丑三つ時にヘルファイア
深夜1時過ぎるとなんかこれもう駄目だなって感じがする。
しないか? だってそうだろ。
あきらか2時まで寝られないの決定じゃんって。
0時までスマホを触っていたのが原因とか、明日の学校が嫌だなっていう気持ちが頭の中でグルグル回っているのが良くないとか、そういう正論は人を救わないので一切俺は聞かないことに決めている。
ま、でも今日はそういうの加味しても特別寝られる気がしなかったから散歩にでも行こうかなって。補導? ウチの地域にそんな真面目なお巡りさんなんかいねーの。
「あっつ」
初夏近いし、窓開けてもぬるい外気が入ってくるだけだし。
パジャマに軽く上着だけ羽織って外に出る。
雲一つない夜空を家々と電柱の架けた網が覆って閉塞感を煽る。
徳永 実、14歳。それが俺。
馬鹿みたいに熱い5月の夜を不思議に思わずに外出したことで無事平穏な日々から一歩だけ足を踏み外すことになる未来ある若者だ。
踏み外した片足を突っ込んだ先が棺桶かどうかは未来の俺に聞くことにするよ。
❖ ◆ ❖ ◆ ❖
違和感を覚えたのは徒歩3分経って斜向かいの交差点に差し掛かった時だ。
暑い。
暑過ぎないか?
一瞬だけ陽炎の中に迷い込んだような眩暈が俺を襲う。
そして──
「ゴホッ、ケホッ」
まごう事なき煤煙が肺に入って咽る。
その直後、衝撃が背骨を襲う。
咳き込んだばかりの胴は無防備を超えた無防備を呈していた。
「」
どさっ……とアスファルトに肉が沈む音がした。
無論、俺の身体が発したものだ。
運の悪いことに側頭部に岩が突き刺さる。
小さく血飛沫が飛んだ。
「一体何だってんだ」
全部独り相撲ならとっとと布団に帰って眠りたい。
だが、どうやら違うようだ。
額の血を拭いながら正面を見据える。
俺にぶつかってきた何者かは赤い……火か、ありゃあ。
「マジで何だってんだ……?」
怪しい焔が路地裏から噴出してきていた。
煙を吹かず、それでいて上に昇ることもなく此方を伺っては路地から路地へ火の粉伝いに移動するような奇怪な炎。多少異様だが明らかに119番案件。だが今日の俺はいつもの俺と同じでキレてしまっていた。
「何のつもりだ! テメェッ!!」
家の前の道は勝手に散らした資材だらけの実質的な庭。
転がっていた鉄パイプを拾った俺は躊躇うことなく火の中に突っ込んでいった。
言い訳させてほしいんだが毎回こうなるわけじゃない。
ただ2日に1回ペースでキチゲの発散が必要だと言う科学の声に耳を傾けているだけなのだ。
だからマジで俺の行動は世間では一般人側なんだ。
「おおおおオオォォォォッッ!!!」
ゴッ! ゴッ! ガンガンガンッ!
普通の火事に対して物理攻撃は効かねえ。
そんなことは百も承知。
でも関係ねぇ。満足は全てに優先される。
満足するまで! お前を殴り続ける!!
オラオラ! 燃焼を支える媒介が粉々になっていくなァ!
──後で聞いた事だが、そういうのを異妖の核とか言うらしい。
最後まで役に立たない知識だった気がするが。
「キュュェェェェィィィィイィッッ!!」
「ギィエッヘェェェ! ぎぃえへへへへ!」
俺の奇声に焔が発する断末魔が混じってくる。
ここまでくるとただの炎じゃないことは肌で理解できた。
理解できたのだが、特にこの手を止める理由にはならない。
だって化け物には人権も動物愛護も適用されないんだぜ。
国よ、早く規制してくれよ。
こんな化け物がうじゃうじゃ居たら国民生活に実害が出る。
俺のようなシリアルキラー予備軍に練習をさせないでくれ。
❖ ◆ ❖ ◆ ❖
炎が倍以上に膨れ上がって顔のようなものまで伴い始めたので3時間ほど殴打を続けたら急に静かになってしまった。パキンッとかいう音がしたので何か成し遂げてしまったらしい。
スマホを取り出して時刻確認。
空が明るんできていることへの現実逃避だ。
が、無情にも表示は5時。
2時間だけでも寝たいね。
「おい、そこの!」
「あ?」
急に声が響いた。
なんか武器持った女子が居たわ。
刀か、あれ。いや竹刀かね。流石に。
「この辺に変な炎が湧いてなかったかァ!?」
ヤカラみたいな喋り方する女子。
汗かきながら鉄パイプ持ってる俺に言われたくはないだろうが。
……こいつの制服姿見てたらマジで登校すんのが嫌になってくるな。
顔を背けながら無言で「炎の残骸」を指で指す。
おい、コイツまじ? みたいな顔すんなよ。
今すぐ110番してそのエモノがマジのポン刀か確かめてやってもいいんだからな。
大欠伸をしてそのまま自宅の扉に吸い込まれていく俺。
間取りのコーナーを最速で曲がって寝床にゴールイン。
❖ ◆ ❖ ◆ ❖
まあ、そうだよな。
「おはようございます。お母さん」
「カズちゃんも食べてく?」
食卓にポン刀女が増えていた。
とりまライン交換はした。