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私と犬(アナタ)の世界で  作者: 暁理
第三章 小学生篇
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小学生篇③ 妹Ⅰ

登場人物

彩藤叶湖:小学3年(8歳)

桐原黒依:上に同じ

桐原香里:黒依の母

桐原 茜:黒依の妹

桐原杏里:黒依の妹

「いってらっしゃい、黒依、茜。黒依、茜をよろしくね。茜も、お兄ちゃんに迷惑かけちゃ駄目よ? 叶湖ちゃんも、茜と仲良くしてやってね」

 春。まだ日によっては冬の寒さが残る時期、叶湖は桐原家の玄関で、そんな香里の母親ぶりを、一歩離れたところで見守っていた。

 香里の腕の中には、冬の終わりごろ、ようやく3歳を迎えた桐原家の末っ子が抱かれている。桐原杏里。黒依の末の妹で、そして、出会うたびに叶湖に警鐘を鳴らさせる張本人である。自然、叶湖は彼女から視線をはずし、黒依と、それを追うように家を飛び出してきた少女へ向けた。この春、叶湖と黒依の通う小学校へ入学したばかりの桐原家長女、茜である。

「大丈夫だよ、母さん。いってきます」

「茜は大丈夫だもん! お兄ちゃんに迷惑なんてかけないよっ!」







 元々、とても元気がよく手を焼かせる子供らしかった彼女を、自分にとってはめずらしい人種であると、興味深げに見つめていた叶湖は、自分もいつも通りの笑顔で香里を見る。

「こちらこそ」

 実際のところ、有り得ないと思いながらの嘘。もっとも、叶湖にとって香里への嘘偽りは日常茶飯事であったので、今更良心が痛むことはない。……もともと、叶湖に痛む良心があるのか否かすら、不明であるが。

 茜は本能や直感で生きている部分が多いのか、叶湖と黒依のただならぬ関係を察知している節があった。否、ブラコンの気があるので、案外子供にありがちな独占欲かもしれないが。兄を取られるとでも思ったのか、とにかく。叶湖と茜が顔を合わせるたびに、茜の叶湖への対応はあまり良くなかった。

警戒。その一言につきるだろう。

 人の心の機微に気がつく人間でなくとも、誰でも気付く。それほどに、茜は叶湖を警戒していた。近づくこともなければ、話しかけることすらない。普段は兄にべったりだという噂であるのに、叶湖が側にいれば、その兄にすらなるべく近寄ろうとしなかった。







 とはいえ。ここが茜の、否、子供の恐ろしいところか。それほど警戒しているにも関わらず、茜は1度も叶湖に対して噛みついたことがなかったのだ。

 思慮深い大人ならいざしらず、感情的になり易い子供であれば、叶湖に対し癇癪を起したり感情をそのままぶつけたり、という可能性もありうる。にも拘らず。

 茜は叶湖に対して警戒しかあらわにすることはなかった。

 もっとも、その判断は正解で、叶湖はいくら黒依の妹であろうと、個人的に何か迷惑をかけられれば、それ相応の仕返しをしたのであろうが。







 そうして不干渉を保っていた叶湖と茜ではあるが、この春からその関係は小さいながら変化をよんだ。

 叶湖はちらり、と桐原の兄妹を見つめる。叶湖から隠れるように、黒依の影に引っ込んでいる茜。その手は兄の腕をしっかりとつかんで握りしめている。



 僅かでも、その事実に面白くない、と感じてしまっている自分に、改めて面白くないと。叶湖は内心のみでため息をつく。

 自分より実際にも2歳年下。精神的には30近くも年下の少女相手に、しかも恋愛がらみの嫉妬などと。あまりにも自分らしくない事態に呆れて二の句がつげない。

 それほどにまで、自分自身も狂わされているのだと、その事実に天を仰ぎたくすらなる。

 しかし、そんな自分自身すら仮面をかぶせて、ごまかして。







 叶湖は茜にそれはそれは、綺麗な笑顔を向けた。叶湖と茜の不仲をよく知っていた黒依がそれを目に留めて、僅かに瞠目する。理由は叶湖があまりに不機嫌だったから、ではない。

 綺麗な笑顔と言えば、叶湖の代名詞。ともすれば、数瞬後に精神的か、肉体的か、ともかく被害者が生まれるような危険を孕むものである。が、今回は。

 叶湖の笑顔に嘘が無かったのである。







 それもそうだ。叶湖は表面上で花も霞む笑顔を浮かべたまま、内心では声を出して笑う。

 叶湖は笑っている。茜にではない。黒依にでもない。もちろん、香里でも、この偽りの世界にでもない。……自分自身だ。

 いいだろう。自分がそこまで狂ってしまったのだというのなら、そのまま道化であり続けよう。自分の体裁と、黒依と。どちらが欲しいか? 叶湖は可笑しくなる。

 そんなもの、即答できるほどに黒依が欲しくなってしまったのだ、自分は。







 他の何ものよりも、黒依を選ぼう。

 実際は30も下の、まだ10にも満たない少女に対してだって、争おう。

 それが、彼を手中に収め続けるためなのだとしたら。

 叶湖は笑っていた。当の本人、叶湖がそれほどまでに望んでいる彼には何も告げないまま、彼女は自分自身の狂気を改めて受け入れたのだった。



 





 その数時間後に、その決意が揺らぐともしらないで。




続く

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