失う景色
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‐Side 環‐
ほんの少し、期待して重い瞼を上げる。あの美しい寝顔が側にあるのではないかと。
だけど何もない。いつもの光景。
・・・いつもの光景?
部屋の中に当たり前のようにある異世界の風景がない。
「え?」
力になりたいと、何かできないかと、いつの間にか自分が彼に思いを傾けていたことに今気づいた。
慌てて起き上がってカーテンを開ける。
少しだけ見えるいつものマンション下の通りにうっすらと異世界が見えてほっとする。
「異世界が消えたわけじゃない」
それならと意識の照準を自室から少しずらしてみた。
「・・ない」
やっぱり彼の部屋は見えない。
そのことに動揺して心臓が速く強く肋骨を打つ。
もう二度と彼に会えないのかもしれないという気持ちがこみ上げてきて、じっとしていられないような、手のひらにじっとりと汗が滲む緊張感。
「いやだ」
いやだと言ったところでどうにもならないのかもしれないけど、子供みたいに嫌だと泣き喚きたくなった。
□ □
‐side 玲央‐
重厚な声に振り向くと、シューバがめちゃくちゃカッコ悪い格好で立っていた。
「うわ・・・服装って大事なんだな」
「いやでもこれ、シューバっちの顔で『やだかわいいー♡』って女子が喜ぶんじゃないか?」
「・・・」くっそう。
「まあ服の持ち主としては複雑な気持ちだろうな」
「足りてない丈が低く見積もって20センチぐらいないか?」
「ある」あるって言われた。いや俺もあるとは思って言ったんだけどさ・・。
「丈は足りてないが着心地はかなりいいな」
「シューバの世界にはない素材使ってるから、肌が痒くなったら教えてくれ」
男子トークで盛り上がりたいところだったが、ウロウロした疲れが出てきて、気がついたらソファで寝てしまい、起きたら毛布に包まっていた。
肌触りの良い毛布に包まれ、ほんの少しの肌寒い空気に、どこか懐かしいような感覚がわいてくる。
なにかとても優しい記憶。ずっとそこにいたいと思わせる感覚に浸る。
掴めそうで掴めない何か。
これはなんだろう。脳裏に浮かぶ誰かの楽しそうな笑い声と、柔らかい髪・・
現実を目に入れたくない。ただこの感覚に浸っていたいのに、こちらへやってくる誰かの足音に引っ張られていく。
「玲央っち起きてる?」
□ □
彼のいる世界が見えなくなったということへの動揺を紛らわせたくて、リビングに移動してミルクティーを入れる。
ゆっくり飲みながら、可能性を思考で探る。
重なっているのに見えなくなったのかな、どちらかが移動して遠くなったのか、もっと何かわからない原因でひずみのようなものが生まれたのか。
ダメだ。考えてもわからない。
だけど、心に訊いてみると『まだそこまで遠くに離れてない』
という感覚がある。
何かできるわけではないのだから、いつものように考えるのをやめればいいだけなのに、やめられない。
浮かんでは消え、変化していく思考だけが積み重なって重みを増していく。
それでも、身支度を整えて最後にまた自室を確認して、彼の存在を探してから家を出た。
駅に向かう間、異世界側へと神経を傾ける。
「心なしか気配が薄い・・?」
そんなふうに思ってしまうけれど、どうにも思い込みというか、
彼が見えなくなったから、異世界側に異変が起きている?
という気持ちで見るから薄いと感じるだけのような気がして、これについてはいつものように考えるのを放棄した。
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「いつの間にか寝ちゃってたからさ」
「みたいだな。毛布ありがとう」
「寒くなかった?」
「ちょうど良かったみたいで、なんかすごく良い夢を見てた」
「俺も!なんかすごく良い夢見た」
こいつ、俺の夢には興味ないんだな。頭をガシガシ掻いて大きな欠伸をしながら思った。
「朝ごはん食う?」
「いや、今日もまたラーメンだろう?」
「うん」
「じゃあやめとくわ」
「シューバはまだ寝てるかな?」
「どうだろう」
異世界の情報詰め込みすぎて疲れて寝てるかもしれないな。なんて思ったら、庭から何か物音が聞こえた。ひなたと目を合わせる。
庭で上半身裸で素振りしているシューバを見つけた。
「あのかっこいい体何。惚れる」
「すげーな!実戦用のしなやかな筋肉」
魅せるために鍛えた筋肉とは違い、動かす部分で綺麗に浮き上がる筋肉は男の憧れ。
「ちょ、俺も参加してくる」
剣道なんてしたことないのに、ただラーメンを食べちゃいけない気がして、庭に降りて懐かしい空手の実戦型を思い出しながら繰り出す。やべえ、動きが遅い。
ドタドタドタドタ動く俺と、華麗に鍛錬するシューバ。そんな俺たちを眺めながらPCでなんかしつつパンを食べてるひなた。
同じだと言われてもこんなにも違う。




