タイミング
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‐Side 環‐
部屋に戻ると、彼はベッドで横になっていた。
こちらに背中を向けて、壁に近い方にいるのは、私に気を遣っているのだろうか。
重なるように寝転ぶのはさすがに気が引けるので、助かるけれど。
背中を合わせるように布団に入り、意識をできるたけこちら側に集中させる。
そういえば、名前すら尋ねていない。今度会ったときに尋ねてみよう。
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‐Side 玲央‐
ここらじゃ1番の繁華街へと繰り出すなら俺は一旦家に帰ろうと考えてから、シューバはどこに泊まればいいのか確認してないことに気がついた。
いつの間にか戻ってきて、アイビーちゃんとチョコレートを食べているしょーちゃんに
「シューバってここに泊めるほうがいいの?それとも俺んち?」
「玲央っちがしたいようにして構わん」
「あ、そうなんだ」
てっきり何かここの施設で出入国の管理でもするのかと思った。
「玲央っちの家ってどこ?」
俺が一人暮らししている駅の名前をひなたに答える。
「そこって広い?」
「いや。1LDK」
「男二人でむさ苦しいよな」
「そういう面はあるけど、シューバって貴族だし狭いの無理?」
「大丈夫だ」
この大丈夫を信じていいんだろうか。日本の部屋の広さの概念は、異世界の概念と大きく違うんじゃ?
「無理だったらうちにおいでよ」
ひなたが笑顔で提案してきた。
「おれんち、広いから」
おれんちって、ここじゃないのか。なんとなく、ここに住んでるのかと思ってた。
「んじゃまあ、とりあえず出かけようか」
「爺、車借りるよ!」
「ラーメンだったらオススメの店と調べてきて欲しい店があるが」
「んー・・・異世界一発目だからさ、まずはオススメの店に行って、明日調べてくるわ」
「写真撮ってきてくれの」
「了解。んじゃ行こう」
シューバがアイビーちゃんに何か話しかけるのを見ながら、ひなたと一緒に出口へ向かう。食堂を出た辺りでシューバも追いつき、廊下の突き当たりでひなたが小さい引き戸を開けた。
そこには地下に繋がる階段があり、簡素なコンクリートの壁に囲まれた階段を降りていく。
「いつもの入り口じゃないの?」
「違う車のほうが便利だから」
着いた地下駐車場には様々なタイプの車が並んでいた。
「これって従業員の?」
「いいや、商業車みたいなもん」
小さいトラックもあるし、キャンピングカーまである。
「なんでこんなに色んな車が必要なわけ?」
「妨害電波みたいなのをブロックできないと支障があることもあるから」
うわ、なんだ・・聞いちゃいけない気がする情報だな。
「ま、これでいいんじゃない?」
ひなたが指さした車はSUVで、いつか乗ってみたいと思っていた憧れの車だった。
「かっこいいな」
俺より先にシューバがうっとり呟く。
「玲央っち運転する?」
「え、いいの!?」
「いいよ、なんの問題もない」
「免許持ってて良かった!」
ひなたがどこかに消えた後、鍵を手渡されたので喜び勇んで運転席に乗り込む。
「シューバっちはどこに乗りたい?」
「・・前がいい」
だよな!
椅子の高さを調節したり、アクセルやブレーキの位置を確認したりしている間にひなたが目的地を入力し、それを食い入るようにシューバが見つめる。
いいじゃん、なんかこう新作ロボットにワクワクする少年たちみたいな感じで。
ひなたが後部座席のシートベルトを装着したのを合図にラーメン屋へと出発した。
□ □
‐Side 環‐
朝、目を覚ますとまるで手を繋いでいるかのように彼と寄り添っていた。
意識があちらにいかないように、枕元の目覚まし時計を見る。
あと10分ぐらい布団でぐずぐずしていても充分間に合う。
これって異性と同じ布団で過ごしたってことになるのかな。
なんてバカなことを考える。
今日は午前の授業と午後からバイト。その後の予定はないから早めの帰宅かな。
スケジュール管理しつつ、目はしっかりと彼の顔を覚えようと貪欲に観察している。
ぐっすり眠れているのかな。瞼がピクピクしているから、夢でも見ているのかもしれない。
そっと起き上がって部屋を出て、リビングでニュースを見ながらヨーグルトを食べていると、悠斗が起きてきてだらりとソファに寝転んだ。
「今日学校休み?」
「ちょい腹痛いから遅刻」
「大丈夫?ヨーグルト食べる?」
「いらね。昨日、友達とラーメン食べに行ってさ」
「それでお腹を壊したってわけ?」
「めっちゃ美味かったんだけどなあ」
毎回ラーメン食べてはお腹を壊しているのだから、食べるのやめればいいのに。
「知ってる?麺至堂って」
「知らない」
「莉々華ちゃん」
「あー、莉々華なら知ってるかも」
ラーメン大好きな友達のおかげで、あちこち行ったけど。
「そのお店ってとんこつ?」
「いいや。太麺味噌系」
それは莉々華が大好きなやつでは。店の名前を忘れないうちにメッセージ送っておこう。
「店の名前、麺志堂で合ってる?」
「うん、良かったら俺が案内するって伝えておいてよ」
ははーん。ものすごくにやにやしたいけど、思春期の名残がある弟をからかうのは後々面倒だろうか。
「はやっ」秒で返ってきた。
「なんて?俺、今日はさすがに無理だけど土日なら」
「・・・」
「お昼前に待ち合わせてさぁ」
「・・・」
「莉々華ちゃんなんて?」
「今日行きたいって」
「う」
慰めるようにポンポンを足を叩いてから
「次回はあの子の予定を調べてから、情報を出してみるのをおすすめする」
「・・・」
どんなデートを思い描いているのかわからないけれど、莉々華はとにかく即行動なのだ。今度は協力してあげるから。だって知らなかったし、悠斗が・・ねえ?
今日一緒に行こうって誘われたから、お母さんに晩御飯はいらないと伝える。
またチョコレートが遠ざかったなあ・・なんて思いつつ。




