柔らかくなる
それからじっくりと私が見ている事象について説明した。
「そんなことが起きているなんてすぐには信じられないが・・」
「だよね。あ、ですよね」
ここ数日で勝手に親近感でも持っていたのか、気がつくと妙に自分が馴れ馴れしくなっていることに気がついて、修正する。
「ふっ」
「?」今のは笑ったのかな。
「わからないことだらけだな」
「そうですね。あ、こちらにはお城はありますか?」
「ある」
「なんていうか牧歌的な感じの?」
「牧歌的かどうかは知らない」
「じゃあどんな感じのお城ですか?」
「・・・わからない。見たことがないから」
「・・?あることは知ってるけれど見たことはない・・少し奥まったところにあるとか?城壁に囲まれていて見えないとか?」
「いや、見えないんだ」
「・・・?」
「俺の目は普通じゃない」
「あ・・だから私のこと」
「君も見えていない」
「でも」
何もかも見えていないという感じでもないような気がするのだけど、これ以上は尋ねていいのかわからない。
「人や建物などの温度はわかるんだ」
「温度?」
「温かいものがそこにある、冷たいものがそこにある、何かおかしなものがそこにある、そういう感じ」
「生活で困ることはない?」
「ない」
どんな見え方なのかわからないけれど、困ることがないのであれば心配などいらない。人は自分から見た世界しかわからないもの。他人の目を借りて見ることができたなら違いもわかるのかもしれないけれど。私が見てきたものを【おかしい】と言われても、私の見ている世界は【私には当たり前】だから。
「あ!」
「どうした」
「ごめんなさい。そろそろ寝ないと」
「・・・そうか」
「また来ても?」
「君の話を信じるなら、俺たちは一緒に住んでいるようなものなんだろう?」
「はい」
「呼べば聞こえる?」
「いいえ。常に見えてはいるけど、音は意識を移さない限りは聞こえないです」
「じゃあ、話があるときはメモを残せばいいだろうか」
「はい」
私が返事を書いてもきっと読めない?
「君が返事を書いてくれたかどうかはわかる」
「え?」
「ちゃんとわかるんだ。もう覚えたから」
何を覚えて何で判断をするというのだろう。だけど、そうなのだということはすんなりと心で理解できた。
「じゃあ戻りますね。おやすみなさい」
「っ!・・・おやすみ」
少し驚いたような顔をしながら、おやすみと返してくれたので、意識を自室に戻す。
まだどこか神経が興奮している気がするので、温かいお茶でもリビングで飲んでから寝支度をして寝よう。
そう思いながら部屋を出るときに彼を振り返ると、ベッドを手探りするように撫でていた。その様子がなんとなく可愛く思えてキュンとする。
私が本当に消えたのか、一応確認しているのかな。
□ □
‐Side アイビー‐
また、私が戻れるのか試すのだということはわかった。
でもその後からは男性3人で楽しそうに話していて、私が参加できるような雰囲気ではなくなったので、そっとその場を離れて椅子に座る。
3人のどこか楽しそうな様子を眺めながら、私は1人なのだということを噛み締める。
私の世界からシューバさまが来たって、私は1人。
何の役にも立てていないのに、ここの人たちはとても親切で私に言葉を教えようとしてくれている。
生まれてから当たり前のように享受していた使用人の世話や好意は、こちらの世界では当たり前ではないのだ。
だって私は何も持っていない。向こうで持っていた身分でさえ、私が持っていたものとは言えないのかもしれない。
理解できない言語にただ辛さを感じていたけれど、こうやってこの状況を楽しんでるかのような3人をみていると、楽しさを見つけるのは自分次第なのでは?という気がしてくる。
何もできないかもしれない。でも、今の私はきっと自由。
「これを食べるかの?」
いつの間にか近くに来ていた老人が綺麗な箱に並んだツヤツヤしたチョコレートを指差している。
「ほれ」
直接手に乗せられたチョコレートは、キラキラした紙で包まれていた。
老人は包み紙のない四角いチョコレートを口に入れて、満面の笑み。
私にくれたのよね?
そう理解してそっと紙を開くと、中には白くて所々に赤い何かが散りばめられた宝石のようなチョコレートが入っていた。
そっと口に入れると、ほんのり甘くてお酒の香りがする。
「美味しいって幸せじゃのう」
老人が何を言っているのかを知りたいと強く思った。




