じわじわ変わる意識
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‐Side 環‐
話すことで気が楽になるかと思ったけれど、むしろモヤモヤし始めた気がするなあ・・
なんて思いながら莉々華の部屋を出た。辺りはすっかり暗くなっている。莉々華の部屋からお尻が吸い込まれていった方角へと回る。
残念ながら周りが暗いのと、路地などなくぎっしりと建物が並んでいて、おそらくだけど端っこの角から見てもとくに変わった建物や様子も見られなかった。
「帰ろ」
お尻を探しているような気分が拭えない。うら若き乙女がお尻を探してウロウロなんて。そんな風に考えると少し笑えてモヤモヤが減った。
現実逃避のように莉々華と会って話したけれど、帰ればあの青い涙を流した人と向き合わなければならないかもしれない。
もし私が向こうに行ってしまっても、莉々華が証言してくれる。親がそれを信じるのかどうかはわからないけれど。
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‐Side 玲央‐
「あ、やっぱり知り合いだった?」
「服装のせいか随分と雰囲気が違うけれど、いつも遠くから拝見していた・・」
「あ・・はい」
頬を染めて俯く様子は日本風に言うなら立てば芍薬状態か。一気に雰囲気が華やいだ。
「これでしばらくはスムーズに会話できそうじゃの」
ニコニコと好々爺の雰囲気で言うしょーちゃん。話に加わるのかと思えばスタスタと食堂を出ていってしまった。
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‐Side アイビー‐
まさか、まさかこの違う世界でシューバ様に出会えるとは夢にも思わなかった。言葉を交わすのは数年ぶり。
まだ幼さが残っていただろう頃に、たった一度だけ私に向けられた言葉と声は、思い出すたびに擦り切れて、どこか美化して作り変えてしまっているのではないかと思っていたけれど、実際のシューバ様の声はさらに深みが増して私の心の深いところまで届いた。この先、言葉を交わせるとしたら私が結婚して妃になった後だろうと諦めていたから。
だけど、いざ実際に話してみるとこの奇妙すぎる現状を利用して会話を続けたいという気持ちより、どうしたらいいかわからないという気持ちのほうが強くて言葉が出てこない。
おまけに、着飾った姿ですらない。そのことにとても気後れしてしまう。
「突然のことで驚かれたでしょう?」
低くて響くような声がすぐ近くで聞こえる。
「あっ、はい」
「私もまだ現実を飲み込みきれていないんだ」
「あの・・リオンダール様はどうやってこちらに?」
「移動しようとレオに言われ、色々と準備を整えてから訓練場をウロウロとしていたらこうなった」
「そうなのですか。私は同じようなことをして、移動できませんでした。あの、私の家で大騒ぎになっていませんか?」
「それが捜索している様子もなく、魔法塔への届け出もなく、王城も・・」
「な、なぜでしょう」
「今の瞬間まで、ハートウィル嬢には普段から行方を告げずにしばらく留守にするようなところがある可能性を考えてましたが、違うようですね」
「日中は比較的自由にできる日もありますが、暗くなるまでに帰宅をせずにフラフラと過ごすようなことは一度も」
「実は、ニール殿下にも報告に上がったんです」
「はい」
「ですが、報告しそびれましてね」
「はい?」
「少々うっかりでした」
「・・・はい?」
どういうことだろう。何も騒ぎになっていないとなると、私がいないことは「無いこと」になっているから、さわぎたてるのは私の不利に繋がるとでもお考えになったのかしら。向こうに帰れない今、私が不利な立場に立たされるかもしれないことが他人事のように実感がない。
「リオンダール様は・・自由に帰ることもできるのでしょうか」
「まだ試していませんが、こちらに来た時の感覚だと戻るのも簡単かもしれないとは感じています」
「そう・・ですか」
同じように帰れない人がいたら心強いなんて思っている自分に気が付いて、恥ずかしくなる。
「では、戻られたときに私の状況を父に伝えていただけますか?」
精悍な眉が下がった。
「現時点では難しいかもしれません」
「?」
「私が移動するのを魔法使いと部下が確認していますが、これをにわかに信じろというのは一度では無理かもしれない。たとえ、その場で見ていた魔法使いが証言したとしても、そして目の前で消えて見せたとしても」
「・・そうかもしれませんね」
「ハートウィル家の動きがあれば善処すると約束します」
「充分です」
まずは戻れるのかどうかがわかってからでも遅くないわよね。私が戻れない時点でもう手遅れみたいなものだもの。
「話はまとまったみたいだね」
レオッチが何かを言って会話に参加した。
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‐side 環‐
帰りの電車の中、また掲示板を覗いた。
「日本に災いが起こる前兆」
「地球が壊れる」
「アトランティス大陸の浮上」
・・・すごい、どんどん天災や不幸を予測しあってる・・
気持ち悪くてとても読み続けられない。
どんなに目を凝らしても、私の目には世界が重なっているとしか見えない。
自分が正しいのかさえ分からず、それをこの掲示板に書き込む勇気もない。
電車を降りて歩きながら、彼は部屋にいるのか、なにかリアクションがあったのだろうか・・一歩歩くごとに心臓がぎゅっときしむほど緊張していった。




