邂逅
□ □
‐Side 魔法使い‐
消えた。
時間差があったとはいえ、2人とも消えたのだが、後から消えた方の周りに一瞬だけ世界が見えた。
緑のない無機質な風景なのに、人がいるからか妙に活気にあふれているような街。それが重なっている世界なのだろう。
空間を広げられないかと慌てて駆け寄ったが、空間のゆがみのようなものはどこにもなく、いつもと同じ空気にほんの少しだけ嗅いだことのないような香りが混ざっていた程度。
それなら、次回はどうにかして広げるとか自分も移動できるかとか、試してみたいことが山のように浮かんでくる。慌ててそれを書き留めようと、座り込んで羊皮紙の裏に書いていると、
「ほんとに行っちゃった」
「よし!」
「この人、このまま放っておいてもいいのかなあ?」
なんて聞こえてきた。
思いつくままに書いた後は、紐を手繰れるか魔法陣を展開してみる。
どうやら繋がってるいるようだ。
「すまないがあと少しこのままここで調べさせて欲しい」
そう頼むと
「いいっすよ!」
「帰るときに詰所に声をかけてもらえると助かるっす」
「いつ帰ってくるんすかね」
最後のはなんとなく主語が違う気がするが、紐の先でどういう動きになっているのかを探り始める。
□ □
‐Side 環‐
遅くなった。家に入るのが楽しみな気持ちと怖いような気持ちで、自分の本当の気持ちがわからない。
「ただいま」とリビングに声をかけてから、恐る恐る自室のドアを開ける。
電気は点けずに目を凝らす。
「いる」
ベッドに寝転んだ状態の彼のシルエット。
そろそろと近づいて覗き込む。
目は開いているようだ。こちらは見えていないようで何の反応もない。
ならばとベッドサイドの小さい光のランプ型の電気を点ける。
彼の反応はない。
そのことにどこか安心したし、物足りないような気もした。
それにしても綺麗な顔。ライトに照らされているわけではないのに、綺麗な曲線と陰影が見える。
彼がいるのならば。手紙への反応は?
目を向けると異世界側のテーブルが見える。そろりと近づいて確認すると、朝から特に変わりがない。
「え?」
何かリアクションがあるはずだと思っていたけれど、何か不都合なことでも起きたのだろうか。
返事もなければ私の手紙もない。
「どうして?」
朝の様子だと・・・
もしかしてゴミだと思われた?
恐る恐るゴミ箱らしいものがないか探して覗き込んでいく。
ツボのようなもの、籠、ひっくり返った帽子の中。
なにもない。
頭が混乱してきた。彼は先ほどから動かずそのままだ。
頭を整理するために、お風呂に入ることにしよう。
万が一向こうに行ってしまったらと思って後回しにしたけれど、気分転換も兼ねて熱いシャワーを浴びてこよう・・。
□ □
‐Side ひなた‐
次々と流れ込んでくるように記憶が脳裏に浮かぶ。
これは、自分の記憶でもあるし、玲央っちの記憶でもある。そのことは確信をもてる。
記憶に薄いものと濃いものがあるのはどうしてだろう。
【目的】に向かっている記憶と、【目的】から離れてしまったどうでもいいような記憶がある。
玲央っちの記憶の中に、ひどい目に遭っているものも多く、その辛さや苦しさが手に取るようにわかる。だけど、どこか他人事のような感覚もあって、自分の記憶ではないとわかる。
こんなの、数百年とか数千年というような単位の記憶じゃない。何億年と言ってもいいような量の人生の記憶。
同時に、消えた文明の文字や言葉も流れ込んできた。
□ □
‐Side 環‐
ゆっくりと頭を整理するために湯船に浸かり、温まった体にパジャマを着て部屋に戻る。
いつもより遅いので、異世界の彼には遠慮せずに自室でドライヤーをかけて顔の手入れも済ませた。
手紙は確かに彼が持っていた。
だけど、その手紙もないし返事もない。
私の協力など必要ないのかもしれないし、伝わらなかったのかもしれないし、手紙に何か不具合が起こったのかもしれない。
ドレッサーも兼ねている机の椅子から立ち上がり、ふと見下ろした自分がパンダの柄のパジャマなのが少し残念だけど、異世界側に意識を動かしてみる。
あちら側のテーブルの位置は同じ。日記もそのまま置いてある。
そっと手を伸ばして触れてみる。
彼は動かない。
心でまたごめんなさいと謝りつつ、その日記を持ったままこちらへと戻った。
重い日記を抱えて机に戻る。
彼は動かない。
日記をパラパラとめくり、手紙を探す。
「あった!」
背表紙の手前に挟んであった私の手紙は、握りしめた後のようにくしゃくしゃで。それを丁寧に伸ばそうとしたせいか、ところどころ破れている。
「気持ちが悪いから処分しようとした?」
それとも文字がわからなかったのだろうか。
手紙を受け取ったのに、何も返事がないのなら、私はどう動くのが彼にとってベストなんだろう。
二回も勝手に日記に触れた罪悪感から、すぐに返そうと思いまたテーブルへと近づいてそっと置く。
気を付けたつもりでも、装丁部分がコトリと音を立てた。
「誰なんだ」
振り返ると彼が起き上がってこちらを見ている。
「ごめんなさい」
「!!」
大きく目を開いているので、おでこに数本シワが寄ってしまっているけれど、そのシワさえ綺麗だと思うのは好みの顔だからかな。
「私の言葉がわかりますか?」
誰なんだと理解した言語で脳が勝手に知らない言語を発した。
「わかる。君はどこから入ってくる」
「えっと・・」
「紙を置いたのも君か」
「・・はい」
「君はその本が読めるのか」
「?」
違和感に気が付く。
彼は、私が見えていない。
少し間があいてしまいましたが、書くのはやめないしちゃんと完結予定です。マイペースなんです・・。




