時間軸
いざ男3人で部屋にいると、空気が薄い。これはただ飲みながら喋るぐらいならできるが、寝るのは厳しいんじゃないか。学生時代の雑魚寝は平気だったのに、今は圧迫感がすごい。特にシューバから発散される熱量がかなり多いんじゃないか。・・ひなたの家に移動しよう。
明日また街をうろつくことを考えて、充電器や着替えを用意していて気がつく。
「そういやシューバの着替えってないよな」
「あっ!そうじゃん。俺のを貸すって言いたいけど・・その足の長さとその腕の逞しさだと」
「ひなたんちに行く道に良さげな路面店ある?」
「いや、もう遅くて空いてないだろ?」
「んじゃとりあえず俺のなんか見繕うから、今晩はそれで乗り切っていま着てるのを洗濯して、明日買うか」
「だな」
「このままで大丈夫だが?」
「日本人の清潔精神なめんな」
「そうだそうだ」
そりゃ確かに風呂が面倒なときもあるけど、何日も同じ服や下着なんて無理無理!
□ □
‐Side 環‐
どうしよう、それ・・放っといて大丈夫?
色んなものを見ているとはいえ、なんの能力もないしホラー的なものに遭遇することなんてほぼない。
だから今見えているのがいわゆるそういうのなのか今ひとつ自信が持てない。
とはいえ・・気になるなぁ。
ドラッグストアで塩買っていきなり菊地くんの足にかけたらびっくりするよね?
こういうときは日本酒なの?
わっかんない。
そんなことばかり気にしてラーメン食べてたから、味なんて覚えてない。二人が盛り上がってることはわかる。
「ベスト3に入ったかも」
「俺も」
「菊地くんのお気に入りの店教えてよ」
「おけ」
おおー、二人で連絡先交換してる。よきよき。でも、足に骨の手が巻きついてるんだよなあ。
「ねえねえ、ちょっと寄っていきたいところができたから、二人で先に帰って」
「え、何?付き合うけど」
「うーん・・ほらヒップ並んでる件でさ」
「あー!・・大丈夫?」ヒソヒソ声で莉々華が心配顔だ。
「なにヒップって」
「ヒップに関するグッズを集めなきゃって感じ」
「?」
「お尻フェチなんだよね?また後でメッセージ頂戴ね、環」
「ちょ」人を勝手にお尻フェチにしないで。いやでもこの流れだとしょうがない・・か。
「・・またな」ちょっと残念そうなものを見る目になってない?菊地くん。
「うん、お疲れ様」もういいや、誰にどんな風に思われようが今さらだし。
並んで駅へと向かう2人の背中を少しの間だけ見送って、さっきの所へ戻る。
確かこのあたり。
ビルの入り口近くでスマホをいじるふりをして、意識を移す。
お墓は・・ある。
骨は・・・ない。
ない。ない。ない。
人通りが少し途切れたタイミングで、地面に手をついて意識を下げる。
ない。あのぞくりとする感覚もない。呆然としていると「お嬢さん大丈夫?」と女性に声をかけられた。
「大丈夫です!ありがとうございます」と答えてすぐにその場を離れる。
またあの骨が現れたとして、私に何かできるわけでも無かったのだからと自分に言い訳をしながら帰路につく。じくじくと後悔しているような気持ちを抱えて。いつもいつもベストな行動ができるわけじゃないけれど、これは確実にベストじゃない。それとも・・自分ならなにかできるという傲慢?
□ □
‐Side 玲央‐
「え?」
「入って」
「ええ?」
なんだこの豪邸。しかも周りは高級住宅街。個性様々な洋風の家が立ち並ぶ街区に、近代的な何かの素材でできた門を入ると、大きな木が何本も植えられている和風の庭に、侘び寂び感じる平屋の家。普通の家に車用のアプローチなんてある?
「旅館みたいだ」
「んー・・一応平安時代の陰陽師の家をイメージして建てたんだけど」
「家族は?」
「あ、いない」
「そうか」
「え、じゃあお前が建てたの?」
「うん。遺産いっぱい残して死んだし、老朽化してもうもたなかったから」
「でも日本にいなかったんだろう?」
「うん。たまに掃除に来てもらってたし、今回も帰国前に手入れしてもらったよ」
本当に俺がこいつでこいつが俺?経済状況違いすぎる。とはいえ、俺は自分を卑下したりしない。なんとなく、こいつが背負ってるものが重くて大きい気がするから。
そして俺の部屋の狭さにびっくりしてたシューバは自然にこの豪邸に馴染んでる。
「まずは風呂だな!」
嬉しそうにどこかへ消えてから、買ってきたものを冷蔵庫に入れたりしている。
シューバは・・・庭を見ていた。
「こういうのって【縁側】っていうのかな・・それとも【濡れ縁】?」
まあシューバが答えを知っているわけがないだろうけど。
「不思議だな」
「何が?」
「こういうのを知っている気がする」
「すごい贅沢で近代的でもあるけど、昔はこういう家が多かったんだろうな」
「それは何年ぐらい前の話だろうか」
「詳しいことはわからないけど、・・100年以上前かな」
「そうか。あれは【竹】で合ってるか?」シューバが指さした先にほんのりライトアップされた竹がある。
「合ってる。思い出した?」
「断片的に言葉や風景が浮かんできた」
「かたな」
「おお、刀な。もしかして武士だった?」
「ブシ?」
「わかんないか。結構穴だらけなんだな、日本語がわかるようになっても」
「不思議なもので、言葉を口に出して、その発音や音の響きに面白さを感じているうちに、じわじわと意味がわかってくる」
「じゃあ・・」
スマホで死語を調べてみる。
「パリピってわかる?」
「パリピ・・・」
「柿ピー」
「カキピー?」
「セラピー」
「セラピー?」
「スイートピー」
「ス?」
「こら玲央っち!遊んでるだろ」
「ピーで探しちゃってさ。わりい」
「これ見てすげーな、【リア充】も死語なんだな」
「うわ、これなにアベック?」
「アベック!?なにそれ、音がもうおもろい」
「語源なんだろ・・うわ、おしゃれ!」
「なになに?」
「英語のwithにあたるフランス語なんだって」
「マジで?」
「フランス・・」
「あ、シューバはフランスの記憶もある感じ?」
「調べようか?」
「いや、今日はもうやめておく」
「そりゃそうだよな。異世界来て、情報量多すぎる」
「んじゃ先に風呂に入って」
ひなたが説明するために移動するのについて行って、用意しておいた着替えを渡して、二人でリビングに戻った。
一旦冷蔵庫に入れたビールを取り出して、ひなたはチューハイを取り出す。
「外国にいるとこの日本独特のチューハイが恋しくてさ」
美味そうに飲んでいる。
「で?俺たちは誰を探してる?」




