに、半ば引きずられるように部屋の奥へ進んで行く。







「?」

と、部屋の奥の一角へ近づくに従って、叶湖と篤はそのにおいに気付き、眉を寄せた。

「……血臭? ……ち、トラブルかよ」

 叶湖の耳のすぐ上で篤が呟く。

 

 その店は、叶湖の学区を含む、都心部すべてをカバーする地域、そこの不良たちを一手に束ねる男のテリトリーであった。

 そんな場所をなぜ叶湖が尋ねたかと言えば、答えは簡単。各校のいわゆる不良だとか、裏番だとか、そういうものはすべて、その男の管轄下に置かれているとかで、叶湖がもうすぐ仕切ることになるだろう、化学同好会こと裏生徒会も、その例に違わなかったからであった。





 とはいえ、叶湖がそんな決まりに従うことはもちろん、誰かに呼び出されるようにその場所を訪ねることも、喜んで引き受けるわけがない。

 そんな理由で、今日は篤と待ち合わせ場所で折り合う以前から機嫌が良くなかった。







「あ―。どーすっかな」

 血臭の出所でもある、隣室へ繋がる扉を前にして、開くか否かをためらう篤の横、叶湖は迷わずそのドアノブに手を伸ばし、扉を開いた。

「ちょ!?」

 ガンッ、と、瞬間殴り飛ばされたように、扉の横の壁に男がその身体を打ち付けた。すでに流血していた部分から血が飛び散り、叶湖の足元に咲く。





「あぁ?」

 ふと、その声に顔を挙げれば、こぶしを赤に染めた男がこちらを見ていた。髪は黒。近くの高校の制服を着崩してはいるが、正直、見た目だけでは篤の方が不良っぽいかもしれない。

 とはいえ、その目だけは、ずっと鋭く、叶湖とその横の篤を貫いていた。





「……篤じゃねーか。あー、そーいえば、今日だったか。次期会長殿を連れてくるっつーのは……時間忘れてた」

 拍子抜けしたような間抜けな顔で、そう呟く。ガシガシと頭でもかくつもりだったのか、髪に伸ばされた手は、しかしそれが血を纏っていたことで再び下におろされた。瞬間、眉間にしわが浮かび、不機嫌が戻ったのだと容易に読み取れた。

 そんな表情の移り変わりを見ながら、なんと、コロコロ変わるものだな、などと叶湖は考える。第一印象は、篤と似ている……そう思った。







 乱闘現場に乱入した2人を咄嗟に睨んだその瞬間、目の前の男の瞳は自分たちを射殺さんばかりに細められていたというのに、次の瞬間、相手が顔見知りだと分かってすぐ、その表情は気の抜けたものに代わる。

 その2面性は篤も持っているものだった。普段は軽薄そのもので、見た目通り、頭の軽い男を装っているが、叶湖はその実、彼が相当頭もキレることを知っていた。

 そして、彼の裏の顔がただの不良で納まりきらないほどのものであることも。だからこそ、叶湖は彼の下に就くものとして、一時とはいえ彼につき従うことができていたのだから。





 しかし、目の前の不良の王を見ているうち、彼が篤とはまた違った底を持つのだと気付いた。コロコロ変わる表情は、彼が篤のように意図した2面性でその心中を隠しているわけではないことを教えていた。彼はその心のままに従い、行動しているのだと、それを知って。叶湖は面倒くさいと思う。

考えてから行動する人間の方が、その『考え』に横槍を入れてしまえば、操るのは簡単だからである。







「……とはいえ……、次期会長殿、を連れてくるんじゃなかったのか? お前の女連れてきてどーするんだ?」

 再び、不機嫌なのを忘れたように、きょとんとした顔で篤に尋ねる男。

と、しかし篤がそれに応える前に、身じろいだ第三者がいた。それは、叶湖の隣、壁にうちつけられていたまま蹲っていた男で。





「テメーは動くなってんだよ!!」

 瞬間、特に反撃の動作を起こしたわけでもなく、身じろいだ男は、瞬く間に自分に迫った不良の王に踏みつぶされた。

 ぐ、とくぐもった声を漏らし、身体を折り曲げてうめく。

 また、血が飛ぶが、叶湖はさ、と身を引いてそれを避けていた。





「あー……その前に、何かあったんスか?」

「んー? あぁ、いや、コイツ、ヤクに手、出しやがったから」

 遠慮がちに尋ねる篤に、王はあっさりと返事を返す。

「へぇ……そうなんスか。やっぱ、出回ってるんですかね、相当……」

「ウチの学園では見ていませんけれどね」

「ふぅん」

 首をかしげる篤に、叶湖がつぶやきを返せば、納得したように頷く。







「ところでその方……どうしたいんです? 痛くしたい? それとも黙らせたい?」

 その様子を面白そうに見守っていた王に、叶湖は突然に質問を投げかけた。

「んー? んー、制裁だったから、痛くしたかったんだけど、今はお前らとの約束の時間だから、うるさいのは困るなー」

「そうですか」

 至極冷静に返事を返した叶湖は目にもとまらぬ速さでくるり、と長い針のようなものを何処からともなく取り出すと、それをまっすぐに、目のまえに倒れこんでいる男につき刺した。







「っ、ぐ、ぎゃぁぁあぁっ」

 遠慮も何もなく深々とつき刺された針に、咆哮するように悲鳴が上がったかと思えば、すぐにくてり、と倒れ込むように男は気を失った。

 それをつまらなさそうに見届けた叶湖は、つき刺した針をそのままに、まっすぐ王へと微笑んだ。







「始めまして。由ノ宮学園中等部、裏生徒会会長補佐、叶湖です」

「……あぁ、ご丁寧にどうも。俺、須賀健治スガ ケンジな」

 気を失った男のことなど忘れたかのように、名乗り返す健治。

「えぇ、知っています。ところで、私、特に篤さんから何も聞かされていないのですけれど、ここで何をすれば?」

「いやー? 別に、ただの顔合わせだし、特に何か必要ってわけでは」

 叶湖の質問に健治はあっさりと首をかしげる。





「あ、それよりも、さっき何やったんだ?」

 視線で倒れ込んだ男を指して尋ねる健治に、今度は叶湖がきょとん、と首をかしげる。

「痛みを与えつつ、意識を奪ってみただけ、ですね」

「まぁ、だよな。で、方法は?」

「針は痛みを刺激するツボに。ちなみに、針は即効性の睡眠薬が塗ってあります」

 叶湖の説明に、はー、と本気で感心したように頷く健治に叶湖はわずかに機嫌を向上させて微笑む。





「私は力もありませんし、健治さんや篤さんのように拳を使う、と言うわけにはいきませんから。効率よく、痛覚を刺激するにはツボが一番楽ですよ」

「へー、かしこいな、お前!」

「来年、俺が引退したら、叶湖に中等部の裏生徒会は任せますんで」

 満足そうに笑う健治に篤が呆れた表情を隠しつつ告げる。……叶湖ははっきり気付いている当たり、あまり隠し切れてはいないのだろうが。







「うん、いんじゃね? ……あ、なぁ、叶湖! お前、篤の女じゃないんだろ? だったら、俺の女にならないか?」

 あまりに軽く了承された2人の来訪の目的に、しかし安堵感が訪れる前に、続いた2言目にぶち壊された。

 叶湖がいつもと変わらぬ凪を装う隣で、あからさまに篤がビクリと反応し、おそるおそる叶湖の表情を伺い見れば、バッとその視線を真正面に戻した。

 ……今この場に居るものの中で、唯一叶湖の表情を正しく読み取ることのできるだろう彼だからこそ、気付けたのだろう。叶湖の機嫌が、待ち合わせの時より格段に下降していることに。





「……残念ですけれど、お断りしておきます。……勿体ないですから」

 何が勿体ないのか。……というか、誰が、誰に勿体ないのか。あえて明言せずに微笑む叶湖の返事に、残念だなー、などと悠長に呟く健治に、篤は内心でほ、と胸をなでおろす。

「ま、気が変わったら言ってくれよー」

「……えぇ、まぁ、変われば」

 遠まわしに完全な拒絶を受けつつも、それに気付かない健治に叶湖は満面の笑みを、篤はひきつった笑いを送る。







 健治にとって、叶湖の印象が悪くないことはしっかりと確認でき、今回の目的は大が付くほど満足に達成できたハズである篤は、しかし、叶湖からみた篤の印象を決して聞きたくないと思っていたのであった。







 この後、健治がどんどんと叶湖の魅力に捕らわれ、そんな健治を笑顔で一線引きながらも、叶湖が徐々に第一印象以上の印象を抱いていくのはまた、別の話。


読了ありがとうございました


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