少し先の未来と少し後ろの過去
しっかり歩くつもりでスポーツウェアに着替えて、馴染んでくたびれたスニーカーを履く。
一瞬だけ、あの日見たドレスを着た華やかな人たちを思い浮かべたけれど、手持ちのどの服に着替えようとあの華やかさをなじむことなんてないと気がついてまた笑ってしまった。
ドキドキしながら公園へ。お城に入ろうにも池の上だから入れないだろう。
そう思ったのに、いつも歩く池の外周の木立の中に、古びた歩道を見つけてしまった。
そうだ、そういえばこんな道があった。いつもは夜に歩くので人気のない歩道は使わないから忘れていた。
どうしよう・・
防犯という意味で迷うけれど、今はじっとしていられない、調べたいという気持ちが強く、夜のウォーキングをしている人や帰宅中の人が途切れたのを好機に小道へ進む。
街灯から少し離れたけれど、月明かりもあって真っ暗ではない。
ベンチを見つけて座る。
確かお城は池の上だから、このベンチはお城の中にあるかもしれない。
意識を少しずらして異世界側を見る。
お城の2階か3階辺りのバルコニーのような場所で、掃き出し窓が開いているため中の様子が見えた。
「王様とかいるのかな」
もちろん声には出してないけれど、王子様やお姫様はいるのか気になってしまう。やってることは覗きと一緒なんだけど。
しばらく見ていたけれど何もなく、諦めて移動することにした。
小さく池を回り込むような小道なので、ところどころお城にかなり近い。
今日は何も催しがないようで、お城全体が暗い。
ほぼ一周してしまう位置に、またベンチがあったので、街灯の明かりを背に座る。
意識をまた切り替えると、庭園のような広い場所に木立に隠れるように東屋があり、少しだけ移動して近づく。池があるから限界があるのと、水音に混ざって話し声が聞こえた。
こちらが風下なのだろう、不明瞭な内容なのに声だけははっきり聞こえる。
男性の声。何人で話しているのかはわからない。
「・・します」
「なん・・と!・・か!」
ひどく焦ったような怒っているような声。
覗きに続いて盗み聞きをしている自分に気がついて、その場を離れる。
異世界だからと、自分は両方見えるからと、彼がどうしても気になるからと、言い訳をしてもやっていることは気持ちがいいものではなかった。
それでも、今度は明るい昼間に来てみようと思う。彼が消えた今、動こうとも思っていなかった世界を、動いてみようと強く思う。
ついでに前と同じコースを歩く。
歓楽街は相変わらず、薄くも濃くもならずにそこにある。
異世界は確かにここにあるのに、なぜ彼の部屋だけが消えてしまったのか。
物思いにふけりつつ、もう一つの公園へ。
「ここには何もなかったんだっけ?」
心の中で記憶をたどる。
こちらにもある池に異世界を探してみるけれど、やはり何もない。
なのに、何かある。
あ、そうだった。何も見えないのに、何かある感じがしてたんだった。
薄暗い街灯で心もとないけれど、何人か歩いている人もいるので池の反対側へと回る。こちらにも何かへと近づく手段があるかと期待して。凹んだ場所にベンチがあるので座ってじっくり探る。
何かある。たけど見えない。もう少し近づいて触ったらわかるのに、池だから進めない。それにこのもやみたいなものはなんだろう。
見たい物の周りを包んでいるようなもやが気になってしょうがない。
とはいえ、何かできるわけでもなく。また昼に来ようと思って歩き出す。
なんだかこちら側にもモヤが伸びてきたような気がして手で払ってしまい、まるで不審者のよう。前から走ってきたランニングしている男性に怪訝な目で見られた。
行きとは違いゆっくりになってしまった歩調で帰宅してお風呂に入り、寝る支度をしてベッドでまた色々考えてしまう。
起きたらまた彼がいればいいのに。
□ □
‐Side 玲央‐
着くなりひなたは消えた。しょーちゃんと話しに行ったんだろう。
俺はさすがに仕事が気になって、メールをチェックする。謎の調査員みたいな扱いになっているからか、なんの指示も来ていないけれど、取引先からの問い合わせがありそれに返事をした。
ここ数日、会社に関わっていないことで、こんなにも心身ともに健やかなのかと気がついてしまう。
この騒動が終わったら、会社を辞めることを考えようかな。
安定した収入、人から評価される会社。
重なった異世界、何にも属さない世界。
圧倒的にどちらに魅力を感じて楽しいのか。
だけどもちろんご飯は食べて生きたい。清貧は尊いが、自分にはできそうにない。
□ □
‐Side ひなた‐
「これ、どうなってんの?」
1番奥の部屋にこもっていた爺に声をかけると、しばらく返事がなかったけど、10分ぐらいで出てきた。
あらかじめ写真と地図を送っておいたので、爺にも共有されているだろう。
「ラーメンうまかったかの?」
「うん、あとちゃんと張っておいた」
「ふむ」
少し遠くを見つめているけど、もう爺には答えがわかっているだろうか。
「重なったことで無理がかかってる場所に穴が空いたということじゃろうの」
「無理かかってんのか」
「そうじゃのう・・重すぎる物が乗れば橋だって壊れる。余計なものが入り込んだとなれば、穴を塞ぐのも良いが、これはこのまま様子を見てみようかの」
「・・そうか」
「穴に入り込むんじゃないぞ」
「どんなに探しているものがあるとは言っても、あれに飛び込む勇気はない」
「次元がバラバラじゃからの。躰が飛ばされたら二度と戻ってこれんかもしれん」
「じゃあ結界強めとく?」
「いや、あれには効かん」
やっぱそうか・・。
「上も混じってるってことだな」
「そうじゃ」
□ □
‐Side 環‐
重い瞼を開けたくない。現実を知るのが嫌だ。そんなふうに思っていることに思わず鼻白む。
随分と感傷的で悲劇に酔っているかのようではないか。私はもっと淡々としているはず。
大きく深呼吸をしてから目を開けた。
彼はいない。
・・ですよね。なんとなく知ってた。
できれば今日、昨日回った場所を確認したいけれど、大学とバイトがある。明日は土曜でバイトだけだから、明日行こう。それまでは我慢。中途半端になっても落ち着かないから。
日常をきちんとこなすことが大事。それだけは色々なものが見える世界で生きていく上で、しっかり捕まる手すりのように大事だと思っている。
ふとしたときに、彼がいないという甘美にも似た不幸に酔いしれないようにしないと。
バシンと両手で頬を強めに叩いて支度を始めた。
□ □
‐Side 玲央‐
思う存分計画でも立てられたのか、シューバがしっかりとした目つきでこちらへ歩いてくる。
「明日、向こうに戻りたい」
「お、なんか早いね」
「向こうで用意したいことがある」
「了解。まあすぐに戻れるかはわかんないけどね。朝早くになると思うよ」
「わかった」
「俺とシューバ、ひなたとアイビーちゃん。アイビーちゃんは無理かもしれないけど」
「ひなたは移動できると思うか?」
「うーーん・・どうなんだろう」
「明日になればわかるか」
「そうだな」
□ □
‐Side 環‐
スニーカーを履いて玄関を出て駅へ向かう。改札を抜けて階段を上り、真ん中辺りの車両に乗れるように進み、並んでいる女性の後ろに並んでから、イヤホンを装着してサブスクで音楽をかけた。
これをしないと、意識が異世界へと引っ張られるときがある。
前に立つ女性のジャケットが、なんだかとても良い生地だなとついつい見てしまう。詳しいわけではないけれど、私がよく買うメーカーでは見かけないような生地。
到着のメロディーが鳴り、電車が入ってきた。ガラス窓に映るその女性の顔がキリリとしていて思わずじいっと見てしまった。
□ □
‐Side 玲央‐
ひなたとしょーちゃん、橘さんとシューバとアイビーが食堂の席につく。
「明日、早朝にまた移動したいということでよろしいですか?」
珍しく橘さんがこの場で発言した。
「はい」
シューバが返事をした。1番移動したがっているのはシューバなのかもしれない。
「俺、行けるかなあ」
頭の後ろで手を組んで、上体を反らしている様は、どうでもいいかのような態度に見える。
「玲央っち」
しょーちゃんが
「ひなたとお手々繋いで仲良くの」
「え」
「開く道もあるかもしれん」
「・・・」
ひなたが俺で、俺がひなたならということか。
□ □
‐side 環‐
大学へと続く坂道を登る。木々が新しい芽をまとい始めるのか、なんだか元気に見える。
桜はほぼ散ってしまったけれど、満開の桜より葉が開いてピンクと緑が混ざっている状態が1番好き。
彼の目は、この景色を知らないのだろうか。
・・おっと。
日常を大事に。
授業を受けてバイトに向かおうと駅へ行く途中、朝に見た女性を見かけた気がしたけれど、たぶん違うよね。
□ □
‐Side 玲央‐
またここに泊まらせてもらう。明日は早いから早めに布団に入った。
それぞれ別の部屋にいる。また自分の世界へ戻るシューバを見て、アイビーちゃんは何を思うんだろうな。ひなたは・・もし俺と向こうへ行けたとして、あいつの探しているものは向こうにあるんだろうか。
そして俺。
会社に行かなくていいという大義名分をもらっているが、この騒動が落ち着いたとき、どこへ向かうんだろうか。
不安?
いいや、先が見えないだけて今までの人生よりははるかに楽しそうだ。
□ □
‐Side 環‐
バイトがそろそろ終わる頃、人の良さそうなおじいさんが注文に来た。
「おすすめはあるかの?」
かの?
どこかで聞いたことがあるようなクセの強い語尾。どこで聞いたことがあったんだっけ?
「しっかり甘いものか、さっぱりしたものならどちらがお好きですか?」
「さっぱりじゃのう」
「あったかいのと冷たいものならどちらがお好きですか?」
「熱いほうがいいのう」
「では、これかこれがおすすめです」
「ほう、ではこっちを普通のサイズで頼もうかの」
こういう店がそんなに不慣れではない感じでとてもスムーズに注文が終わる。
番号を渡し、次のお客様もいないのでなんとなくおじいさんを視界に入れた。
!!
おじいさんの足元になんかいる。
何あれ。
何か黒いものが動いている。
え?異世界の何か?
そう思って異世界へ意識を傾けてみても、黒いものは黒いままで、どちら側にもいるような感じ。
どちら側にもいる感じ?自分で感じておいて、ものすごく疑問に感じた。
おじいさんが飲み物を受け取って、席に着いた。
黒いものは1つから2つに分かれて近くに待機している。
ぴょこぴょこと伸びたり縮んだり、床に潜ったり天井に伸びたり。
次のお客様が来て、注文を処理している間も気になって仕方がない。
あんなの、見たことない。
子鬼に見えることも、式神のような何かに見えることも、何かを当てはめようとすることを全て不可能なもの。
黒いと見ることさえもしかしたら違うのかもしれない。
怖いようで優しい。優しいようで怖い。
気がついたらそちらを見てしまうので、日常日常、仕事仕事とたまに口の中で呟いて戻る。
バイトが終わり駅へ向かおうと通りへ一歩踏み出したとき、目の前に女性が現れた。
「あっ」
思わず声が出る。朝の女性だから。顔ではなく、珍しい生地でわかった。
「一緒に来てもらえますか」
「え、無理です」
怖い。こんないきなり目の前に来て連れ去ろうとする人についていくなんて無理。
「・・・」
「・・・」え、怖い。
「・・・」
どうしよう、逃げていいかな。いざとなれば誰か助けてくれないかなと周りを見渡す。
路駐している車の窓から老人が手を振っていた。
ラストまで書き上げてから発表したいので、しばらく更新をお休みします。ひと月程度なのか、半年かかるのかわかりませんが。たまにカクヨムに短編アップするかもです。




