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拘泥からの脱却

 華佗が淡々と豚の解剖を進めていくと同時に心臓、肺、胃、肝臓、腎臓……などの臓器の説明を進めていく。凌瑛は一言一句聞きもらさぬよう、じっと華佗の手の先を見ながら聞いていた。もはや鉄臭さや豚の糞便の臭い、自らの全身の汗など気にならなくなっていた。ただ耳目にするものを脳裏に焼き付けるのに必死であった。

 そしてピタリと華佗が手を止めて、凌瑛の方を見て言った。

「時に慈玉、汝は男子ではなく女子だ。女子であるが故に、汝は妊産婦治療にあたることが多くなろう。ついてはとりあえずこの豚の子宮を人間の子宮に見立てて説明する。

 まず豚の子宮の場合はこのように迷路みたいになっているのが子宮の本体だ。対して人間のそれはひとつの袋みたいになっておる。」

と、華佗が見せたそれは腸を横向きにしたようなもので、確かに人間のそれの絵姿とは全然違っていた。

「こんなに違うものなのですね……。」

と、思わず凌瑛が口にすると、華佗は頷いた。そして続けて

「例えば剖腹產ぼうふくさん(※1)の場合、腹は腱が縦に走っているから切開に苦労せず出血も少なく済む。基本的に腹を剖くのは緊急であることが多いから縦に切った方が良い。

 だが双子だとか前回も剖腹產等で、予め剖腹產を予定する場合は横向きに切開するのもありだ。横向きの方が傷跡が目立ちにくいから、その母体の心のためになることもある。」

と、言った。凌瑛はハッとした。凌瑛は命さえ救えれば良いと思っていたが、養父であり師である華佗はその先の患者の心のことまでも考えているのだ。

 凌瑛は華佗の偉大さに思わず唾を飲んだ。

「また、縫合の方法についてだが、普通の裁縫のように連続して縫合することの利点として糸と時間が節約できることだ。やはりこれも緊急時や、あるいは戦時下で物資に余裕が無い時に連続で縫合するのがよかろう。

 一方で糸や時間に余裕があるときはひと針ひと針玉止めする結節縫合する方が傷口は綺麗に塞がる。その時々に応じた縫合をせよ。」

 患者の心を考え切り方のみならず縫合の方法まで変えるとは、西域で一体どれほどの医術を学んだのか。凌瑛は尊敬の念と畏怖の念を同時に華佗に抱いた。同時に凌瑛の心にある疑念が生じた。男子にも負けぬ医術。それを追い求めるつもりであったが、果たしてそれだけで良いのか。凌瑛は暫し逡巡した後、華佗に問うた。

「養父上、私は女子として男子にも負けぬ医術を身に付けたいと考えておりました。ただ、今のお話を伺って、男子に負けぬだけの医術のみならず我が身が女であるが故の医術を身に付けねばと感じ入りましたが、それは合っていますでしょうか?」

 華佗は笑った。しかしその笑みは凌瑛が女であるからと今まで見下してきた者達の笑みとは違うものであった。満足そうな笑みであった。

「ああ、慈玉は且つて“妊産婦だけを救う医者にはならぬ”と言っていただろう。だがそこで意固地になっていては、慈玉だからこそ救える命や心を救えぬ道へ進んでしまう。だからこの話をしたのだが、正解だったようだな。」

 凌瑛の双眸に新たな星が浮かんだ。

※1……現代で言う帝王切開

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