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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第四章 中学生篇
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中学生編② 王子

登場人物

彩藤叶湖:中学1年(13歳)

宮木 篤:化学同好会会長


 私立由ノ宮学園、中等部・高等部が共に過ごすことになる校舎。2階以上に職員室とホームルームの教室があつまり、1階には特別教室が集まっている。

 その1階を奥まで進み、突き当りの左側。ホルマリン漬けの瓶や劇薬のおかれた棚を抜け、部屋の隅のドアを電子キーで解除すると、その部屋はあった。

 春とは違い、部屋の奥にまるで社長机のような立派な机が備え付けられており、その机の上にはマザーボードを挟み、2台のパソコン。そして当初より若干狭くなった、入口よりのスペースには、変わりなく応接セットのようなローテーブルと3人掛けのソファが置いてあった。







 そのソファに春と変わらずだらしなく寝そべり、片手に持った1枚の紙切れに視線を向けている男……。

「すっげーな……8割だと」

 篤は言いながら、部屋奥の机に向かい、特に何をするでもなくディスプレイを眺めていた叶湖に視線を移した。





「そうですか……」

「はん。相変わらずクールだねぇ。……どういう関係な訳よ? 新しい生徒会長さまと」

 篤が手に持っていたのは今日行われた、来年度の生徒会選挙の結果であった。実際、選挙結果の発表は明日のインターバル――2限目と3限目の間に入る中途半端な休み時間――に行われるのであるが、生徒会とは関係の深い、裏生徒会の人間にはいち早く、その結果が伝えられてきた、というわけだ。

 立候補に学年による規定はなく、来年度中等部に在学する見込みの生徒であれば誰でも立候補ができる。その証拠に、同時期に行われる高等部の生徒会選挙には中等部3年の者が立候補することも可能である。

 そして今回、来年度の中等部生徒会長に当選したのは、現在1年でありながら圧倒的な人気を誇り、学園の王子様と謳われる1年Aクラス主席、桐原黒依であった。







「どういう関係、とは……?」

 カラリ、と回転いすを引いて叶湖は立ちあがり、篤の前に向かい合うように座った。現在、叶湖は裏生徒会の会長補佐の立場にある。今まで会長1人の他はヒラの部員以外、役持ちがいなかった裏生徒会であるので、異例のことである。

 現在、見た目からして実働派である現会長、篤に変わり、本来の会長の役目である学園への報告書の作成や、その他の組織との情報交換などの事務作業については叶湖がそのすべてを任されている状態ではあるが、一応表向きには篤の下につく位であるので彼に言うことには素直に聞くようにはしている。

 ……もっとも、叶湖にしてみれば、ではあるので、客観的にみて素直、かどうかはわからないが。







「……小学校一緒だろ? 6年間もあってクラスが1度も同じでないことなんてほぼあり得ない。にも拘わらず、まるで初対面のような振る舞い。どころか、同じクラスなのに目立った会話もない。……まぁ、もともと人と関わりたがらない叶湖だからなんとも言えないけど……ちょっと不自然すぎるだろ。叶湖、誰にでも優しいしなー。その叶湖がシカトする相手……。何があったか、気になるのが普通だろ?」

 酷く攻撃的が笑みを浮かべて叶湖を追求する篤に、叶湖はおっとりとしたいつも通りの笑顔で微笑み返し、口を開く。







「元恋人です。……ケンカ別れが酷かったので。……と言ったら、納得してくださいます?」

 叶湖は真実に近からず遠からずの返事をし、最後にごまかすように付け加える。その言葉に一瞬ポカン、と口を開けて驚きの表情を表した篤は、その後呆れたように乾いた笑いを浮かべて、手に持った紙を丸めて捨てた。

「笑顔で威嚇すんなよなー。……ま、お前が触れてくれんな、つーなら怖いし触れねーけど」

「怖いって何ですか」

 叶湖は篤の言いようにクスクスと声を漏らして微笑む。







 黒依は中学に入学してからというもの、ちゃくちゃくと優等生としての地位を気づきあげてきた。成績は常に主席。授業も無遅刻無欠席。運動神経は抜群で、部活には属していないが、様々な大会で助っ人として出場を果たしている。顔もよく、性格も穏やか。……その表面上はその通り、王子さまに他ならず。

 結果、今回の選挙結果でも圧倒的な支持を得た。もっとも、D・Eクラスの生徒には彼をやっかむ者もいて、支持率は8割であったのだが。







「にしても、あんだけ完璧で、裏がない人間がいるなんて、どーしてこんなに信じる人間がいるのかね?」

 まるで愚か者を笑うように、篤がのどを鳴らす。

「まぁ、確かに」

 叶湖は頷きながら、しかし、真実は篤が考えているものとは少し違うだろうと予想した。





 確かに黒依には裏の顔がある。しかも、前世で暗殺者をしており、その心中には彼岸の妹以外には叶湖の他に執着するものがなく、真実、叶湖に狂っている狂人だ。

 しかし、彼が優等生を演じるのは、彼の裏の顔故、ではなく、彼が学生というものをしたことがないからである、と叶湖は正しく認識していた。

 黒依は学生を知らない。しかし、叶湖に放逐され、現在黒依の生きる理由は新しい家族であろう。そして、その家族になじむため、普通になるために、黒依はできる最善をつくそうとしているに過ぎないのだろう、と。

 御苦労なことだ、と叶湖は思う。それと同時に、やはり普通を演じきれる黒依は、叶湖と違い、最初からそうするべき人間だったのではないか、と。

 普通など、優等生など、絶対にごめんだ、と。







「とはいえ、裏生徒会は生徒会との共同作業、多いんだぜ? 仲良くできるかよ、次期会長さん?」

「さぁ、どうでしょうねぇ……?」

 叶湖は本心を隠したままで、いつもの笑顔を浮かべたのだった。





読了ありがとうございました。



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